◆第2部 愚者は踊る

 第1章 きみを想えど -①-「真夜中密室、男ふたり」

 あれからステラは第二医務室へ運ばれ、暫く眠っていたが、夕方には目を覚ました。どうやら朝以降の記憶が曖昧で、あの時の事をよく覚えていないらしい。

 それを残念だなんて思わない。何故なら、小っ恥ずかしい事を沢山やったし、口走ったので、彼女が覚えていないなら覚えてないで都合が良いのだ。


 一方俺はというと、彼女から貰った魔力マナは相当な量だったらしく、それが影響しているのか、封印具を外していても一向に小さくなる気配は無くて。その後色々あってバタバタしたが、今はこうして、いつもの食卓で少し遅めの晩飯にありつけている。



「残り物ですみません」


 そう言って出されたのは、昨日の晩に出されていた超本格的チキンカレー。俺的にはひと晩寝かせたカレーの方が好きなので、むしろありがたいとガッツくが……


「君も疲れているだろうに、俺の分まで用意してもらって申し訳ない」


 すまなそうにステラに礼を言うのはリドだ。

 そう、俺の隣の席にリドが居ます。

 何故コイツがここにいるかと言うと、話は彼女が目を覚ます前まで遡る。






【魔道士協会二階・星の間】

『どぉあ゛ぁー……』


 ソファの背に、だらしなく寄りかかり目を瞑った。

 あれからすぐにドクターの診察を受けたが。まぁそれはいいとして、その後の二時間半に及ぶ説教と尋問が心底疲れた。誰一人見知った相手も居ない、完全アウェイ状態で、代わる代わる延々同じ事を別の人が言うもんだから、気が滅入るというか何というか。後半やっとスターチスさんが部屋に入ってきてくれたけど。ホントにあの二時間半は辛かった……


 結果どうなったかというと、俺は異界人だし一般人だからと、協会で処分は出来ないらしく。何やかんやあってスターチスさん預かりと相成りました。


『お疲れの所悪いけど。話の続き、いいかな?』

『あっ、ス、スミマセンっ』


 姿勢を整え、対面に座るスターチスさんに向き直る。


『それで、今後の事だけど……君には不自由な思いをさせてしまうかもしれない』

『え……と?』


 スターチスさんは暫く黙り。ふっと顔を上げた。


『上は君の身柄を引き渡せと言ってきている』

『!?』


 理由はライネックにある。


『異界の人っていうのは、全国各地に案外いるんだ。でも、皆こちら側の人間と変わらないんだよね。体の作りも、それを構成するものも、全てね』


 だから今まで、異界人を含む人間に寄生した事実は無い。でもライネックは二度にもわたり俺に寄生している。それもおかしい事ながら、さらに凶暴化しなかったという事も。異界人だからでは説明がつかない事なのだと……その謎を解く為に俺の体を調べたいと言っているそうだ。


『でもまぁ、調べるだけなら……』

『そうだね。少し細胞を採って調べる程度なら、君も協力はしてくれるだろう。けれど、こちらも一枚岩では無い。中には”生きた状態”で試さなければ意味が無いと言う者がいるんだ。……しかしそれは君の身を確実に滅ぼす危険な行為で、一度君をあちら側に引き渡してしまえば、私の預かり知れぬ所でそれが行われるだろう。――私はね。それを分かった上で君をあちらへ渡すほど、非情にはなれないよ』


 スターチスさんは悲しげに笑った。

 でもそうか。以前彼女が言っていた皆良い人というのは、彼女の周りがそうなだけで、全てに当てはまる訳では無いんだ。それも魔道士協会は大きな組織。色んな考えを持った人の集まりならば尚の事だ。


『という訳で――リド君。用意は済んだんだろう? 入っておいで』

『はっ』


 ガチャリとドアノブが回り、リドが入室した。

 けれど、服装こそいつも通りの黒服だが、えらく重装備というか、これから登山でもするのか? と思う程、大きなリュックを背負い。そこへ更に別の大きな鞄をたすき掛けに持っている。


『護衛兼、監視役として、暫く彼と一緒に行動してもらうから』

『えっ!?』

『君を引き渡さない代わりに、こちらが付けられた条件だと思ってくれればいい。まぁ彼にも通常業務があるから、どちらかというと君に付くんじゃなく、君が付いて回るといった方が正しいけれどね』

『ちょ、ちょっと待って下さいっ、状況がよくっ!?』


 え、何? どういう事? と混乱していると、リドは大きなため息を吐く。

 その横でスターチスさんは、先程の真面目なテンションとはうって変わりクスクス笑ってリドの肩を叩いて宥めた。


『実を言うとね。君には少し前から彼を付けていたんだよね』

『はっ!?』


 話を聞くと、どうやらメリッサがあの時言っていた頭痛の原因は俺のようだ。俺が赤ん坊になったあの日から、やっぱりリドに監視されていたらしく、リドは疎ましそうにこちらを見た。


『まぁ色々あってね。詳しい事は今の時点ではまだ言えないけど。今日の事も、これからの事を考えると万が一って事があるし……保険だよ。保険』

『保険……』


 何のこっちゃと現在進行形で疑問符を浮かべる俺に、スターチスさんがポツリとこぼす。


『――最初はね。あの子と君が一緒に暮らす事自体、私達は反対していたんだ』

『……』

『あの子は私にとって元部下だけど、娘のような存在でね。大事にしてるんだよ。それがいきなり大人の男。それも何処の誰かもわからない異界人と暮らすって言うから、もうビックリして、絶対駄目だって反対したんだよね』

