あぁ無情 -④-「魔道士協会セントラル支部」

【城郭都市セントラル】

 街の見た目は、やはり元居た世界と変わらなかった。

 違うのは、街の上空を舞う大きな鳥や、箒に跨り縦横無尽に飛び回る魔法使いの姿。そこらを歩く獣のような顔立ちの者達だけだ。

 現実と非現実が混在する不思議な世界。


「凄ぇ……」


 都会だからか、異種族と呼ばれる人外の者があちらこちらにいて。つい興奮してしまう。ドラゴンもいるのだろうかと俺がこぼすと。街中は規制があるらしく、大体は人に化けて生活しているのだと教えてくれた。


「この中に実はドラゴンなんて人がいるのか……」


 翼とかどうなってんだ。え、無くなる? なんて事も聞いてしまうと、俺の厨二心は落ち着かない。


「私は一度協会に戻りますが、アスターさんはどうしますか?」


 一緒にくるか? とのこの問いかけに、俺は首を思いっきり縦に振った。携帯もないこの状態で、彼女と離れる事自体、自殺行為だと思ったからだ。 





【魔道士協会・セントラル支部前】

 これはなんて言ったっけ。アンティーク。いや違うゴシック……バロック? ともかく、魔道士協会は、教科書で見た、イギリスの国会議事堂とほぼ同じ外観の巨大な建物だった。


「お……おぉぉ」


 田舎から都会に出た時、同じように大きな建物を見て驚いた思い出がある。しかし、はしゃぎすぎては彼女を見失ってしまうと必死だった。それを見たステラは、ふふふっと笑う。


「誰も取って食いやしませんよ」

「い、いやほら。お、お前みたいなのがいっぱいいるんだろ?」


 そうビビる俺に、彼女は呆れ顔だ。


「私を何だと思ってるんですか……」


 実際、彼女のような魔道士や魔術師が沢山いても、そう怖くはないだろう。むしろ微笑ましい位の光景だ。だがまだ俺にとって魔道士とは未知の存在で、イメージとしては、白ひげを蓄えた威厳のある老人だとか、妙に色香が漂う露出の多い感じか、はたまた性格破綻者か。ともかく怖い存在なのだ。


「皆さんいい人ばかりですよ」

「ホ、ホントに?」


 行きますよと、未だビビる俺の手を引いて彼女はスタスタ歩く。

 そこへ――


「「待タレヨ、印無キ者ハ去レ」」


 圧のかかった低い声は頭上から聞こえた。

 大きな、まるでコウモリのような羽を片方広げ、俺達の行く手を阻んだのは、入口脇に建つ古ぼけた二体の石像だった。鋭い鉤爪に、大きく裂けた口。頭に羊のような太く、立派な二本の角を持つ、竜に近い造形のどうみても石に見えるソレ。


「こちらは門番のガーゴイル兄弟です」


 彼女が耳打ちする。

 この怪物を前にしても、彼女は堂々としたもので。ガーゴイル達に、俺は自分の大事な友人なのだと話し、通行許可はすんなり通ってしまった。


「い、いいのか? 本当に俺も入って」

「えぇ。この西側の入口は、私達魔道士や魔術師専用の入口なだけで。一般出入り口は別にあるし、中は繋がってるんですよ。それに彼等はここ最近、門番ごっこにハマってるみたいで、面白がってるんです」


 遊んでるだけなのかよ。仕事しろよ。というのはさておき。開け放たれた重厚な木の両扉を潜ると、開放感のあるエントランスが広がっており。様々な格好の人や異種族が行き交って、想像以上に賑やかだった。


「ん……?」


 よく見ると、彼女が所々に着けている逆十字の装飾品を、皆揃って着けていた。ペンダントや、ブローチ……指輪に鞄。一人一つは、見える所に着けていて。その中心には赤か青。どちらかの石が付いている。もしかしてあの逆十字が、さっきガーゴイル達が言っていた印なんだろうか。なんて事を考えていると、ゆるく波がかった栗毛の女性がステラを呼んだ。


