第2部:愚者は踊る

第1章:きみを想えど

第35話:この感情は恋じゃない

 第二医務室へ運ばれた彼女が、夕方になって目を覚ました。どうやら朝以降の記憶が曖昧で、あの時の事をよく覚えていないらしい。


 それを残念だなんて思わない。何故なら、小っ恥ずかしい事を沢山やった気がするので、彼女が覚えていないなら覚えてないで都合が良いのだ。


 一方俺はというと、彼女から貰った魔力マナは相当な量だったらしく、それが影響しているのか、お守りを外していても一向に小さくなる気配は無くて、その後色々あってバタバタしたが、今はこうして、いつもの食卓で少し遅めの晩飯にありつけている。


「残り物ですみません」


 そう言って出されたのは、昨日の晩の残り物の超本格的チキンカレーだ。俺的にはひと晩寝かせたカレーの方が好きなので、むしろありがたいとガッツくが……。


「君も疲れているだろうに、俺の分まで用意してもらって申し訳ない」


 すまなそうに礼を言うのはリドだ。

 そう、俺の隣の席にリドが居ます。

 何故コイツがここにいるかと言うと、話は彼女が目を覚ます前まで遡る。





***


『どぉあぁー……』


 ソファの背に、だらしなく寄りかかり、目を瞑った。

 あれからすぐにドクターの診察を受けたが、体は健康そのものだった。まあそれはいいとして、その後の二時間半に及ぶ説教と尋問が心底疲れた。


 誰一人見知った相手も居ない、完全アウェイ状態で、代わる代わる延々同じ事を別の人が言うもんだから、気が滅入るというか何というか、後半やっとスターチスさんが部屋に入ってきてくれたけど、ホントにあの二時間半は辛かった……。


 結果どうなったかというと、俺は異界人だし一般人だからと、協会で処分は出来ないらしく、何やかんやあってスターチスさん預かりと相成りました。


『お疲れの所悪いけど、話の続き、いいかな?』

『あっ、ハイっ、ス、スミマセンっ』


 姿勢を整え、対面に座るスターチスさんに向き直る。


『それで、今後の事だけど、君には不自由な思いをさせてしまうかもしれない』

『え、と?』


 スターチスさんは暫く黙り。ふっと顔を上げた。


『上は君の身柄を引き渡せと言ってきている』

『?』


 理由はライネックにあると言う。


『異界の人っていうのは、全国各地に案外いるんだ。でも皆、こちら側の人間と変わらないんだよね。体の作りも、それを構成するものも、全てね』


 だから今まで、異界人を含む人間にライネックが寄生した事実は無い。でもライネックは二度にもわたり俺に寄生している。それもおかしい事ながら、凶暴化しなかったという事も、異界人だからでは説明がつかない事なのだと……その謎を解く為に俺の体を調べたいと言っているそうだ。


『でもまぁ、調べるだけなら……』

『そうだね。少し細胞を採って調べる程度なら、君も協力してくれるだろう。けれどこちらも一枚岩では無いんだ。……中には“生きた状態”で試さなければ意味が無いと言う者もいるし、言葉は悪いが、つまり君をどこかへ閉じ込めてしまおうと考えている者もいる。しかしそれは君の身を確実に滅ぼす危険な行為で、一度君をあちら側に引き渡してしまえば、私の預かり知れぬ所で、きっと“酷い事”が行われるだろう。――私はね。それを分かった上で君をあちらへ渡すほど、非情にはなれないよ』


 スターチスさんが悲しげな顔でこちらを見た。

 どう返答すべきか悩んでいると、不意に人の気配を感じた。


『ああ、来たみたいだね――リド君。用意が済んだんだろう? 入っておいで』

『はっ』


 ガチャリとドアノブが回り、リドが入室した。

 その姿を見て、俺は戸惑う。

 だって、服装こそいつも通りの黒服だったが、えらく重装備というか、これから登山でもするのか? と思う程、大きなリュックを背負い。そこへ更に別の大きな鞄をたすき掛けに持っていたからだ。


