あぁ無情 -④-「魔道士協会セントラル支部」

【城郭都市セントラル】

 街の見た目は、やはり元居た世界と変わらなかった。

 違うのは、街の上空を舞う大きな鳥や、箒に跨り縦横無尽に飛び回る魔法使いの姿。そこらを歩く獣のような顔立ちの者達だけだ。

 現実リアル非現実ファンタジーが混在する不思議な世界。


「私は一度協会に戻りますが、アスターさんはどうします?」


 一緒にくるか? とのこの問いかけに、俺は首を思いっきり縦に振った。携帯もないこの状態で、彼女と離れる事自体、自殺行為だと思ったからだ。 





【魔道士協会・セントラル支部】

 歴史を感じさせる、煉瓦造りの巨大な建物は、やはり教科書で見た事のあるような造りをしていた。どうしよう。凄く、カッコイイ。


「ヤバいな……」


 凄い、凄いとテンション高めに辺りを見渡す俺。

 それを見たステラが、ふふふっと笑って「行きますよ」と、未だ興奮気味の俺の手を引いて歩き出す。


「「待タレヨ、印無キ者ハ去レ」」

「!?」


 突然、圧のかかった低い声が頭上から聞こえた。

 見上げると、鋭い鉤爪に、大きく裂けた口。頭に二本の角を生やした竜に近い造形の古ぼけた二体の石像が、こちらを覗き込んでいた。

 彼女が俺に耳打ちする。


「こちらは協会の門番。ガーゴイル兄弟さんです」

「えっ!?」


 ガーゴイルってあの!? と驚きを隠せなかった。

 しかしステラは堂々としたもので、


「この方は私の友人です。ここを通してもらってもいいですか?」


 と、平然としている。


「「……フム」」

「ヒッ」


 ガーゴイル達に超近距離で顔をマジマジ見られた。

 すげぇ顔が怖かった。


「「ヨカロウ、許可スル。印無キ者ヨ、通ルガイイ」」

「あ、いいんだ……」


 何だろう、あんなにドキドキしたのに。

 凄くザルな感じがして、一気に熱が冷めてしまった。


「この入口は、私達魔道士や魔術師専用入口なだけで。一般出入り口は別にあるし、中は繋がってるんですよ。それに彼等はここ最近、門番ごっこにハマってるみたいで、面白がってるんです」


 遊んでるだけなのかよ。仕事しろよ。というのはさておき。開け放たれた重厚な木の両扉を潜ると、開放感のあるエントランスが広がり。様々な格好の人が行き交って、想像以上に賑やかだった。


「あれ……?」


 よく見ると、彼女が所々に着けている逆十字の装飾品を、皆揃って着けていた。ペンダントや、ブローチ……指輪に鞄。一人一つは、見える所に着けていて。その中心には赤か青。どちらかの石が付いている。もしかしてあの逆十字が、さっき言っていた印なんだろうか。なんて事を考える。


「あ、ステラちゃん、おっかえり~!」


 エントランスの中央に、ドンと設置されたカウンターから、ゆるく波がかった栗毛の女性が身を乗り出し、彼女の名前を呼んだ。


「ただいまです。カレンさん」


 カレンと呼ばれたその人は、ずっとニコニコしていたが、近づくにつれ、ステラの顔と俺の顔。そして繋がれた俺達の手を交互に見て、口に手を当て驚いた。


「も、ももも。もしかして彼氏!? えー! いつの間に~!?」


 言動もそうだが、オリーブカラーのエプロンドレスを着ていて、近所のおばさんヨロシク。物凄いはしゃぎっぷりだった。途端、俺は恥ずかしくなり、慌てて手を離す。しかし、その好奇の目は一層輝くばかり。それにステラはハッキリ違うと。ただ暫く一緒に居るだけだと説明した。


