隣人との正しい付き合い方 -②-「不思議な扉」

「お待ちしておりました」


 店に向かうと、ほうきで店先をいていたシオンに出迎えられた。 シオンは俺を見ても、何の反応もしなかった。何だろう。無関心なのもキツイものだと、俺の心は複雑だ。


「これはこれは、なんとまぁ……」


 カウンター付近で品出しをしていた藤四郎さんに事情を話すと、流石にリアクションをしてくれたのだが。どうやったらそうなるのかと違う意味で興味津津で困った。なりたくてなったわけじゃないのに。もう早くこの話を終わらせたくて、話の腰を折るように今日の依頼について詳しく訊ねる。


「あぁ、そうでした、そうでした」


 間延びした声で手をポンと叩く藤四郎さんの話を要約すると、掃除する部屋は店の奥。前の住民が置いて行った物と、趣味で集めた物を置いていた部屋だそうで。曰く、別に掃除をするのは嫌いじゃないのに、その部屋に関してはどうも億劫で、ずっと掃除してこなかった場所なのだという。


「この機会にと思ったのですが。まさかそんな事になっているとは夢にも思わず」

「ですよね。俺もです」


 本当に大丈夫か? と不安がる藤四郎さんを店に戻し、シオンを含む三人で、早速掃除に取り掛かる事にした。


「ううむ」


 ステラは協会支給の花柄エプロンを持っていたが、俺はシオンが使わなくなったという黄色いエプロンを借りていた。少し可愛い。フリルが付いていてちょっと可愛いこれは、誰の趣味なんだろうか……? と、少し気になる。


「お似合いですよ」

「……そりゃどうも」


 無表情で言い放つシオンのその言葉に、言い知れぬ何かを感じてしまうのは何故だろう。なんとも言えない表情でつっ立っていると、ステラがやりますかーと緩く気合を入れた。


 この部屋の物には、魔術や魔法に関する書物が多いらしいのだが、一応前の住民の退去時に検査をしていたらしく。別段危険な物はないらしい。しかし、何かあってはいけないと、ステラとシオンが主に物を運び。俺はどかした後の床や壁を掃除するという偏った役割分担となった。


 掃除を始めて十五分。二人が運んだ本は陰干しの為、店の裏庭へと運ばれていたのが、ブルーシートの上の本達は、早くも収まりきれない量になっている。


「なぁ、シオン」

「はい?」

「お前はその、大丈夫なのか? こういう物に触れても」

「えぇ。大丈夫ですが。それが何か――?」

「あ、いや。別に。ちょっと気になっただけなんだ。気にしないでくれ」


 シオンはこういった物にも耐性がある。という事は、シオンも魔術師か魔道士なのだろうか? いやいや、藤四郎さんと一緒に来たという事は、そういう事では無い筈……。では彼は一体何者なんだろうか。いや、むしろ俺はシオンを男だと思っているが、あのエプロンもあるし、実は女の子なんじゃなかろうかとぐるぐる思考を巡らせつつ、時折我に返って手を動かす。という事を繰り返していた。


「結構片付いてきましたね」

「ですね」


 作業は順調に進み、この調子ならば予定通り、昼過ぎには終わるだろうと二人が話していた時。雑巾片手に屈んでいた俺の目に、キラリと光る何かが見えた。少し大きなキャビネットの下辺り、手を伸ばし取ろうと試みるが、それは予想以上に固くてビクともしない。