『君には、彼を護衛役として付けるから』

『えっ!?』

『君を引き渡さない代わりに、こちらが付けられた条件だと思ってくれればいい。まぁ彼には通常業務があるから、どちらかというと君に付くんじゃなく、君がくっついて回るといった方が正しいけれどね』

『ちょ、ちょっと待ってくださいっ!?』


 え何? どういう事? と混乱していると、リドは大きなため息を吐く。その横でスターチスさんは、先程の真面目なテンションとはうって変わりクスクス笑ってリドの肩を叩いて宥めた。


『実を言うと、少し前から君には彼を監視役として付けていたんだ』

『!?』


 話を聞くと、どうやらメリッサがあの時言っていた頭痛の原因は俺のようだ。俺が赤ん坊になったあの日から、やっぱりリドに見張られていたらしく、リドは疎ましそうにこちらを見た。


『まぁライネックの件もあるし、ちょっと色々複雑でね。詳しい事はまだ言えないけど。今日の事も、これからの事を考えると万が一って事があるし……保険だよ。保険』

『保険……』


 何のこっちゃと現在進行形で疑問符を浮かべる俺に、スターチスさんがポツリとこぼす。


『――最初はね。あの子と君が一緒に暮らす事自体、私達は反対していたんだ』

『……』

『あの子は私にとって、元部下というか。まぁ今は彼女の後見人なんだ。だから娘のように大事にしてるんだよ。それがいきなり大人の男。それも何処の誰かもわからない異界人と暮らすって言うから、もうビックリして、絶対駄目だって反対してたんだよね』

『ですよね』


 初めてスターチスさんに会ったあの日。あれはやっぱり俺に釘を刺しにきていたんだなと確信した。


『でも初めてだよ。あの子があんなに駄々をこねたのは』


 スターチスさんはくすくす笑う。

 ステラが駄々をこねた? うーん、想像できない。


『でもようやくわかったよ。君だから、なんだって』

『えっ……』

『あの子が言ってたんだ。君はとても誠実で“良い人”だって』


 良い人だと言われる事はこんなにも気持ちの良い事だったのか。フラレた時に言われた言葉と同じなのに。凄く嬉しかった。

 顔に出ていたのか、不意に目があったリドの目が、さらに鋭くこちらを睨む。


『室長!』


 ノックもせずにメリッサが部屋に飛び込んできた。そして息を切らし、彼女が目を覚ましたと教えてくれて、俺達は第二医務室へ急いだ。



 という事があり、今に至る。

 彼女も彼女で、賑やかになりますね。と受け入れるのが早いというか、まるで気にしてない様子で、現状戸惑っているのは俺ぐらいだった。


 食事も終え、ステラはそうだと前おいて、リドに二階にもうひと部屋あるが、物置になっている事と、古いベッドはこの間焼いてしまい、使い物にならない事を伝えた。そして今の時期ソファで寝るには寒いし、今晩の寝床はどうしようかという話になった。


「一応、寝袋を持ってきている」

「用意良すぎだろ」

「……お前は、居候までいる家に、迷惑だと分かっていながら手ぶらで行くのか?」

「う……」


 何ともやりにくい。これと暫く一緒に居ると思うと一層気が滅入るってもんだ。

 しかし護衛兼・監視役ってのはどこまで一緒にいる気なのだろう。まさか――?


「お前、風呂や便所にまで付いて来るなんて事は……」


 リドはへの字口で眉間に皺を寄せた。

 それはそれはもう心底嫌そうな顔で「俺にも“見ない”権利がある」そう言い返した。



 その夜、リドは俺の部屋で寝袋を広げた。

 視界に入れると絶対寝付けないと思ったので、壁に向かって寝る事にしたのだが、どれくらい経っただろう。窓辺に置いたランプが壁のシミを照らし、俺はそれをただボーッと眺めていた時、向こうから声を掛けられた。

 

