第04話:数の暴力

 街の見た目は、やはり元居た世界と変わらなかった。ただ一つ、明確に違うのは、街の上空を舞う大きな鳥や、ホウキに跨り縦横無尽に飛び回る魔法使いの姿。そこらを歩く獣のような顔立ちの者がいる事だけだ。現実リアル非現実ファンタジーが混在する不思議な世界。


「お前も箒で空飛べたりするのか?」

「あー、私は……その。……免許が無くて」


 免許いるのか。

 なんだかそこは現実的なんだなと、ちょっぴり切なくなった。



 その後、ここが魔道士協会だと彼女に連れてこられたのは、やっぱりビッグ・ベンのある“例の砂色のレンガ造りの建物”だった。教科書や旅行パンフレット、そして様々な媒体で何度も見てきた、かの有名な歴史的建造物は、自分の記憶そのままにそこにそびえ立っている。


「ヤバい、滅茶苦茶カッコイイ……」


 凄い、凄いとテンション高めに辺りを見渡す俺。それを見たステラが、ふふふっと笑って「行きますよ」と未だ興奮気味の俺の手を引いて歩き出す。

 しかしその時だ。


「「待タレヨ、印無キ者ハ去レ」」

「!?」


 突然、圧のかかった低い声が頭上から聞こえた。

 見上げると、鋭い鉤爪に大きく裂けた口。頭に二本の角を生やした、竜に近い造形の古ぼけた二体の石像がこちらを覗き込んでいた。彼女が俺に耳打ちする。


「こちらはガーゴイル兄弟さんで、協会ここの門番さんです」

「えっ!?」


 ガーゴイルってあの!? と驚きを隠せなかった。

 しかしステラは堂々としたもので、俺は自分の友人だと平然としている。


「「……フム」」

「ヒェ」


 ガーゴイル達に、超近距離で顔をマジマジ見られた。

 その顔の厳つさで、心臓が爆発しそうだ。


「「ヨカロウ、許可スル。印無キ者ヨ、通ルガイイ」」

「いいんだ……」


 何だろう。あんなにドキドキしたのに。警備レベルが凄くザルな感じがして、一気に熱が冷めてしまった。


「ふふ。と言っても、この入口は私達魔道士や魔術師専用入口なだけで、一般出入り口は別にありますし、中で普通に繋がってるんですよ。それに彼等はここ最近、門番ごっこにハマってるみたいで、面白がってやってるだけなんです」


 遊んでるだけなのかよ。仕事しろよ。というのはさておき。開け放たれた重厚な木の両扉を潜ると、開放感のあるエントランスが広がり、様々な格好の人が行き交って、中は想像以上に賑やかだった。


「あ、ステラちゃんだ。おはよ~」


 エントランスの中央にドンと設置されたカウンターから、ゆるく波がかった栗毛の女性が身を乗り出し、彼女の名前を呼んだ。


「おはようございます。カレンさん」

「今日は依頼の確認? それとも――」


 カレンと呼ばれたその人は、それまでずっとニコニコ彼女に喋りかけていたのだが。俺達がそのカウンターに近づくにつれ、ステラの顔と俺の顔。そして繋がれた手を交互に見て、口に手を当て驚いた。


「も、ももも、もしかして彼氏!? えー! いっつの間に~!?」


 言動もそうだが、オリーブカラーのエプロンドレスを着ていて、近所のおばさんヨロシク、物凄いはしゃぎっぷりだった。途端、俺は恥ずかしくなり、慌てて手を離す。


 しかしその好奇の目は一層輝くばかり。それにステラはハッキリ違うと言い、暫く一緒に居る事にしたのだと説明した。それはそれで何だかな……と、何とも言え無い精神的ダメージを受けていると、両肩に手を置かれた感覚があった。


「「やっぱり彼氏なんじゃない」」


 それは不自然に、前と後ろの両側から聞こえ、驚きのあまり声を上げてしまった。同じ顔が二つ。カウンターを挟むように立っていたからだ。


「「あはは、ビックリしたー?」」


 そう無邪気に笑い、手に持つメルヘンチックな手鏡を覗き込むと「倍に増えるよ」と目の前でまた増えてみせるカレンさん。曰く、そういった魔術を使っているらしい。でも頭に着けた網目模様のヘアバンドに番号が振られていて、あれが魔術だとして、どういう原理なのかと理解に苦しんだ。


