第04話 魔道士協会

 バスを降りると、排ガスの匂いと少し湿気たアスファルトが放つ独特の空気が彼を出迎えた。


 上空には大きな鳥やホウキに跨り縦横無尽に飛び回る人影が見え、視線を戻せば獣のような顔立ちの者が普通に歩いている。この光景に、アスターは声を出して驚きこそしないものの、好奇心に負け、ついつい目で追ってしまう。

 

「お前も空飛べたりするのか?」

「わ、私は……その、免許が無いので」

(免許いるんだ……)


 そこは現実的なんだなと、アスターはちょっぴり切なくなった。



【魔道士協会セントラル支部前】

 連れてこられたのは、やはり彼の想像通りの場所だった。

 砂色の煉瓦レンガ鋳鉄ちゅうてつ尖塔せんとうからなる、美しくも巨大な時計塔。その姿は見る者全てを圧倒し、そして魅了する。


「ヤバい、デカイ、滅茶苦茶カッコイイ……」


 テンション高めに辺りを見渡すアスター。それを見たステラは、ふふふっと笑い「行きますよ」と未だ興奮気味の彼の手を引いて歩き出す。まるで母親と子供のようだ。


「「待タレヨ、シルシ無キ者ハ去レ」」

「!?」


 けれど敷地に入り、少し進んだ所で、圧のかかった低い声が頭上より響く。

 アスターが、恐る恐るソレを見上げると、鋭い鉤爪に大きく裂けた口、頭に二本の角を生やした、竜に近い造形の古ぼけた二体の石像が彼等を見下ろしていた。

 ステラが彼に、そっと耳打ちする。


「こちらはガーゴイル兄弟さんで、協会ここの門番さんです」

「ガーゴイルっ!?」


 驚くアスターを後目に、ステラは堂々としたもので、彼は自分の友人なのだとガーゴイル達に説明した。


「「……フム」」


 ガーゴイルは顔を見合わせ、視線をアスターに戻した。

 両側から至近距離でまじまじと見られては、荒い鼻息が黒髪をクシャクシャに乱す。

 生きた心地がしないと、アスターの心臓はバクバクだ。


「「ヨカロウ、許可スル。印無キ者ヨ、通ルガイイ」」

(……え、いいの?)


 こうあっさり許可されるとは思っていなかったアスターは、呆気にとられ、本当に良いのかとステラに囁いた。


「彼等はここ最近、門番ごっこにハマってて、あれも面白がってやってるだけなんですよ」

「へ、へぇ……門番ごっこ……」

(仕事しろよ!)


 心からの叫びだった。


「おぉ……」

 

 その後、開け放たれた重厚な木の両扉を潜り、二人は協会の中へ足を踏み入れた。開放感のあるエントランスを、様々な格好の者達が行き交い、中は賑やかだ。


「あ、ステラちゃんだぁ。おはよ~」


 中央に設置されたカウンターから、ゆるく波がかった栗毛の女が身を乗り出し、彼女の名を呼ぶ。


「おはようございます。カレンさん」

「今日は依頼の報告? それとも――」


 カレンと呼ばれたその女は、それまでニコニコと彼女に喋りかけていたのだが、アスターの存在に気が付いたのか、ステラの顔と彼の顔、そして繋がれた手を交互に見て、口に手を当て驚いた。


「も、ももも、もしかして彼氏!? えー! いつの間に~!?」


 物凄いはしゃぎっぷりと、自然に繋がれていた手に驚き、アスターの顔は一気に耳まで赤くなった。しかし、今更その手を放してももう遅い。その好奇の目は一層輝くばかりだ。


「えと、実はかくかくしかじかでして……」


 それにステラはハッキリ違うと言い、大まかな経緯を話した後、だから暫く一緒に居る事にしたのだとカレンに話す。

 その時だ。

 

「「そっかー、これから大変だねぇー」」

「!?」


 それは不自然に彼の両脇から聞こえた。

 驚きのあまりアスターは声を上げ後ずさる。同じ顔が二つ、彼を挟むように立っていたからだ。


「「あはは、ビックリしたー?」」


 そう無邪気に笑うのはカレンである。


「え!? ななな何で⁉」


 目の前に一人、そして両側に二人。計三人のカレンが居る。

 三つ子か何かかと驚く彼に、今度は真後ろから「違う違う」と同じ声が語り掛ける。


「「「「全部わたしだよ~」」」」


 曰く、そういった魔術を使っているのだとカレンはケラケラ笑った。

 