「ステラちゃん、おっかえり~!」

「ただいまです。カレンさん」


 カレンと呼ばれたその人は、カウンターから身を乗り出し。ステラの顔と、俺と繋がれた手を交互に見て驚いた。


「もしかして彼氏~? えー! いつの間に~!?」


 言動もそうだが、オリーブカラーのエプロンドレスを着ていて、近所のおばさんヨロシク。物凄いはしゃぎっぷりだった。途端、俺は恥ずかしくなり、慌てて手を離すが、好奇の目は一層輝くばかり。それにステラはハッキリ違うと。ただ暫く一緒に居るだけだと説明した。


 それはそれで何だかな……と、何とも言え無い精神的ダメージを受けていると、両肩に手を置かれた感覚があった。


「「やっぱり彼氏なんじゃない」」


 それは不自然に両側から聞こえ、驚きのあまり声を上げてしまった。同じ顔が二つ。俺を挟むように立っていたからだ。


「おわぁ!?」

「「あはは、ビックリしたー?」」


 そう無邪気に笑い。手鏡を覗き込むと、倍に増えるよとまた増えてみせる。曰く、そういった魔術を使っているらしい。でも頭に着けた網目模様のヘアバンドに番号が振られていて、魔術だとしても、あれはどういう原理なのかと理解に苦しんだ。


「こちらアスターさんです。シロウさんと同じ、異界の方みたいなんですよ」

「ど、どうも」

「「「「おー!」」」」


 それで何かを納得したようで。


「「「「頑張れ! 少年!」」」」


 と数の暴力という名の激励を受けた。

……背中が超痛ェ。

 しかし、いきなり出てきた、シロウという名前に、どことなく日本的な響きを感じ。俺はその人物について、二人に詳しく尋ねた。


「えっとぉ~」


 カレンさんは少し考え、どこの国かは忘れたが、どこぞの島国だったはずだと話してくれた。間違いない。日本だ。こんな所で同郷の人間に会えるかもしれないなんて。世間は狭いとはこういう事を言うんだろう。

 その後、とりあえず報告をしてくるとステラは言い残し。俺はその場で待たされた。


 そう、あのカレンさんと二人? で、だ。

 増えに増えたカレンさんはひっきりなしに喋り倒してきたり、やたらスキンシップが多いので、こういう人間はどうも苦手だ。


「あ……あの……カレンさん?」

「「「「カレンでいいわよぉ。見たとこそんなに年変わらないでしょ?」」」」

「うん……カレン……そろそろ背中叩くのやめて」

「「「「やだー! ごっめーん!」」」」


 本当に分かっているんだろうか、尚も叩かれ続け、背中の血行が良くなった頃。俺を呼ぶステラの声がフロアに響く。あぁ、助かったと、声のする方を向くと、軍服にも似た黒服の男を二人連れていた。

 一人は、やたら丈の長い上着を着ていた中年男性で、銀色の長髪をゆるく後ろで束ね眼鏡を掛けてニコニコとこちらを見ていた。もう一人は、詰襟の黒服に、黒い皮のブーツ。両手に白い手袋をはめた紺碧の髪と鋭い瞳が何処か冷たさを放つような……そんな若い男。


「やぁやぁ。私はスターチス・カーター。君、異界人なんだって?」


 眼鏡の中年男性が陽気な声を上げた。

 優しい物腰のその人は、にこやかな笑顔を向けてくるのだが、俺はその尖った耳と、口元から覗く小さな牙がどうしても気になり。もしや人ではないのだろうかと逆に訊きたくなってしまった。


「あぁそうか、君達は私のような者が珍しいんだったね」


 俺の、舐めるような視線に気が付き、スターチスさんは含み笑いをしてみせた。


「私は元々人間だったけれど。色々あってね。今では吸血鬼さ。あぁ。別に毎日血を吸っているわけではないよ? でも、吸って欲しい時は是非ご用命を。傷は少々残ってしまうけれどね」


 いや~間に合ってますなんて応えていると。もう一人の若い男が俺と目を合わせる事なく、静かに口を開く。


「室長そろそろ」

「えー、もうかい? まだ――」

「いえ、もう――。じゃぁステラ、また……」

「あ、うん。リドごめんね」


 その男はリドと呼ばれた。

 彼女がタメ口で話すので、相手はステラと同い年なのだろうかと一瞬考えたが、見た所俺と同い年に思えてないらない。しかし、なんというか、その頭に着けているヘアピンは何なのだろうかと訊きたくなってしまう。だって、凛々しい顔に似つかわしくないバッテン印に付けられた赤いヘアピンは、凄く……浮いて見えるのだ。


 ぼーっとそんな事を考えていると、リドは踵を返し去っていった。その際、射抜くような鋭い眼光を向けられた気がしたのだが、気のせいだろうか?