『ですよね』


 初めてスターチスさんに合ったあの日。あれはやっぱり俺に釘を刺しにきていたんだなと確信した。


『初めてだよ。あの子があんなに駄々をこねたのは』


 だから気圧されて。とスターチスさんが苦々しく笑った。

 彼女がそんな駄々をこねる姿が想像できない。


『でもようやくわかったよ。君だから、なんだって』

『えっ……』

『あの子が言ってたんだ。君はとても誠実で”良い人”だって』


 良い人だと言われる事はこんなにも気持ちの良い事だったのか。フラレた時に言われた言葉と同じなのに。どうしよう、凄く、嬉しい。

 顔に出ていたのか、不意に目があったリドの目が、さらに鋭くこちらを睨む。


『室長』


 ノックもせずにメリッサが部屋に飛び込んできた。

 そして息を切らし、彼女が目を覚ましたと教えてくれて、俺達は第二医務室へ急いだ。




 という事があり、今に至る。

 彼女も彼女で、賑やかになりますね。と受け入れるのが早いというか、まるで気にしてない様子で、現状戸惑っているのは俺だけだった。


 食事も終え、ステラはそうだと前おいて、リドに二階にもうひと部屋あるが、物置になっている事と、古いベッドはこの間焼いてしまい、使い物にならない事を伝える。そして今の時期ソファで寝るには寒いし、今晩の寝床はどうしようかという話になった。


「一応、寝袋を持ってきている」

「用意良すぎだろ」

「……お前は、居候までいる家に、迷惑だと分かっていながら手ぶらで行くのか?」

「う……」


 何ともやりにくい。これと暫く一緒に居ると思うと一層気が滅入るってもんだ。

 しかし、護衛兼、監視役ってのはどこまで一緒にくる気なのだろう。まさか――?


「お前、風呂や便所にまで付いて来るなんて事は……」


 リドはへの字口で眉間に皺を寄せる。

 それはそれはもう心底嫌そうな顔で、


「俺にも”見ない”権利がある」


 そう言い返した。




 その夜。リドは俺の部屋で寝袋を広げた。


 視界に入れると絶対寝付けないと思ったので、壁に向かって寝る事にしたのだが、明かりを消してどれくらい経っただろう。目が闇に慣れ、壁のシミがハッキリ分かる頃、何故か向こうから声を掛けられた。

 

「一つ、言っておきたい事がある」

「……何」

「俺は……控え目に言ってお前が嫌いだ」


 いきなり何を言い出すんだコイツは。

 それ”死ぬほど嫌い”って言ってるようなもんだぞ、と突っ込みを入れたくなったが、なんだかそういう雰囲気では無かったので、でかかった言葉をグッと奥へ引っ込めた。


「だが、お前にはその……感謝、している。だから……あの時お前に言った言葉は撤回しておく。すまなかった」


 あの時の言葉。それは多分、俺には何も出来ないと言った事だろう。

 たどたどしいその態度。でも、気持ちはまあまあ込もっていて。そこで俺はあぁ、そうだと再確認したのだ。


「お前、ほんっとにあの子の事が大好きだよな」

「はっ、はぁ!? なんっ僕がっ!?」


 相当焦っているのか、リドは自分の事をつい僕と口走る。普段すましているだけに、そのパニくりようが新鮮で面白い。


「その態度見て気がつかない奴は相当だと思うぞ」

「んなっ!」


 リドは上半身を起こし、慌てふためく。

 いい反応だ。実にからかいがいがあるじゃないか。

 

「おっ、お前だって、彼女に気があるんじゃないのか!?」

「はぁっ!?」

「だってそうだろう! 彼女の事を愛していなければあんな無茶な事なんか!」

「あっあああ愛って何言ってんだお前っ! あれはだなぁ!」


 姿が変われば骨折も治る程都合が良い体なのだ、何を恐れる事があるか。それに彼女には命を救ってもらった恩がある。馬鹿な事を言うんじゃないとリドに言うが、なかなか取り合ってくれない。


「それにほら。お前ら、あの時地下鉄の中でいい雰囲気だったじゃん。案外両思いーなんて事あるかもしれないぞ」

「そ、そうだろうか?」

「いっそ告っちまえよ」

「や、それはまだ……もし断られたら彼女も気まずいだろうし――」

「急にネガティブだな」


 ええいむず痒い。


「まぁ、とりあえず安心しろって。彼女はあくまで命の恩人。恋人に、なんて思ってないから」

「本当に?」

「本当、本当」


 あぁ。なんでこんな時間に男ふたりで、修学旅行中の夜みたいなやり取りを繰り広げなくてはならんのだ。そう思うと途端に正気に戻ってしまい、俺は強制的に話題を変える事にした。


「あぁ、そういえばミスター何処いったんだ? あの時一緒に連れてったよな?」

「……”アレ”か」


 リドはやたらトーンダウンした声で、傍らに置いていた大きな鞄を漁り、何かを取り出した。それは氷漬けのミスター。どうやらずっと凍らせたまま持ち歩いていたらしい。


「おい、お前それ死んで……」

「生きてる」

「いや、だってそれ絶対――」

「冬眠のようなものだ」


 いやいや。だってモロ氷漬けじゃないですかと言葉を失っていると、リドは言い放つ。


「――――騒がしいのは嫌いなんだ」


 それはもう真面目に、キッパリと嫌悪感を露わにするものだから、自分が氷漬けにされなくて良かった。と別の意味でホッとした。

 どうやらいくら彼女の事を好きでも、ミスターだけは受け入れられないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料