 それはそれで何だかな……と、何とも言え無い精神的ダメージを受けていると、両肩に手を置かれた感覚があった。


「「やっぱり彼氏なんじゃない」」


 それは不自然に両側から聞こえ、驚きのあまり声を上げてしまった。同じ顔が二つ。俺を挟むように立っていたからだ。


「「あはは、ビックリしたー?」」


 そう無邪気に笑い。手鏡を覗き込むと、倍に増えるよとまた増えてみせる。曰く、そういった魔術を使っているらしい。でも頭に着けた網目模様のヘアバンドに番号が振られていて、魔術だとしても、あれはどういう原理なのかと理解に苦しんだ。


「こちらアスターさんです。シロウさんと同じ、異界の方みたいなんですよ」

「ど、どうも」

「「「「おー!」」」」


 それで何かを納得したようで。


「「「「頑張れ! 少年!」」」」


 と数の暴力という名の激励を受けた。……背中が超痛ェ。

 しかし、いきなり出てきた”シロウさん”という名前に、どことなく日本的な響きを感じ。俺はその人物について、詳しく尋ねる事にした。


「えっとぉ~」


 カレンさんは少し考え、どこの国かは忘れたが、どこぞの島国だったはずだと話してくれた。間違いない。日本だ。こんな所で同郷の人間に会えるかもしれないなんて。世間は狭いとはこういう事を言うんだろう。


「では、私は報告があるので、アスターさんはここで待ってて下さいね」

「あ、うん」


 そして俺はその場で待たされた。

 そう、あのカレンさんと二人? で、だ。


 増えに増えたカレンさんはひっきりなしに喋り倒してきたり、やたらスキンシップが多いので、こういう人はどうも苦手だ。


「あ……あの……カレンさん?」

「「「「カレンでいいわよぉ。見たとこそんなに年変わらないと思うしぃ」」」」

「あ、うん。じゃぁ……カレン……そろそろ背中叩くのやめて」

「「「「あらやだ! ごっめーん!」」」」


 またバシバシ叩かれた。

 あぁ、絶対分かってない。


 その後、世間話をしては、肩やら背中やらを叩かれ続け、痛みという感覚が痒みに変わった頃。


「――ターさーん」


 俺を呼ぶステラの声がフロアに響く。あぁ、助かったと、声のする方を向くと、彼女は、軍服にも似た黒服の男を二人連れていた。


 一人は、やたら丈の長い上着を着ていた年上の男性で、銀色の長髪をゆるく後ろで束ね、眼鏡を掛けていた。もう一人は、詰襟の黒服に、黒い皮のブーツ。両手に白い手袋をはめた紺碧の髪と鋭い瞳が何処か冷たさを放つような……そんな若い男だ。


「やぁやぁ。私はスターチス・カーター。君、異界人なんだって?」


 眼鏡の男性が陽気な声を上げた。

 何というか、優しい物腰のその人は、始終にこやかな笑顔を向けてくるのだが、俺はその尖った耳と、口元から覗く小さな牙がどうしても気になり。もしや人ではないのだろうかと、話に集中出来なかった。


「あぁそうか、君達は私のような者が珍しいんだったね」


 俺の、舐めるような視線に気が付き、スターチスさんは含み笑いをしてみせた。


「私は元々人間だったけれど。色々あってね。今では吸血鬼なんだよね。あ、別に毎日血を吸っているわけではないよ? でも、吸って欲しい時は是非ご用命を。傷は少々残ってしまうけれどね」

「いや~、間に合ってます。ハハハ……」


 なんて応えていると。もう一人の若い男が、俺と目を合わせる事なく、静かに口を開いた。


「室長そろそろ」

「えー、もうかい? まだ――」

「いえ、もう――。じゃぁステラ、また……」

「あ、うん。リドごめんね」


 リドって言うのか。しかし彼女がタメ口で話すという事は、同い年なのだろうか。いや、でも見た所、俺とあんまり大差ないような……、ていうか、その頭に着けているヘアピンは何なのだろうかと訊きたくなってしまう。

 だって、凛々しい顔に似つかわしくない、バッテン印に付けられた赤いヘアピンは、凄く……浮いて見えるというか。正直似合ってないのだ。


 ぼーっとそんな事を考えていると、リドは踵を返し去っていった。その際、射抜くような鋭い眼光を向けられた気がしたのだが、気のせいだろうか?