「こちらはアスターさんです。“異界”の方みたいで、昨日“レストの森”で出会ったんですよ」

「ど、どうも」

「「「「おー!」」」」


 それで何かを納得したようで。


「「「「じゃあこれから大変だね! ガンバ!」」」」


 と数の暴力という名の激励を受けた。

 背中が超痛ェ。


「それでは私は報告があるので、アスターさんはここで待っててくださいね」

「あ、うん。いって……らっしゃい」


 そして俺はその場で待たされた。

 そう、あのカレンさんと二人? でだ。


 増えに増えたカレンさんはひっきりなしに喋り倒してきたり、やたらスキンシップが多い。こういう人はどうも苦手だ。


「あ、あの。カレンさん?」

「「「「カレンでいいわよぉ。見たとこそんなに変わらないと思うしぃ」」」」

「あ、うん。じゃぁカレン……そろそろ背中叩くのやめて」

「「「「あ! ごっめーん!」」」」


 と言いつつ、またバシバシ叩かれた。

 絶対分かってないな、この人。


「「「「ね、ね。君って“どっち”なの?」」」」

「ど、どっち?」

「「「「魔道士か、魔術師かってこと。魔法は? 使えるの?」」」」

「いや魔法もなにも、俺は普通の人間だから……」


 そう返すと、カレンの分身は顔を見合わせ、代わる代わる喋りだす。


「そっかー、まだ“判って”ないんだねー」

「じゃぁさ、“シロー君”のとこで魔具買ってー、適正あるか試しちゃえばー?」

「あそこのはウチで買うより安いしー」

「魔術師の適正あればウチで働けるかもだしねー♪」


 返事する間も無く、放たれた言葉に圧倒される。けれどそれはどういう事なのだろうかと驚いた。自分は魔力なんざ持たぬただの人間で、魔法なんて使えるはずが無いのだから。


「「「「魔法は無理でも、適正があれば魔術は使えるんだよー」」」」

「えっ!? マ、マジで?」

「「「「そだよ~。まあ適正あっても、魔術師免許は中級から試験の難易度が上がるから、そう簡単にはいかないんだけどね~」」」」

「め、免許? 試験……?」


 ここでもまた免許の話題が出て驚いた。

 先程と同じく、ファンタジー感の無さには少しガッカリだが、まあそれだけこの世界の“法”がキチンとしている。と考えれば当たり前といえば当たり前なのか。元居た世界でも危険物取扱免許とか、色々あるっちゃあるしと納得することにした。ああでも胸躍るというものだ。もしかしたら俺も魔術師になれるかもしれないのか。夢が広がっていくのが自分でも分かる。


「「「「そうだ、ちょっと待ってて」」」」


 浮き足立つ俺にカレンはそう言うと、すっと分身をしまい、カウンターの中で何やらゴソゴソ荷物を漁った。そして目当てのモノはすぐに見つかったのか、名刺サイズの小さな券を俺に一枚差し出した。


「はいこれ」

「これは?」

「さっき言ってた店の割引券だよー」

 

 受け取った券を見ると、確かにデカデカ二〇%OFFと赤文字で印字されていた。


「この近くにある雑貨屋さんなんだけどね。そこのお店の人達も異界人でさー。シロー君とシオン君って言うんだけどー。あ、シロー君が店長さんで、シオン君って男の子が店員さんなんだけど、すっごく可愛い子でさー!」

「異界人!?」


 凄く早口で喋りまくるカレンに圧倒されつつ、異界人という言葉に俺は驚きを隠せず、つい大きな声を出してしまった。しかし、これは詳しく話を聞けるチャンスだと思い、俺はその人達について、もっと詳しく尋ねる事にした。


「そ、その人達が元居た……こ、国名とか! 知ってたりしないか!?」

「えっとぉ~、確かー……」


 カレンは少し考え、どこの国かは忘れたが、どこぞの島国だったはずだと話してくれた。間違いない、日本だ。こんな所で同郷の人間に会えるかもしれないなんて、世間は狭いとはこういう事を言うんだろう。

 他にもその人達について、色々話を聞き盛り上がっていると、


「――アスターさーん」


 俺を呼ぶステラの声がエントランスに響く。声のする方を向くと、彼女は軍服にも似た黒い制服姿の男を二人連れていて、ちょっと驚いた。


 一人は、やたら丈の長い上着を着た男性で、銀色の長髪をゆるく後ろで束ね、眼鏡を掛けていた。もう一人は、詰襟の黒服に黒皮の紐ブーツ。両手に白い手袋をはめた、紺碧の髪と鋭い瞳が何処か冷たさを放つような、しかしイケメンという言葉がピッタリの顔立ちをした若い男だった。