「何やってるんですか?」


 そんな不自然な格好の俺を見て、ステラは問う。


「いや、ここに何かあるんだが……取れないんだ」


 それを聞き、どうせ掃除をするのだ。

 いっそ動かしてみようと、全員でキャビネットを移動させると――――


「床下収納?」


 宝石が埋め込まれた取っ手と、小さな扉がそこにあった。





***


「こんなのありましたかねぇ」


 藤四郎さんの話しによると、この店は元々曰く付きで、この店を構える前は結構な間、空家だったらしい。


 藤四郎さんは、むしろ出てくれた方が面白いと格安でここを買い上げたそうだが。ワクワクして家に引き篭っていたのに、何も起こらず、当時は落胆したものだと笑って語る。


「ちょっと詳しく見てみますかね」


 そう言って、藤四郎さんはルーペを取り出し床に伏せた。流石、初心者用とはいえ魔具を売っている店の店主だ。そういう事もわかるのか。


「ふーむ」


 暫くして、藤四郎さんは立ち上がり、多分。と前置いて言葉を続けた。


「封印処理が施してありますね。せっかくですし開けちゃいましょうか」

「えっ!?」

「そう悪いモノでは無いような、そんな気がするんですよねぇ。ステラさん、お願い出来ますか? 依頼内容の変更と追加報酬はちゃんと出しますので」

「えっ、えと。はい。ご、ご依頼という事なら……」

ぬし様……貴方という人はまた……」


 ヘラヘラと口元を緩めて話す藤四郎さんにシオンは呆れ顔だ。

 そりゃ、誰かが何かを封じたとなれば、確実に害をなすものなのだから、その封印を解こうなんて正気の沙汰とは思えない。呆れもするだろう。


「……まったく」


 それは突然の事だった。

 シオンは俺達に下がるように指示を出すと、次の瞬間には姿を変えていた。

 白い狩衣に紫の袴。もしかしなくとも、あれは脇差と言うのだろうか。短めの日本刀が腰に二本ささっている。そしてもっと驚くべきは、額からにょきりと生えた黒い角だ。だって、その姿はまるで――


「お、鬼……?」


 シオンはまさかの鬼だった。


「さぁさぁ、こちらへ」


 シオンの正体に呆気にとられている俺を、藤四郎さんは自分の元へ引き寄せて、部屋の隅へと避難した。それを確認したステラが、手に杖を持ち、呪文を唱える。少し距離があいていたので何を言っているのか分からなかったが、時間を置かず、白く柔らかな光がふわふわと周りに漂い、俺や皆の体を覆っていった。


「それでは、開けますよ!」


 その一言で、周囲の空気が一気に張り詰めた。ステラはまたブツブツと呪文を唱え、両手を前に突き出すと、扉に刻まれた魔法陣が青い光を放ちながら、シュルシュルと宙に消え、同時にシオンは刀を構え、藤四郎さんは俺を抱き込み身構えた。


「――っ!!」


 陣が完全に消えた瞬間。扉は勢いよく音を立てて開き、中から煙と風が噴き上げた。


「え……?」


 驚きのあまり、つい声が漏れ出てしまった。何故なら、放出された煙が瞬く間に姿を整え、長く伸びた金の髪の、上等そうなドレスを着た少女になったからだ。


「……」


 混乱の中、少女がゆっくり瞼を上げた。

 その瞳は、少女の首から下がる大きな首飾りと同じ、鮮やかな緑色をしていた。


「!」


 その姿に何かを感じたのか、ステラはハッと我に返り、壁際に置いていた自分の鞄を引き寄せると、鞄に手を入れまさぐった。


「ぐぇっ!」


 しかし、手を動かした瞬間、しゃがれた声が鞄から漏れ、部屋に響く。


「ミスター!?」


 なんでそんな所にと慌てるステラ。しかしミスターはお構いなしで、彼女の頭めがけ這い上がっていく。


「見ないと思ったら、あんな所に隠れていたのか」


 状況についていけず、ただ呆然とする俺達をよそに、頭上に到着したミスターは、何故か眼前のあの少女めがけ飛びついた。


「んびゃああぁぁ! 美少女発見ーんんっ!」

「☆△♭※ー!!」


 それに驚いた少女は、狂ったように超音波のような音を発するが、ミスターは少女の胸元にピッタリ付いて離れない。


「そんな嫌がらんでもぉ~、なぁ~仲良ししようやぁ~」

「△※☆ー!!」


 少女は必死に抵抗するも、ミスターに触れることがはばかれたようで、ジタバタと必死に振り落とそうと試みる。が、しかしミスターはやはりピッタリと胸元にへばり付き、離れなかった。


「うわぁ……」


 その姿に、皆ドン引きしたのか。藤四郎さんはすまなそうに店へ戻っていき。シオンは変身を解いていた。風の吹き荒れる部屋の中、俺とステラは窓に身を乗り出し、遠くを見る。


