第10話:不思議な扉

「お待ちしておりました」


 店に向かうと、ほうきで店先をいていたシオンに出迎えられた。 シオンは俺を見ても何の反応もしなかった。何だろう。無関心なのもキツイものだと俺の心は複雑だ。


「これはこれは、なんとまぁ……」


 カウンター付近で品出しをしていた藤四郎さんに事情を話すと、流石にリアクションをしてくれたのだが、どうやったらそうなるのかと違う意味で興味津津で困った。なりたくてなったわけじゃないのに。もう早くこの話を終わらせたくて、話の腰を折るように今日の依頼について詳しく訊ねる。


「あぁそうでした、そうでした」


 間延びした声で手をポンと叩く藤四郎さんの話を要約すると、掃除する部屋は店の奥。前の住民が置いて行った物と、趣味で集めた物を置いていた部屋だそうで、曰く、別に掃除をするのは嫌いじゃないのに、その部屋に関してはどうも億劫で、ずっと掃除してこなかった場所なのだという。


「この機会にと思ったのですが。まさかそんな事になっているとは夢にも思わず」

「ですよね。俺もです」


 本当に大丈夫か? と不安がる藤四郎さんを店に戻し、シオンを含む三人で、早速掃除に取り掛かる事にした。


「ううむ」


 ステラは協会支給の花柄エプロンを持っていたが、俺はシオンが使わなくなったという黄色いエプロンを借りていた。フリルが付いていてちょっと可愛いこれは、誰の趣味なんだろうかと少し気になる。


「お似合いですよ」

「……そりゃどうも」


 無表情で言い放つシオンのその言葉に、言い知れぬ何かを感じてしまうのは何故だろう。なんとも言えない表情でつっ立っていると、ステラがやりますかーと緩く気合を入れた。


 この部屋の物には、魔術や魔法に関する書物が多いらしいのだが、一応前の住民の退去時に検査はしていたらしく、別段危険な物はないらしい。しかし何かあってはいけないと、ステラとシオンが主に物を運び。俺は、どかした後の床や壁を掃除するという偏った役割分担となった。


 掃除を始めて十五分。二人が運んだ本は陰干しの為、店の裏庭へと運ばれていたのだが、ブルーシートの上の本達は、早くも収まりきれない量になっている。


「なぁシオン」

「はい?」

「お前はその、大丈夫なのか? こういう物に触れても」

「ええ大丈夫です。それが何か――?」

「あ、いや別に。ちょっと気になっただけなんだ。気にしないでくれ」


 シオンはこういった物にも耐性がある? という事は、シオンも魔術師か魔道士なのだろうか? いやいや、藤四郎さんと一緒に来たという事は、そういう事では無い筈……。では彼は一体何者なんだろうか。いや、むしろ俺はシオンを男だと思っているが、このエプロンの件もあるし、実は女の子なんじゃなかろうかとぐるぐる思考を巡らせつつ、時折我に返って手を動かす。


「結構片付いてきましたね」

「ですね」


 作業は順調に進み、この調子ならば予定通り、昼過ぎには終わるだろうと二人が話していた時。雑巾片手に屈んでいた俺の目に、キラリと光る“何か”が見えた。少し大きなキャビネットの下辺り、手を伸ばし取ろうと試みるが、それは予想以上に固くてビクともしない。


「何やってるんですか?」


 そんな不自然な格好の俺を見て、ステラは問う。


「いや、ここに何かあるんだが……取れないんだ」


 それを聞き、どうせ掃除をするのだ。

 いっそ動かしてみようと、全員でキャビネットを移動させると――。


「床下収納?」


 宝石が埋め込まれた取っ手と、小さな扉がそこにあった。





***


「こんなのありましたかねぇ」


 藤四郎さんの話によると、この店は元々曰く付きで、店を構える前は結構な間、空家だったらしい。


 藤四郎さんは『むしろ出てくれた方が面白い』と格安でここを買い上げたそうなのだが、ワクワクして家に引き篭っていたのに何も起こらず、当時は落胆したものだと笑って語る。