「やぁやぁ。私はスターチス・カーター。君、異界人なんだって?」


 眼鏡の男性が陽気な声を上げた。

 何というか、全体的に優しい物腰のその人は、始終にこやかな笑顔を向けてくるのだが、俺はその尖った耳と、口元から覗く小さな牙がどうしても気になり。もしや人ではないのだろうかと、全然話に集中出来なかった。


「もしかして、私のような者が珍しいのかな?」


 俺の視線に気が付き、スターチスさんは含み笑いをしてみせた。


「私は元々人間だったけれど、色々あってね。今では吸血鬼なんだよね。あぁ別に毎日血を吸っているわけではないよ? でも吸って欲しい時は是非ご用命を。傷は少々残ってしまうけれどね」

「いや~間に合ってます。ハハハ……」


 なんて冗談なのか本気なのか、まったくわからない話に適当に応えていると。イケメンの方が俺と目を合わせる事なく、静かに口を開く。


「室長、そろそろ戻りましょう」

「えーもうかい? まだ――」

「駄目です。それじゃあステラ、また……」

「あ、うん。ごめんねリド」


 あのイケメンはリドって言うのか。しかし彼女がタメ口で話すという事は、ステラと同い年なのだろうか。いや、でも見た所、俺とあんまり大差ないような……ていうか、その頭に着けているヘアピンは何なのだろうかと訊きたくなってしまう。


 だって、その凛々しい顔に似つかわしくない、バッテン印に付けられた赤いヘアピンが、浮いて見えるどころではなく、正直似合ってないのだ。


 ぼーっとそんな事を考えていると、リドは踵を返し去っていった。その際、射抜くような鋭い眼光を向けられた気がしたのだが、あれは気のせいか?


「あぁそうそう、アスター君だったね?」

「あ、はい」


 スターチスさんは去り際に俺の肩を抱き寄せ、そっと耳打ちした。


「くれぐれも彼女を傷つけるような事はしないように。いいね……?」

「――っ!?」


 声は低く、目は全然笑っていなかった。

 俺は声が出せず、ただひたすら首を縦に振ってそれに応じ、スターチスさんは不敵な笑みを浮かべ、そのまま去っていった。言われなくとも未成年に手を出して捕まりたくはないので、安心してほしい。しかしやたら凄みのある声と顔だった。


「心臓止まるかと思った」


 どっと出た冷や汗を袖で拭うと、やたらいい笑顔のカレンにバシバシ肩を叩かれて、何故か親指を立てられた。


「あ、そだ。ねぇねぇステラちゃん。さっき彼と話してたんだけどー」

「はいはい?」

「シロー君の店に行ってみたいんだって」

「あぁそれいいですね。どうせこの後予定も無いですし。いつか案内しようとは思っていたので、買い物がてら行ってみましょうか」

「ほんとか!?」

「はい」


 こうして俺とステラは、“シローさん”とやらの雑貨店に向かうことになった。





***


 ――同時刻。

 とある屋敷の一室でヒステリックに怒り狂う、ひとりの少女がいた。

 時折地団駄を踏み、叫び声を上げたり、壁に向かって物を投げ、周囲に当り散らしている。


「許さない、許さない、許さない……」


 少女は自身の髪の色と同じく、不自然に黒く塗られた爪を噛む。

 この少女が苛立つ理由はただ一つ。大金を払い、長い時間を掛け育てあげたモノをある男に奪われ、思い描いていた未来を壊されてしまったからだ。


 もう取り返しのつかぬ事態に、自分でもどうしようも出来ず、その長い黒髪を振り乱し、自身の寝所に倒れ込んだかと思うと、ソレに爪を突き立てた。

 ベルベット生地の紅い枕は、既にズタズタに切り裂かれ、もはや枕とは言えない代物になっていた。


 中の羽毛が宙を舞う。

 それは次第に雪の如く降り積もり、少女の周りを白く染め上げていった。


 そして自身が纏う、ワインレッドのドレスにさえ怒りの矛先を向けたが、そのドレスは少女にとって命の次に大切な物。流石に穴を開ける事に躊躇し、やっとその手を止めた。


「レナード……あの男、許さない。絶対、絶対っ許さないんだからっ!」


 憎悪に満ちた心は、少女の顔を醜く歪ませた。

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