「あぁ、風が……気持ちいいな」

「えぇ……本当に…………」


 ちっとも気持ちよくなんてないし、風は吹き荒れているのだけども。


「なあなあ! せめてお茶だけでもよぉ!」


 後ろでは尚もミスターのナンパは続いている。それには、よくやるなぁと、あのステラでさえ呆れ顔だ。


「あれは、いつもああなのか?」

「えぇまぁ。大体あんな感じ、ですね……」


 多分、ミスターは彼女にとって、使い魔的な存在なのだろう。だがしかし、こりゃぁ連れて歩かない筈だ。あれは下手すれば信用問題に関わるというか、いるだけで害がありそうだもの。


「お前も大変だなぁ」

「あ、あはははは……」


 使い魔というのは選び直せないのだろうか。と思っていたその時。一際大きな超音波と風が体に当たり。次の瞬間には俺達の体は宙に浮いていた。


「!」


 視界が激しくブレ、早送りのような景色を見たと思ったら。気がついた時には、空を見上げていた。


「ってぇー……」

「いたたた……」


 全身に打ち付けたような鈍い痛みを感じ、訳も分からず半身を起こす。窓から外へ放り出されていた事に気がついたのは、頭を上げ、周りを確認してからだった。


「ご無事ですか!?」


 シオンは難を逃れていたのか裏口から現れ、俺の手を引き、立ち上がるのを助けてくれた。こちらは別段怪我は無かったが、うつ伏せに倒れ込んでいたステラが起きると、何処かで切ったのか、頬に一筋の血が流れた。


「あらら」

「だっ大丈夫か!?」


 少し切っただけで大したことは無いと笑って答えるステラに、顔に傷が残っては大変だ、急いで戻ろうとドアノブに手を伸ばす。

 けれどノブはバチッと音を立て、伸ばした俺の手を勢い良く弾いて拒絶した。


「なんだ?」

「静電気……ではない、ですよね」


 何が起きたのか分からず俺はもう一度手を伸ばすが、それは勘違いでも、静電気等でもなく、完全に手を弾いてしまう程強い拒絶反応だった。これはどういう事か。もしかしたら、あの少女に関係あるのかもしれないと。ステラは呟く。


「確率は高いですね」

「タイミング的に、そうだとしか考えられません」

「それで、これからどうするんだ?」


 裏口が無理ならば……


「正面から店に行きましょう。シロウさんがいるはずですし、中からなら開くかもしれません」

「それもそうだな」


 っと、表に回ってみたものの……


「駄目だ」


 ドアを叩いて知らせようにも、家全体を何かで覆われているらしく、叩く前に弾かれてしまい、何も出来無い。せめて目が合えば早いのだが、藤四郎さんは、まるでこちらに気づく素振りもなく、何かを真剣に読み込んでいて、望みは薄かった。


「電話は?」


 カウンターの横に電話のような物が見えた。店に電話があるのなら、その方法が手っ取り早いし確実だろう。俺のその提案に二人も同意するが……


「シオン君、お願いできますか?」

「いえ、自分は持ちません。申し訳ありませんがステラ様、お願いします」

「あっ、私もそういうのは持ってなくて……」


 とても残念な事が判明しただけだった。


「じゃぁ、公衆電話とか。その辺のどっかで見たぞ」

「そういえば近くにありますね」

「シオン、流石に店の番号位……」

「存じ上げません」

「どうすんだよ……」

「困りましたね……あっ、でもカレンさんなら知ってますよ、シロウさんとメル友だって言ってましたし」


 あぁ、きっとそのほうがいい。

 どうせ近いんだ、協会に戻った方が早いかもしれない。何せ――


「……主様、何をそう真剣に読んでらっしゃるのか」

「よっぽど面白い本なのでしょうか。私も気になります。後で訊いてみましょう」


 コイツ等ときたら、始終この調子なのだから。


「ほら行くぞ。女の子なんだから、早くそれ手当してもらえよ」

「あぁ、忘れてました」


 本当にのんきな奴だと肩をガックリ落とし、協会へ急いで戻る――

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