偽りの魔法使い -⑤-「彼女の事情」

 彼女、ステラ・メイセンには、空白期間がある。

 それはとても辛いもので、彼女はまだ、全てを受け入れられていない。全てを受け入れてしまえば、それはもう”彼女”でなくなってしまうと言われているからだ――



 彼女はソーン西部の、ある片田舎で生を受けた。しかし彼女は両親から愛情を注がれていない。何故なら、母親とは死別しており、父親は乳飲み子である彼女を祖母へ任せ、長らく家を空けていたからだ。


 そんな父親が、再び家に戻ったのは、ステラが七つの時だった。祖母が亡くなり、葬儀を終えた次の日に。どこで聞きつけたのか、彼女の前にフラリと現れた。


 それから彼女を取り巻く環境は一変する。

 まず、ソーンの王都、城郭都市セントラルの郊外へ居住を移した。そこでは、学校にも行かせて貰えず、朝から晩まで毎日、本来幼い子供には到底理解出来無い薬学や生物学、そして魔術の全てを叩き込まれた。


 彼女は、父が自分に厳しいのは、愛ゆえなのだと信じ。終の見えない教育に逃げもせず、真面目に取り組んだ。

 その成果もあり、齢十二で国家魔道士の試験をクリアした。その時ばかりは父親も喜び、彼女は凄く嬉しかったのを今でも覚えている。


 しかし、彼女が協会所属の国家魔道士として一年程経ったある日。ある魔術関連施設で火災が起きた。それはただの火災では無く、地下施設に封じられていた古の魔女が目覚めた事によるものだった。

 古の魔女に関しては、封緘部職員が封印処理にあたり。その他の国家魔道士が封緘部職員の魔具に力を注ぐ事と消火活動を命じられた。彼女はそこに居合わせ、消火活動にあたっていたのだが……

 

『っ!!』


 石壁に石畳。燃える物が全く無い場所であるにも関わらず、古の魔女の炎は強力だった。魔法に耐性のある魔道士でさえ、皮膚や喉が焼ける程の熱気を放ち。国内最高峰とも言われる封緘部のそれを凌駕した。


 強すぎる力に人々は恐れ戦き、膝をつく者も多かった。

 そして――

 

『!?』


 魔女の力が一瞬弱まり、封緘部が畳み掛けようとしていた時。古の魔女は僅かな歪みを掻い潜り、入口目指して数人の魔道士の体を文字通り通り抜けた。

 けれどステラ・メイセンの体を過ぎようとした時。古の魔女はフッと姿を消した。多くの人の目の前で、霧のように消えた古の魔女。力を使い果たし、消滅したのかと思われていたが――


『うっ…………』


 その晩から彼女は毎夜、酷い悪夢を見た。

 荒野に立つ彼女が沢山の仲間と共に、前方に向かって魔法を放つのだが、その後すぐに、自分以外の仲間が突然破裂し、血が飛び散り、肉塊となって地に落ちるという場面を、何度も。何度も。何度も夢で見た。


 寝込みに吐いた日もあった。

 訳も分からず、夜な夜な泣き暮れる日々は、体に染み込む程長く続き、彼女の精神を蝕んだ。悲しみと恐怖を一人孤独に抱えた彼女。時折ステラが見せる、虚ろな表情を見て、スターチスを含む、周りも心配していたが、彼女は誰にも相談出来なかった。けれど……


『なんで……』


 彼女の頭が、熟れた林檎のように真っ赤に染った事で、悪夢の原因が明らかになった。様々な呪術検査の結果。彼女の中に、古の魔女がいる事が分かったのだ。


『君は何も悪くない、悪くないのに……すまない。私は君を護れなかった――』

『いえ……』


 大丈夫という彼女の言葉は、スターチスを更に苦しめた。審議の結果、ステラ・メイセンの国家魔道士免許の剥奪と、一年間の幽閉が決定したのだ。


 幽閉されている間、彼女には封印術式が段階的に施された。

 背中が膿んで寝れない日もあった。腕の施術跡から流れ出る血が止まらず、常に貧血状態で朦朧とした毎日を送り……幽閉期間が明け、スターチスが迎えに来た頃には彼女の心は死んでいた。

 

 それから社会復帰するまで半年かかった彼女だが、周りの献身的なサポートもあり、再び笑えるようになった頃、彼女達の運命の歯車が再び廻り出す。


 ”彼”、アスターと出会ったあの日だ。

 彼を救う為に彼女が取った行動は、実に愚かなものだった。術で封じられていた力を使ってしまった事で、術式の一部が欠損してしまったのだ。

 魔法ではない。ただの魔術さえ不安定になるほど、体から魔力が溢れていく。


 違和感は彼女にもあった。

 けれど、そう深くは捉えていなかった。たまのガス抜きをサボっていたから、そのツケが回ってきたのだろうと軽く考え。仕事が早く終わった日は、彼と初めて出会ったあの森で魔力を発散させ凌ぐ日々を送る。


