第03話:これが噂のご都合主義か

「一緒の部屋になりますが大丈夫ですか?」


 ホテルのフロントで飛び出たその言葉に、正直、滅茶苦茶ドキっとした。実は情けない事に、俺の体力が限界で動くに動けず、近場の街で宿を取ってもらう事にしたのだが、俺の服を一式買った事もあって、手持ちの金が足りなくなったらしい。だから少しでも安く抑えるために、同じ部屋でも良いかと断りを入れてきたという次第だ。


「ほんとごめん。結構な金使わせちまって」

「どうせ必要な物ですし。気にしないでください」


 そう言われてしまうと何とも言え無い。


「で、でもアレだな。この世界はかなり文明が発達してるんだな」


 街では車が走り、道行く人は携帯やらスマホやら普通に持っていた。それにホテルの受付でもパソコンを操作していたので、全くと言っていいほど異世界感が無かった。


「異世界ってさ、かなり遅れた文化ってイメージだったよ」

「ふふふ。世の中は日々進化するものですよ」


 もっともだけどもだ。


「なんかファンタジーってのは、案外ファンタジーしてないんだなー」

「?」

「こっちの話」


 その後、食事を済ませ、部屋に戻った頃には時計の針は午後十時を回っていた。それから順々に風呂に入る。先に俺、後に彼女の順番で。今はあの子が入っている。


「……」


 帽子を被っていたので気がつかなかったが、あの帽子の中はお団子で、実際は髪が腰まで長く、先程からずっと洗面所で乾かしていた。その間俺は落ち着かず、ベッドの上で悶々としていた。何故なら健全な男だからだ。


「なんでよりによってベッドが一つなんだ……」


 てっきり二つあるのだと思っていたのだが、実はベッドが一つしかない部屋だった。おいしい展開と言えばおいしいのかもしれない、しかしこういった経験の浅い俺にとって、これは非常事態なのである。

 それに彼女はどう見ても未成年。何かの拍子に手を出してみろ。捕まるだろう……確実に。


「お待たせしました~」

「いっ」


 そうこうしている内に彼女が戻る。

 さっきまで子供だ、子供だと思っていたが、風呂上りのガウン姿を見て、完全に女だと意識してしまった。このままではマズイ。俺は床で寝ると主張するが、彼女は気にしないと言う。


「俺が気にするの! 大体っ、嫁入り前の娘が会って間もない、それもよく分からない男をそうホイホイ信用するもんじゃない!」


 そう切に言い聞かせる俺に、彼女は「誠実な方なんですね」と微笑んだ。



 結局俺は毛布を敷いて床で寝た。

 上は一枚しかない掛け布団を、半分床に落とす事で解決したという次第だ。


「明かり消しますね」

「ん」


 サイドチェストのランプが消された。

 でも今日は凄く晴れていたから、部屋が真っ暗になる事は無かった。月明かりで淡く照らされる室内。シーツの擦れる音と、時折引っ張られる布団が俺の何かを掻き立てる。


「……あの」


 暗がりの中、ステラの方から声をかけてきた。


「ずっと考えていたのですが、アスターさんが良ければ、生活が安定するまでの間、家に来ませんか?」

「い、いいのか!?」

「ええ、部屋は余っていますし、不便は無いかと。困った時はお互い様ですし」


 この子はアレかな天使かなとか、ありがちなドッキリハプニングが頭に過ぎり、少しテンションが上がったが……。得体の知れない男を、こうも簡単に家に招くとは大丈夫だろうか? と彼女の貞操観念について不安になった。


「友人も一緒に住んでますけど、大丈夫だと思いますよ」

「あぁ、良かった」


 ブレーキ役の存在に、俺は心から安堵した。


「俺も……寝る前に一つ、訊いてもいいか?」

「はい、私で答えられる範囲でしたら」

「ラ、ライ……なんだっけ。あの黒いトゲトゲ、結局あれって何なんだ?」

「ライネックですね。ライネックは――」


 実を言うと、彼女も詳しく分かっていないそうだ。

 分かっている事といえば、初めて発見されたのは一年ほど前。何故か朝から昼過ぎの日が高い時間帯しか活動しないという。そして、魔物や異種族と呼ばれる、人ならざる者に寄生し、魔力や生命力を奪い、寄生された宿主は理性を失い凶暴化するという事のみ。


 それも近頃は特に酷いそうで、そういった事例が多発している事から、それを専門とする機関が設立され、日々対応に追われているらしい。


「そんなものが俺に……」


 正直それを聞いてゾッとした。けれどそれは基本“人”に寄生しないという。ただあの時のライネックは、彼女の知る限り他とは様子が違っていたらしく、もしかしたら新種なのかもしれないと彼女は言う。