「あぁ、そうそうアスター君。だったね?」

「あ、はい」


 スターチスさんは去り際に俺の肩を抱き寄せ、そっと耳打ちした。


「くれぐれも、彼女を傷つけるような事はしないように。いいね……?」

「――っ!?」


 声は低く、目は笑っていなかった。

 俺は声が出せず、ただひたすら首を縦に振ってそれに応じ。スターチスさんは不敵な笑みを浮かべ、そのまま去っていった。言われなくとも、未成年に手を出して捕まりたくはないので、安心してほしい。しかし、やたら凄みのある声と顔だった。


「心臓止まるかと思った」

「?」


 どっと出た冷や汗を拭うと、カレンにまたバシバシ肩を叩かれた。


「「「「ね、ね。君さ、君さ」」」」


 これからどうするの? というカレンの問いかけに、件の異界人に会ってみたい旨を伝えると、カレンの分身は顔を見合わせ、代わる代わる喋りだす。


「シロー君の所にいくんだ?」

「じゃぁ、あそこで魔具買っちゃいなよ!」

「魔術師になればウチで働けるかもだしねー♪」

「そうそう、どうせなら魔術師目指そうよー!」


 と、返事をする間も無い。

 けれどそれはどういう事なのだろうかと驚いた。

 自分は魔力なんざ持たぬただの人間で、魔術なんて使えるはずが無いのだから。


「「「「適正あれば魔術師になれるよー」」」」

「えっ!?」


 そこへステラも会話に混ざる。


「そうですね。異界の方でも魔術師になった方は沢山いますよ」

「マジで!?」


 彼女はこうも続ける。

 実は純粋な魔道士というのは少なく、協会に所属している者のほとんどが魔術師なのだそうだ。


「中級から試験の難易度上がるけどね~」

「試験……」

「そうですね。大きな力を使うにはそれだけ規制も増えますから、免許を取るのが決まりなんです。でも魔術に興味があったんですね」

「そりゃ使えるなら、使ってみたい。かな」

「では試してみましょうか。シロウさんのお店で扱っている魔具は、初心者用の物のみですが。凄く質が良くてオススメですよ~」

「マジかー」


 ついに俺もファンタジーデビュー。免許がいる事には驚きだが。これは胸躍るというもんだ。浮き出し立つ俺に、ステラはお昼がてらそろそろ例の人物へ会いに行かないかと申し出た。


「よし行こう、すぐ行こう」


 何せカレンといると疲れてしょうがない。早くこの場を去りたいのだ。





***


――同時刻。

 とある屋敷の一室でヒステリックに怒り狂う、ひとりの少女がいた。

 地団駄を踏み。ベッドの上の枕を投げては、周囲に当り散らしている。


「許さない、許さない、許さない……」


 少女は自身の髪の色と同じく、不自然に黒く塗られた爪を噛む。

 この少女が苛立つ理由はただ一つ。大金を払い、長い時間を掛け育てあげたモノをある男に奪われ。思い描いていた未来を壊されてしまったからだ。


 取り返しのつかぬ自体に、自分でもどうしようも出来ず、その長い黒髪を振り乱し、自身の寝所に爪を突き立てる。


 ベルベット生地の紅い枕は、既にズタズタに切り裂かれ。中の羽毛が宙を舞う。

 それは次第に雪の如く降り積もり、少女の周りを白く染め上げていた。


 そして自身が纏う、ワインレッドのドレスにさえ怒りの矛先を向けたが、そのドレスは少女にとって、命の次に大切な物だった。流石に穴を開ける事を躊躇し、やっとその手を止める。


「レナード……あの男、許さない。絶対、絶対っ許さないんだからっ!」


 憎悪に満ちた心は、少女の顔を醜く歪ませた。

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