• ひだまりファンタジア

  • ◆第1部 偽りの魔法使い
  •      隣人との正しい付き合い方 -④-「隣人は静かに微笑んだ」

     隣人との正しい付き合い方 -④-「隣人は静かに微笑んだ」

 訪れたのは黒いローブで全身を覆った小柄な女であった。藤四郎は客を歓迎し、いらっしゃいませと声を掛ける。


「ここにヴァイツェルの魔道書、置いてありますぅ?」


 店に入るなり、女はそう訊ねた。

 しかし、この店は下級魔具と雑貨の店。販売免許のいる魔道書は販売していない為、そういった物は、魔道士協会へ問い合わせた方が早いと藤四郎は女に伝えた。


「ええー……せっかくここまで来たのにぃ」

「申し訳有りません、お客様」


 女は不満を漏らしつつも、店内を腰をくねらせ物色し、カウンターへ近づいた。その時の藤四郎は、女の両耳から垂れ下げる漆黒のピアスから目を離せないでいた。ゆらゆら、ゆらゆら。女が一歩前に踏み出す度、大きく揺れる。不気味なほど黒い石。


「あら、貴方もコレを気に入ったのね?」


 すっかり魅入られ動けなくなってしまった藤四郎と、不敵な笑みを浮かべる女。先程とは対照的に、緊張感が辺りを支配し、少女は指の一本さえも動かす事は出来無い。それを良しと、女はカウンターに身を乗り出した。


「貴方。凄く美味しそうな匂いがするのね」


 甘ったるい声でツンと頬をつつかれ、藤四郎はハッとした。息遣いが肌に伝わる程、女の顔が近かったからだ。こんなに至近距離まで近づかれていた事に藤四郎は驚くが、藤四郎が声を上げる前に女は動く。


「いっただきま~す☆」


 肉厚な女の唇から、鋭く尖った二本の牙が姿を現す。


「!!?」


 藤四郎が抱く感情は唯一つ。それは恐怖。

 このままでは、ただでは済まないだろう。藤四郎は直感的にそう思い、レジ横から荷解き用のナイフを掴み女へ振り上げた。が、しかし、それはすぐに察知され、即座に避けられてしまう。


「っ!!」


 そして……振り上げたナイフは勢いを殺せず、藤四郎自身の前腕を思いっきり切り裂いた。


「あああああああああ!!」


 深くエグってしまったのだろう、流れ出た鮮血は、すぐに袖を赤く染め上げた。

 そんな悲痛な叫びを上げる藤四郎の傍ら、


「べ、別にちょっと噛み付こうとしただけじゃない! 大げさね!」


 少し甘噛みする程度だったのにと、女は慌てる。

 一方、その光景を見た少女は……


「――――っ!!」


 目の前の惨状に耐え切れず、絶叫した。





***


 話し合いを終え、戻る事にした俺達は、二つ目の信号を渡り始める所で、あの声を聞いた。つい先刻、嫌と言うほど聞いた超音波のような、あの声を。

 その異常とも言える大きな声を聞いた途端。シオンは風のような速さで飛び出し、俺達も急いでそれを追う。


 急ぎ店へ入ると。カウンターの傍に倒れた藤四郎さんと、肩を震わせ立ちすくむシオンの姿があった。


「シロウさん!」


 ステラは藤四郎さんに駆け寄った。

 止めど無く流れる鮮血が、むせ返る程の鉄の匂いを産み、苦痛に歪む藤四郎さんの声は耳と心を締め付ける。


「……うっぁああっ……」


 ステラがハンカチを押し当てた所で、血は止まらない。


「主様! 主様っ!!」

「止まらないっ、ど、どうしたら!」


 大きな血管を傷つけてしまったのだろう、一向に止まる気配が無く、取り乱すステラとシオンに、落ち着くように声を掛ける。


「俺がやる」


 当てずっぽうに、ただいい格好がしたかったわけではない。

 こういった時どう対処するかのか俺は知っていたから、名乗り出た。


 俺がアシスタントをしていたのは、リアルな描写が評判だった青年漫画家で、膨大な資料データはもちろん。その手自ら実験したり、再現をし、頭に叩き込んで、忠実に描く人だった。