「一応全部剥がしたので、多分大丈夫ですよ。上着も置いてきましたし」


 一応、多分。なんと不安になる言葉のチョイスだろう。まぁ今は何ともない。きっと大丈夫だと信じるが……。それ以外にも寝る前に是非とも聞いておかなければならない事が一つある。この状況が万が一、億が一でも。俺がこの世界に飛ばされた事に“何か”別の意思が働いている場合の事。つまり、俺が勇者である可能性だ。


「じゃあついでにもう一つ、この世界にはその、ま……魔王とかいるのか?」

「いますねぇ」

「やっぱりいるんだ!?」


 となると、やはりあれか? 俺は今から仲間を集めて冒険するわけか?

 なんて下らない妄想に胸躍らせていると、彼女は淡々と言葉を続けた。


「そうですねぇ……五〇〇とか、それ以上は居るのではないかと」

「――多くないか?」


 意識を持っていかれる程の数字だった。

 しかし聞いたところ、別に人と争っているというような事もなく、世界は平和そのもので勇者も居ないらしい。「勇者なんて絵本や物語の中だけですよ」と彼女は笑う。その言葉がこの日一番腑に落ちなかったのは言うまでもない。


「はぁ……」


 すっかり意気消沈していまい、天井を見つめていると、可愛らしい寝息が聞こえた。


「寝たのか?」


 やましい気持ちでは無く、確認の意味で彼女の顔をチラリと覗く。でも見たことをすぐに後悔した。彼女の目元から一筋の涙が流れていたからだ。俺は急いで顔を伏せた。


 よくよく考えれば、俺は森の中をほぼ全裸で彷徨っていたド変態だ。実は泣くほど嫌だったんじゃないか? と思い始め。興奮は罪悪感に変わり、鬱々した気持ちのまま朝を迎える事になった。



「おはようございます」

「お、おはよう……」


 結局よく眠れなかった。そのせいで顔色が優れず、随分心配されたので、自分は本当に世話になってもいいのか、嫌なら断ってくれていいと正直に話した。


「何だってまた急に」

「だって夜中その……お前泣いてたし」

「ああ、なるほど。それなんですが、実は私、そういう体質なんですよ」

「体質ぅ!?」


 よもやそんな体質があるとは、過去の自分に教えてやりたい。あの涙は気にしなくていいんだよと、笑って肩を軽く叩いてやりたい。割とマジで。


「俺の純情を返せ……」

「え?」

「もういい……」


 その後バスに乗って、彼女が暮らす“セントラル”という王都へ向かった。

 移動時間は約三十分。着くまでの間、俺は昨日の分を取り戻してやろうと、これでもかという程、惰眠を貪った。


「――ターさん、アスターさん」

「んあ?」


 心地よい眠りの中、まもなく目的地に到着すると彼女に揺り起こされた。眠気眼のまま外を眺めると、西洋式の街灯や、大小の船が航行する大きな運河が見えた。


「おー」


 渡航経験が全く無く、資料でしか見たこと無い異国の景色に胸躍らせていると。そこへ聞きなれたリズムの“あの鐘の音”が鳴り響く。


「えっ!?」


 それは小さな頃から親しみのあるものだった。それを奏でるのは……。


「ビッグ・ベン!?」


 まだ遠くてよく見えないが、イギリスの首都、ロンドンでお馴染みの時計塔ビッグ・ベンが建っていた。街で見かける看板が英語表記だった事もあり、ここが英語圏なのは何となく感じていたが、ビッグ・ベンまであると動揺は隠せない。


「ここイギリスか!? ロンドンなのか!?」

「ロン……? ここはセントラルですけど」

「そうなんだけど、そうじゃなくてっ」


 なんて言えばいいのか分からないでいると、彼女はそれを指差し、今からそこに行くのだと教えてくれた。そこへバスのアナウンスが流れる。魔道士協会前とハッキリ発音するそれを聞いて、そこで初めて疑問が浮かぶ。


 英語の授業は普通に出来る方だった。しかしそれは紙の上での話。日常会話となると話は別だ。しかし俺はここに来た時からずっと、彼女をはじめ、周りの人間が喋っている言葉を普通に聞き取り、俺もまた普通に会話している。さらに言うと、街のあちこちに掲げられた英語表記の看板も、習った事の無い単語もあるはずなのに普通に読めてしまう状態だった。

 そこで俺は一つの結論を導き出す。


「これが……ご都合主義って奴なのか……?」


 噂には聞いていたが、実際に体験するとは……。

 まったく酷い世の中である。

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