「ま、魔術……」

「えっへっへー。まだまだ増やせるよ~!」


 言いつつ、カウンター内に居たカレンが、身に着けていたエプロンから手鏡を取り出し覗いてみせた。白い煙と共にまた一人増えるカレン。いかにもファンタジーな光景にアスターは目を輝かせ感嘆の声を上げた。


「私は報告に行ってきますね」

「ん、あ、分かった」


 十分程で戻ると彼女は言い残し、アスターはエントランスで待つ事にした。カレンも仕事があるのだろう、増えに増えた分身は散り散りになり、今はカウンター内のカレン一人だけが彼の話し相手になっている。

 

「ね、ね。君って“どっち”なの?」

「どっち?」

「魔道士か、魔術師かってこと。魔法は? 使えるの?」

「いや魔法もなにも、俺は普通の人間だから……」


 彼がそう返すと、カレンは口角を上げ、続けた。


「まだ“判って”ないってことかな? あ、もし魔術師だったらさ、シロ君の所で初心者用の魔具買えばいいよー。あそこのは協会ウチで買うより安いし、質もいいしね。オススメだよ」

「いや、だから……」


 普通の人間だから。という言葉は届かないのだろうか? そんな事を彼が思っていると、カレンは衝撃的な事を口にした。


「こっちに来る異界の人って、その確率高いはずなんだよね~」

「えっ!?」

「ま、シロ君はどっちでも無かったけど。むしろそういう人の方が稀っていうか~。調べるだけ調べてみたら? 違ったら違ったで普通の仕事探せばいいし、もし魔力があるなら協会ウチに登録出来るし~」

「!」


 昨日と今日は、驚きの連続だった。けれどこれには彼は一番驚いた。もし自分が彼女らのように不思議な力を使えたら……。アスターの中で妄想がどんどん膨らんでいく。

 

「そだ、ちょっと待ってて」


 浮き足立つアスターに、カレンはカウンターの中で何やらゴソゴソ荷物を漁った。そして目当てのモノはすぐに見つかったのか、名刺サイズの小さな券を彼に一枚差し出した。


「これは?」

「さっき言ってたシロ君の店の割引券♪」

 

 受け取った券を見ると、確かにデカデカ二〇%OFFと赤文字で印字されていた。


「この近くにある異界の人がやってる雑貨屋さんなんだけどね。そこのお店の……あ、シロ君とシオン君って言うんだけどー。えっとね、シロ君が店長さんで、シオン君って子が店員さんで~、その子がすっごく可愛いくて~」


 なかなか話の飛ぶ人だとアスターは思った。

 しかし、早口で喋りまくるカレンに圧倒されつつ、自分と同じく異界からやってきたという人間が近くに居ると聞き、彼はまた驚いた。しかし、これは詳しく話を聞けるチャンスだ。アスターはその人物達について、もっと詳しく尋ねる事にした。


「そ、その人達が元居た……こ、国名とか! 知ってたりしないか!?」

「えっと、確かー……」


 カレンは少し考え、どこの国かは忘れたが、どこぞの島国だったはずだと話した。


(間違いない、日本だ!)


 こんな所で同郷の人間に会えるかもしれないとは、世間は狭いとはこういう事を言うんだろうとアスターは興奮で鼻息を荒くする。他にもその人物について、色々話を聞き盛り上がっていると――。


「――ターさーん」


 彼を呼ぶステラの声がエントランスに響く。

 声のする方を振り向くと、彼女は軍服にも似た黒い制服姿の男を二人連れていた。


 一人は、やたら丈の長い上着を着た男で、銀色の長髪をゆるく後ろで束ね、眼鏡を掛けていた。もう一人は、詰襟の黒服に黒皮の紐ブーツ。両手に白い手袋をはめた、紺碧の髪と鋭い瞳が何処か冷たさを放つような、そんな若い男だった。


「こちらスターチス・カーターさん、私の……えーと」

「今は保護者、みたいなものかな?」


 銀髪の男、スターチスがステラの言葉に割って入り、手を差し出した。


「よろしく」

「あ、こちらこそ、よろしくお願いします?」

(保護者……?)