 だから、過去、応急処置ガイドを見ながら、工程とアングルを確認しアシスタント同士で何度も実演したのをまだ憶えている。

 その記憶を遡り、手早く処置を済ませながら、指示を出す。


「シオン。タオルか何か、長い布があれば何枚か持ってきてくれ」

「え……あ……」


 ここまで大きな怪我をした事が無かったのか、あの冷静なシオンも酷く動揺したままだ。しかし、それでは駄目なのだ。


「早く! お前のあるじが死んでもいいのか!!」

「――っ!」


 俺に叱咜され、シオンは急いで階段を駆け上がった。それを待っている間、こちらで出来る限りの事はやる。


「――なぁ、こういうのはその、魔法でどうにかならないのか?」

「わ、私の魔法はその……そんなんじゃ……ないんです……」


 あくまでも冷静に、落ち着いて訊いたが、彼女は酷く混乱したままで、唇を震わせた。系統が違う。その答えに、俺はそうかと短く返す。


「ごめんなさい……」

「いや、謝ることじゃない。えーと、救急車はこの世界にもあるよな?」

「は、はい」


 血を見るのが苦手なのか、真っ青な顔をして小刻みに震えるステラに、藤四郎さんは大丈夫だからと伝え、出来るだけ落ち着いた声音で声を掛ける。

 それが効いたか分からないが、俺の代わりに通報出来るかという問いかけにも。短く、しっかりした返事を返し、救急車を呼ぶことが出来た。





***


「シオン」


 間延びした藤四郎さんの声が待合室に響いた。

 名前を呼ばれた瞬間、シオンは勢いよく飛び出し。ふら付いた藤四郎さんを即座に支える。


「主様!」

「あははは。……心配掛けたね」


 そんな二人を見て。ステラも良かった、良かったと、俺の裾を掴み泣きじゃくる。号泣するステラをどう扱えばいいのか分からないで狼狽えていると、藤四郎さんと目が合った。


「本当にありがとう。君のお陰で大事にならず済みました」

「あ、いや……その。別にこれくらい……」


 大人になると褒められる事なんてそうないし。こんな風に頭を撫でられる事もないから、凄くむず痒かった。


 帰りのタクシーで、助手席に座った藤四郎さんが、得体の知れないローブの女に襲われた事。そして、あの少女の叫び声が無かったら助かってなかったかもしれないという事を詳しく話してくれた。


「そんな事が……」

「えぇ、本当。君達がいなかったらどうなっていた事やら」


 その言葉を聞き、そうですよ! とステラはぎゅうぎゅうの車内で言い放ち、俺に詰め寄る。何故あんな的確な処置が出来たのか。俺は何者なのか。と、聞かれる事は別に構わなかったが、息がかかるほど距離が詰められ、恥ずかしさで身を反らせる。


 少しでも距離を開けるように努めるも、ステラはお構いなしで近づいてくるので暖簾に腕押し。もう早くこの状況をどうにかしたいと思ったので、以前仕事の都合でやらされた事を思いだしながらやっただけだと簡単に話す。


「ほほう」

「ほぁー!」


 一同が間の抜けた声を出している最中。タクシーは店へ到着した。店に入ると、血で汚れていたカウンターや床は、綺麗に拭き取られ、辺りも片付けられていた。

 けれど店内にあの少女の姿は無い。


「……」


 藤四郎さんは少し店の中をキョロキョロ見渡し、その後すぐに店の奥、もう暗くなったあの部屋へ向かっていった。それに俺達もついていく。


「やっぱり」 


 部屋の奥で蹲った少女を見つた。

 シオンが灯りを付け、部屋に明かりが灯された。

 今の今まで泣いていたのか。少女の目は赤く腫れ、未だこぼれ落ちる大粒の涙が頬を伝って床にポトリと落ちる。


「!!」


 藤四郎さんは少女の前にしゃがみ込み、左手を伸ばした。

 少女は一瞬肩をビクつかせ、髪をすくように撫でるその手に少女は戸惑っているようだった。


「……やはり片手だと上手くいきませんね」


 そう言うと、シオンを呼び寄せ耳打ちした。シオンもそれに頷き、協力して少女の髪を赤いリボンで結い上げていく。


「うん。やはり貴女には赤が映える」


 そう笑いながら、藤四郎さんは少女の頭を撫でた。そして、戸惑う少女にこうも続けた。


「それと……これはずっと考えていたのですが。もし、もしも貴女に名前が無いのであれば、貴女の事をナズナと呼んでも良いでしょうか? 僕の故郷に咲く、白い小さな花で……可愛らしいのに、とても強い。貴女のような花でして」


 呆気にとられているナズナを、もしや名前が有るのか、それとも不服と思ったのかと。藤四郎さんが慌てて訊ねると、ナズナは涙を流しながら、首を横に振り、笑顔を見せた。


 それはまるで『嬉しい』と言葉を発しているような、とても喜びに満ちた、幸せそうな笑顔だった。




――隣人との正しい付き合い方――

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