 そのせいで洞穴が四つ増えたり、地形を変えてしまっただなんて公には言えないが、お陰で力は安定しだし、もう大丈夫だろうと彼女は安堵した。

 思えばそれが彼女の気の緩みだったのだろう。


 早朝。雨音を聞き目覚めた彼女は、熱にうなされ、自身の髪がまた深紅に染まっている事に気が付いた。


 慌てた彼女は、すぐさま自身に封印術を掛けるが。そうなると声は疎か、自分の体さえ動かせない状態となってしまう。後先考えない行動をしてしまい、後悔する暇はない、なぜなら彼女は、ただ力を抑える事に必死でもうどうしようもなかったのだから。


 しかし、アスターの機転で呼ばれたルドラは、彼女の事情を知る者であり、彼女に術を施した術者当人。本当に運が良かった。

 すぐに対策は取られ、ステラは誰も傷つける事なく、その場を脱する事が出来たのだから。


(良かった……)


 一息付く間も無く、何時間も自身に術を掛け続けてきたのだ。限界に達した彼女の意識はそこで途切れ、深い深い眠りについた。




【魔道士協会地下最下部・封緘の間】

 あの大規模火災の時のように、封緘部が対応に当たった同日昼過ぎ。再現無く伸びた彼女の髪がやっとその動きを止め。ステラの体は髪に埋もれていた。


「……」 


 依然油断の出来ない緊迫した雰囲気の中。多くの者に見守られ、”彼女”が目を覚す。


「ステラ!」


 半身をゆらりと起こす彼女の名を、リドは叫んだ。

 けれど反応は無い。彼女の視線は明らかに辺りを睨み付けている。

 そう、目覚めたのは彼女では無い。

 ステラの身の内に潜む、古の……忌まわしき破壊の魔女の方だった――




***


 ばあやさんとの話し合いは、二時間位だったと思う。

 暖炉にくべた薪が、その役目を終えようとしている頃。ばあやさんは屋敷に呼び戻された。話の途中で申し訳ないと謝るばあやさんに、こちらこそと謝り別れ、所用を済ませてバスに乗る。

 雨は若干弱まったが、あちこち行ったせいで、服はまた泥だらけだ。


 話し合いは実に有意義なものだった。

 こういった場合、協会で取られる処置や、それが行われるであろう場所。

 濡れないように懐に忍ばせたのは、簡易とは思えない、事細かに書き記された協会内部の見取り図だ。

 何故こんなに詳しい地図をばあやさんが書けたのかというと。なんとばあやさんは協会の元国家魔道士だったのだ。


 そして話は変わり、ライネックの事も訊いてみた。

 けれど最近の事すぎて、流石のばあやさんもあまりよくは知らないのだと言う。

 ルドラさん伝いに知った事と言えば、ライネックは異種族に寄生する事が常で、人に寄生しないという事だけ。


 なので、後天的とは言え、今は吸血鬼であるスターチスさんは、心苦しくもまとめ役として内勤中心に行動しており、他の異種族の職員達も、ライネックには素手で触れないでいるそうだ。

 

「さて……」


 考え事をしている間に協会に着いた。

 協会に入る前に、物陰に隠れて”例の飴”を噛み砕いて飲み込んだ。

 すっかり顔パスになってしまった俺は、ガーゴイル達に軽く挨拶して、さも当然のように足を踏み入れる。


 玄関ロビーには人があまり居らず、いつも受付に居るカレンは休みなのか、見たことの無い受付嬢がニコニコ出迎えてくれた。


 今の俺は、協会支給のあの黒ジャージを着て、さも関係者かのように装っているのだが。これは流石にバレるだろうか。


「お疲れ様です」

「あ、はい、お疲れ様ですー」


 にこにこと笑顔で返す受付嬢。

 どうやら騙し通せたらしい。


 さて、目的の場所は協会の地下最下層。エレベーターを使うのは流石に危険過ぎりので、細心の注意を払って、その横の非常階段出入り口へ飛び込んだ。

 滅多に使われていない非常階段は、所々蛍光灯が消え薄暗い。地下へと続く階段を段飛ばしに降りて降りて降りて……たまに歩く事三十分以上。膝が笑い、足が完全におかしくなった頃、やっと終わりが見えた。


「抑え込め!!」

「こっち魔力足りないんだけど! 誰か早く補給に来てよ!」


 漏れ出た明かりと誰かの悲痛な叫び声。

 中は相当混乱しているようで、声が絶えず、得体のしれない恐怖が、プレッシャーが……俺の背中に圧し掛かり、呼吸を乱す。


 覚悟はとうの昔に決めた筈なのに、想像以上の光景がそこに広がっていた。

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