「――えーと、それで、君、異界人なんだって?」


 スターチスが陽気な声を上げた。

 全体的に優しい物腰のその男は、アスターに始終にこやかな笑顔を向けているのだが、彼はその尖った耳と、口元から覗く小さな牙がどうしても気になり、もしや人ではないのだろうかと、全然話に集中出来なかった。


「もしかして、私のような者が珍しいのかな?」


 アスターの視線に気が付き、スターチスが含み笑いをしてみせた。


「私は元々人間だったけれど、色々あってね。今では吸血鬼なんだ。あぁ別に毎日血を吸っているわけではないよ? でも吸って欲しい時は是非ご用命を。傷は少々残ってしまうかもしれないけどね」

「いや~間に合ってます。ハハハ……」


 冗談なのか本気なのか、まったくわからない話に彼が適当に応えていると、もう一人の若い男がアスターと目を合わせる事なく、静かに口を開く。


「室長、そろそろ戻りましょう」

「えーもうかい? まだ――」

「駄目です。それじゃステラ、また……」

「あ、うん。ごめんねリド」

(あのイケメン、リドって名前なのか)


 その後すぐにリドは踵を返し去っていった。その際、射抜くような鋭い眼光を向けられた気がしたアスターは、気のせいだろうかと首を傾げる。


「ああ、そうそう、アスター君だったよね?」

「あ、はい」


 スターチスは去り際に彼の肩を抱き寄せ、そっと囁く。


「くれぐれも彼女を傷つけるような事はしないように。いいね……?」

「――っ!?」


 声は低く、目は全く笑っていない凄みのある顔だった。

 アスターはあまりの事に声が出せず、ただひたすら首を振ってそれに応じる。


「……心臓止まるかと思った」

「アスターさん?」


 二人の背中を見送りながら、アスターはドッと出た冷や汗を袖で拭う。

 その様子を一部始終見ていたカレンは、やたらいい笑顔になり、アスターの肩をバシバシ叩いて、親指を立てた。


「ガンバ!」

「は?」

(何をだ?)


 そんなやり取りを終え、そろそろ帰ろうかという話になった時、カレンがステラにある提案をした。


「ねぇねぇステラちゃん。さっき彼と話してたんだけどー」

「はいはい?」

「シロ君の店に行ってみたいんだって」

「あ、それいいですね。どうせこの後、予定も無いですし。シロウさんの所にはいつか案内しようとは思っていたので、買い物がてら行ってみましょうか」

「ほんとか!?」

「はい」


 こうしてアスターとステラは、異界人“シロウ”が経営する雑貨店に向かうことになった。





***


 ――同時刻。

 とある屋敷の一室でヒステリックに怒り狂う、ひとりの少女がいた。

 時折叫び声を上げ地団駄を踏み、壁に向かって物を投げては、周囲に当り散らしている。


「許さない、許さない、許さない……」


 少女は自身の髪の色と同じく、不自然に黒く塗られた爪を噛む。

 この少女が苛立つ理由はただ一つ。大金を払い、長い時間を掛け育てあげたモノをある男に奪われ、思い描いていた未来を壊されてしまったからだ。


 もう取り返しのつかぬ事態に、自分でもどうしようも出来ず、その長い黒髪を振り乱し、自身の寝所に倒れ込んだかと思うと、ソレに爪を突き立てた。

 ベルベット生地の紅い枕は、既にズタズタに切り裂かれ、もはや枕とは言えない代物になっている。


 中の羽毛が宙を舞う。

 それは次第に雪の如く降り積もり、少女の周りを白く染め上げていった。


「……っ!!」


 そして自身が纏う、ワインレッドのドレスにさえ、怒りの矛先を向けたが、そのドレスは少女にとって命の次に大切な物。流石に穴を開ける事に躊躇し、やっとその手を止めた。


「レナード……あの男、許さない。絶対、絶対っ許さないんだからっ!」


 憎悪に満ちた心は、少女の顔を醜く歪ませた。

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