「あぁ、そうそうアスター君。だったね?」

「あ、はい」


 スターチスさんは去り際に俺の肩を抱き寄せ、そっと耳打ちした。


「くれぐれも、彼女を傷つけるような事はしないように。いいね……?」

「――っ!?」


 声は低く、目は笑っていなかった。

 俺は声が出せず、ただひたすら首を縦に振ってそれに応じ。スターチスさんは不敵な笑みを浮かべ、そのまま去っていく。言われなくとも、未成年に手を出して捕まりたくはないので、安心してほしい。

 しかし、やたら凄みのある声と顔だった。どっと出た冷や汗を拭うと、カレンにまたバシバシ肩を叩かれた。


「「「「ね、ね。君さ君さ」」」」


 これからどうするの? というカレンの問いかけに、件の異界人にいち早く会いたい旨を伝えると、カレンの分身は顔を見合わせ、代わる代わる喋りだす。


「シロー君の所にいくんだ?」

「じゃぁ、あそこで魔具買っちゃいなよ!」

「魔術師になればウチで働けるかもだしねー♪」

「そうそう、どうせなら魔術師目指そうよー!」


 と、返事をする間も無い。

 けれどそれはどういう事なのだろうかと驚いた。

 自分は魔力なんざ持たぬただの人間で、魔術なんて使えるはずが無いのだから。


「「「「適正あれば魔術師になれるよー」」」」

「えっ!?」


 そこへステラも会話に混ざる。


「そうですね。異界の方でも魔術師になった方は沢山いますよ」

「マジで!?」


 彼女はこうも続ける。

 実は純粋な魔道士というのは少なく、協会に所属している者のほとんどが魔術師なのだそうだ。


「中級から試験の難易度上がるけどね~」

「試験……」

「そうですね。大きな力を使うにはそれだけ規制も増えますから、免許を取るのが決まりなんです。でも魔術に興味があったんですね」

「出来れば使ってみたい。かな」

「では試してみましょうか。シロウさんのお店で扱っている魔具は、初心者用の物のみですが。質が良いのでオススメですよ」

「マジかー」


 ついに俺もファンタジーデビュー。免許がいる事には驚きだが。これは胸躍るというもんだ。浮き出し立つ俺に、ステラはお昼がてらそろそろ例の人物へ会いに行かないかと申し出た。


「よし行こう、すぐ行こう」


 何せカレンといると疲れてしょうがない。早くこの場を去りたいのだ。





***


――同時刻。

 とある屋敷の一室でヒステリックに怒り狂う、ひとりの少女がいた。

 地団駄を踏み。ベッドの上のクッションを投げたりと、幼子がおもちゃを取り上げられた時のように当り散らす少女。


 少女は自身の髪の色と同じく、黒く塗られた爪を噛む。

 この少女が苛立つ理由はただ一つ。大金を払い、やっとの事で育てあげたモノをある男に奪われ。思い描いていた未来を壊されてしまったからだ。


 取り返しのつかぬ自体に、自分でもどうしようも出来ず、その長い黒髪を振り乱し、自身の寝所に刃を突き立てる。


 ベルベット生地の紅い枕は、ズタズタに切り裂かれ。中の羽毛が宙を舞う。

 それは次第に雪の如く降り積もり、少女の周りを白く染め上げた。


 そして自身が纏う、ワインレッドのドレスにさえ切っ先を向けたが、そのドレスは少女にとって、命の次に大切な物だった。流石に穴を開ける事を躊躇し、やっとその手を止める。

 憎悪に満ちた心は、少女の顔を、醜く歪ませる。


「レナード……許さない。絶対、絶対っ許さないんだからっ!」

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