「一つ、言っておきたい事がある」

「……何をだ」

「俺は……控え目に言ってお前が嫌いだ」


 いきなり何を言い出すんだコイツは。

 それ“死ぬほど嫌い”って言ってるようなもんだぞ、と突っ込みを入れたくなったが、なんだかそういう雰囲気では無かったので、でかかった言葉をグッと奥へ引っ込めた。


「だが、お前にはその……感謝、している。だから……あの時お前に言った言葉は撤回しておく。すまなかった」


 あの時の言葉。それは多分、俺には何も出来ないと言った事だろうか。たどたどしいその態度。でも気持ちはまあまあ込もっていて、そこで俺はあぁそうだと再確認したのだ。


「お前、ほんっとにあの子の事が大好きだよな」

「はっはぁ!? なんっ僕がっ!?」


 相当焦っているのか、リドは自分の事をつい僕と口走る。普段すましているだけに、そのパニくりようが新鮮で面白かった。


「その態度見て気がつかない奴は相当だと思うぞ」

「んなっ!」


 リドは上半身を起こし、慌てふためく。

 いい反応だ。実にからかいがいがあるじゃないか。

 

「おっお前だって、彼女に気があるんじゃないのか!?」

「はぁっ!?」

「だってそうだろう! 彼女の事を愛していなければあんな無茶な事なんか!」

「あっあああ愛って何言ってんだお前っ! あれはだなぁ!」


 姿が変われば骨折も治る程都合が良い体なのだ、何を恐れる事があるか。それに彼女には命を救ってもらった恩がある。馬鹿な事を言うんじゃないとリドに言うが、なかなか取り合ってくれなかった。


「まぁ確かに、可愛いし優しいし、全てにおいて理想的な女の子だと思う」

「やっぱり、その気があるんじゃないか」

「だから人の話は最後まで聞けって」


 始終疑いの目を向けるリドの目線を外し、俺は窓の外を見た。

 

「俺さ、この世界に来た時、ほんと色々あってヤバかったんだよ。まぁ、それを助けてくれた恩人って事もあるんだけどさ。名前をくれたり、ここに来るかって言ってくれたり……ああほら、あれだ。多分刷り込みっていう奴だな」

「お前は何を言っている?」

「いや、まぁ俺も言っててよく分かってないんだけどもだ。アレなんだって。確かに一緒にいて凄く安心するけど、それは恋愛とかそういうもんじゃなくて……。そう、見ず知らずの人間にそこまで出来る優しさに尊敬するっていうか、そういう類の感情なんだと思う」


 それが今の俺の、彼女に対する正直な気持ちだ。

 

「つーか、俺も前思ったけど。地下鉄で会った時あったじゃん。 ほら、俺が赤ん坊になった時な。あの時お前等いい雰囲気だったから、そっちこそ案外両思い。なんて事あるんじゃないのか?」

「そ、そうだろうか?」

「いっそ告っちまえばいいのに」

「や、それはまだ……もし断られたら、俺も彼女も気まずいだろうし――」

「急にネガティブになんなよ」


 凄くむず痒い会話だ。


「まぁ安心しろって。あの子はあくまで命の恩人。それ以上の気持ちは持ち合わせてないよ」

「本当に?」

「本当、本当。なんならお前達の応援する位、なんとも思ってないから」


 あぁなんでこんな夜更けに男ふたりで、修学旅行中の夜みたいなやり取りを繰り広げなくてはならんのだ。そう思うと途端に正気に戻ってしまい、俺は強制的に話題を変える事にした。


「あぁ、そういえばミスター何処いったんだ? あの時一緒に連れてったよな?」

「……“アレ”か」


 リドはやたらトーンダウンした声で、傍らに置いていた大きな鞄を漁り、何かを取り出した。それは氷漬けのミスターだ。どうやらずっと凍らせたまま持ち歩いていたらしい。


「おい、お前それ死んで……」

「生きてる」

「いや、だってそれ絶対――」

「冬眠のようなものだ」


 いやいや、だってモロ氷漬けじゃないですかと言葉を失っていると、リドは言い放つ。


「騒がしいのは嫌いなんだ」


 それはもう真面目に、キッパリと嫌悪感を露わにするものだから、自分が氷漬けにされなくて良かった。と別の意味でホッとした。どうやらいくら彼女の事を好きでも、ミスターだけは受け入れられないようだ。

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