「ちょっと詳しく見てみますかね」


 そう言って、藤四郎さんはルーペを取り出し、床に伏せた。流石、初心者用とはいえ魔具を売っている店の店主だ。そういう事もわかるのか。


「ふーむ」


 暫くして藤四郎さんが立ち上がり「多分」と前置いて、言葉を続けた。


「封印処理が施してありますね。せっかくですし開けちゃいましょうか」

「えっ!?」

「そう悪いモノでは無いような、そんな気がするんですよね。ステラさん、お願い出来ますか? 依頼内容の変更と追加報酬はちゃんと出しますので」

「えっ、えと。はい。ご、ご依頼という事なら」

ぬし様……貴方という人はまた……」


 ヘラヘラと口元を緩めて話す藤四郎さんに、シオンは呆れ顔だ。そりゃ誰かが何かを封じたとなれば、確実に害をなすものなのだから、その封印を解こうなんて正気の沙汰とは思えない。呆れもするだろう。


「……まったく」


 それは突然の事だった。シオンは俺達に下がるように言うと、次の瞬間には姿を変えていた。白い狩衣かりぎぬに紫のはかま。もしかしなくとも、あれは脇差と言うのだろうか。短めの日本刀が腰に二本ささっている。そしてもっと驚くべきは、額からにょきり生えた黒い角だ。だってその姿はまるで――。


「お、鬼……?」


 シオンはまさかの鬼だった。


「さぁさぁ、こちらへ」


 シオンの正体に呆気にとられている俺を、藤四郎さんは自分の元へ引き寄せて、部屋の隅へ移動した。それを確認したステラが手に杖を持ち、呪文を唱える。

 少し距離があいていたので何を言っているのか分からなかったが、時間を置かず、白く柔らかな光がふわふわと周りに漂い、俺や皆の体を覆っていった。


「それでは、開けます!」


 その一言で周囲の空気が一気に張り詰めた。ステラはまたブツブツと呪文を唱え、両手を前に突き出す。扉に刻まれた魔法陣が青い光を放ちながら、シュルシュルと宙に消えていく。

 同時にシオンは刀を構え、藤四郎さんは俺を抱き込み身構えた。


「――っ!!」


 陣が完全に消えた瞬間。扉は勢いよく音を立てて開き、中から煙と風が噴き上げた。


「え……?」


 驚きのあまり、つい声が漏れ出てしまった。何故なら、放出された煙が、瞬く間に姿を整え。長く伸びた金の髪の、上等そうなドレスを着た少女になったからだ。


「……」


 混乱の中、ゆっくり少女が目を開ける。

 その瞳は首から下がる大きな首飾りと同じ、鮮やかな緑色をしていて、不思議と不安や恐怖は抱かなかった。むしろ、その逆だ。シャラシャラと何かが擦れる音を纏う少女に、俺は神聖ささえ感じていたかもしれない。


「!」


 しかし、その姿に何かを感じたのか、ステラはハッと我に返り。壁際に置いていた自分の鞄を急いで引き寄せると、鞄に手を入れまさぐった。


「ぐぇっ!」


 けれど手を動かした瞬間、しゃがれた声が鞄から漏れ、部屋に響く。


「ミスター!?」


 なんでそんな所にと慌てるステラ。

 しかしミスターはお構いなしで、彼女の頭めがけ這い上がっていく。


「見ないと思ったら、あんな所に隠れていたのか」


 状況についていけず、ただ呆然とする俺達をよそに、頭上に到着したミスターは、何故か眼前のあの少女めがけ飛びついた。


「んびゃああぁぁ! 美少女発見ーんんっ!」

「☆△♭※ー!!」


 それに驚いた少女は、狂ったように超音波のような音を発するが、ミスターは少女の胸元にピッタリ付いて離れない。


「そんな嫌がらんでもぉ~、なぁ~仲良ししようやぁ~」

「△※☆ー!!」


 少女は必死に抵抗するも、ミスターに触れることがはばかれたようで、ジタバタと必死に振り落とそうと試みる。が、しかしミスターはやはりピッタリ胸元にへばり付き、離れなかった。


「うわぁ……」


 その姿に皆ドン引きしたのか。藤四郎さんはすまなそうに店へ戻っていき。シオンは変身を解いていた。風の吹き荒れる部屋の中、俺とステラは窓に身を乗り出し、遠くを見る。


「ああ風が……気持ちいいな」

「えぇ……本当に…………」


 ちっとも気持ちよくなんてないし、風は吹き荒れているのだけども。


「なあなあ! せめてお茶だけでもよぉ!」


 後ろでは尚もミスターのナンパは続いている。それにはよくやるなぁと、あのステラでさえ呆れ顔だ。


「あれは、いつもああなのか?」

「えぇまぁ。大体あんな感じ、ですね……」


 多分、ミスターは彼女にとって使い魔的存在なのだろう。だがしかし、こりゃぁ連れて歩かない筈だ。あれは下手すれば信用問題に関わるというか、いるだけで害がありそうだもの。


「お前も大変だなぁ」

「あはははは……」


 使い魔というのは、選び直せないのだろうかと思っていたその時。一際大きな超音波と風が体に当たり。次の瞬間には俺達の体は宙に浮いていた。


「!」


 視界が激しくブレ、早送りのような景色を見たと思ったら。気がついた時には、空を見上げていた。


「ってぇー……」

「いたたた……」


 全身に打ち付けたような鈍い痛みを感じ、訳も分からず半身を起こす。窓から外へ放り出されていた事に気がついたのは、頭を上げ、周りを確認してからだった。


「ご無事ですか!?」


 シオンは難を逃れていたのか裏口から現れ、俺の手を引き、立ち上がるのを助けてくれた。こちらは別段怪我は無かったが、うつ伏せに倒れ込んでいたステラが起きると、何処かで切ったのか、頬に一筋の血が流れた。


「あらら」

「だっ大丈夫か!?」


 少し切っただけで大したことは無いと笑って答えるステラに、顔に傷が残っては大変だ、急いで戻ろうとドアノブに手を伸ばす。

 けれどノブはバチッと音を立て、伸ばした俺の手を勢い良く弾いて拒絶した。


「!!」

「大丈夫ですかアスターさん!」

「静電気……ではない、ですよね」


 何が起きたのか分からず俺はもう一度手を伸ばすが、それは勘違いでも、静電気でもなく、完全に手を弾いてしまう程強い拒絶反応だった。これはどういう事か。もしかしたら、あの少女に関係あるのかもしれないとステラは呟く。


「タイミング的に、そうだとしか考えられません」

「それで、これからどうするんだ?」


 裏口が無理ならば……。


「正面から店に行きましょう。シロウさんがいるはずですし、中からなら開くかもしれません」

「それもそうだな」


 っと、表に回ってみたものの……。


「駄目だ」


 ドアを叩いて知らせようにも、家全体を何かで覆われているらしく、叩く前に弾かれてしまい、何も出来無かった。せめて目が合えば早いのだが、藤四郎さんは、まるでこちらに気づく素振りもなく、何かを真剣に読み込んでいて、望みは薄かった。


「電話はどうだ?」


 カウンターの横に電話のような物が見えた。店に電話があるのなら、その方法が手っ取り早いし確実だろう。俺のその提案に二人も同意するが……。


「シオン君、お願いできますか?」

「いえ、自分は持ちません。申し訳ありませんがステラ様、お願いします」

「あっ私もそういうのは持ってなくて……」


 とても残念な事が判明しただけだった。


「じゃあ公衆電話とか。その辺のどっかで見たぞ」

「そういえば近くにありますね」

「シオン、流石に店の番号位……」

「存じ上げません」

「どうすんだよ……」

「困りましたね……あっ、でもカレンさんなら知ってますよ、シロウさんとメル友だって言ってましたし」


 あぁきっとそのほうがいい。

 どうせ近いんだ、協会に戻った方が早いかもしれない。何せ。


「……主様、何をそう真剣に読んでらっしゃるのか」

「よっぽど面白い本なのでしょうか。私も気になります。後で訊いてみましょう」


 コイツ等ときたら、始終この調子なのだから。


「ほら行くぞ。女の子なんだから、早くそれ手当してもらえ。痕が残る」

「あ、忘れてました」


 本当にのんきな奴だと肩をガックリ落とし、協会へ急いで戻る――。

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