あぁ無情 -③-「これが噂のご都合主義か」

 こういう事は早めに申告した方がいいと思い。自分がこの世界の住人では無い事、こんな姿で行き場が無い事を正直に話した。しかし、思いのほか彼女は驚かず。だから裸だったのかと軽く理解してくれた。


「お、驚かないのか?」

「特には」


 個人的にはもっと驚いて欲しかったのだが、どうやら身近にもこういった人間が何人かいるらしく。この世界には割りと居るという言葉に逆に驚かされた。それは話が早いというものだ。


「しっかし、これからどうするかだよな……」


 向こうの世界に未練があるかと聞かれれば、ぶっちゃけ無い。ただ中途半端に色々投げてきたので、帰れる方法が見つかれば、元の世界に帰るという目標を置き、これからの事を考える。

 兎にも角にも衣食住。資産も持たず、魔物がいる世界をこの身一つで過ごすには無理がある。


「とりあえず服を何とかして、住み込みの仕事とかあれば……」

「それは……今中々仕事が無いので、難しいかもしれませんね」


 異世界にも就職難の波が来ているというのか。絶望しかない。


「でも……もしよければですが、住む所が決まるまで家に来ますか?」

「いいのか!?」

「えぇ、部屋は余っていますし、不便は無いかと。困った時はお互い様ですよ」


 この子はアレかな天使かな? とか、ありがちなドッキリハプニングが頭に過ぎり、少し興奮したが……得体の知れない男をこうも簡単に家に招くとは大丈夫だろうか? と貞操観念について不安に思う。


「あ、でも先にお伝えしておくと、友人も一緒に住んでいますので」 

「デスヨネ」


 そう都合よくはいかないらしい。





【宿屋】

「一緒の部屋で、大丈夫ですか?」


 フロントで飛び出たその言葉に、滅茶苦茶ドキっとした。

 暫く引きこもっていたせいか、体力が限界で、動くに動けず。近場の街で宿を取ってもらう事にしたのだが。この格好は如何なものかと肌着や服を買い与えられ、一式揃えたものの、予想以上に高く付いてしまったらしく、持ち合わせが足りなくなったらしい。だから少しでも安く抑えるために、同じ部屋でも良いかと断りを入れてきたのだ。


「悪い、金使わせてしまって」

「どうせ必要な物ですし。気にしないで下さい」


 そう言われてしまうと、何とも言え無い。

 結局遅い時間だったし、一店舗しか開いておらず。サイズの問題等もあった為、少々ちぐはぐではあるが、その店に置いてあった黒いブーツとカーゴパンツ、それに赤いシャツと黒のジャケットを購入する事になった。

 下さえなんとかすれば、Tシャツ一枚で頑張れん事も無いと言ったのだが、体調を崩しては元も子もないと言われ、素直に従うしか無かった。


「でも、アレだな。この世界はかなり文明が発達してるんだな」


 街では車が走り、道行く人は携帯やらタブレット端末やらを普通に持っていた。ホテルの受付でもパソコンを操作しているので、全くと言っていいほど異世界感が無いのだ。


「こう、異世界って馬車だとか松明だとか。かなり遅れた文化ってイメージだったから」

「世の中は日々進化するものですよ」


 もっともだけどもだ。


「なんか、ファンタジーってのは、案外ファンタジーしてないんだな」

「えっと?」

「こっちの話」


 チェックインした後、食事を済ませ。部屋に入った頃には時計の針は午後一〇時を回っていた。それから順々に風呂に入る。先に俺、後に彼女の順番で。今はあの子が入っている。


「……」


 帽子を被っていたので気がつかなかったが、あの帽子の中はお団子で、実際は髪が腰まで長く。先程からずっと洗面所で乾かしていた。その間俺は落ち着かず、ベッドの上で悶々としていた。何故なら健全な男子だからだ。


「なんでよりによってダブルなんだ……」


 てっきりツインルームだと思っていたが、蓋を開けてみればダブルルーム。つまりベッドが一つしかない部屋だった。


 おいしい展開と言えばおいしいのかもしれないが、この間振られた彼女が初めて付き合った異性で、今まで手を繋いだ事がある程度の俺にとって、非常事態なのである。それに彼女は未成年。何かの拍子に少しでも手を出してみろ。捕まるだろう、確実に。


「お待たせしました~」

「いっ」


 そうこうしている内に、彼女が戻る。

 さっきまで子供だ、子供だと思っていたが、風呂上りのガウン姿を見て、完全に彼女を女だと意識してしまった。このままではマズイ、俺は床で寝ると主張するが、ステラは気にしないと言う。


「俺が気にするんだ! 大体、嫁入り前の娘が会って間もない、それもよく分からない男をそうホイホイ信用するもんじゃない」


 そう切に言い聞かせる俺に。ステラは誠実な方なんですねと、微笑んだ。


 結局俺は床で寝た。

 掛け布団は一組だが何せダブル。

 ステラが端に寄り、半分床に落とす事で解決したという次第だ。


「では、消しますね」

「ん」


 サイドチェストのランプは消され、シーツの擦れる音と、時折引っ張られる布団が、俺の何かを掻き立てる。


「……あのさ」


 どうにも寝れず、思い切って声を掛けると、彼女もまだ眠くないのか、静かに応えてくれた。


「その……魔物? っていうのかな? アレは結構その辺に居るのか?」

「まぁ……割と身近な存在ではありますね」


 どうやら魔物は普通にいて、昔はお互い争っていたが、最近では平和そのものだという。ただ、近頃黒い鉱石に寄生される例が多発しているらしく、一部が凶暴化しているそうだ。それがライネック、悪魔よりタチが悪いと言われる未知なる鉱石。


 ここ一年程で件数も増え、それを専門としている機関が対応しているらしい。


「そんなものが俺に……」


 正直ゾッとした。けれど、それは基本人に寄生しない。あの時はライネックが何かの拍子に宿主から離れ、行き場を無くし、どうしようもなかったのだろうと彼女は言った。


「一応全部剥がしたので、多分大丈夫ですよ」


 一応、多分。なんと不安になる言葉のチョイスだろう。

 まぁ今は何ともない。きっと大丈夫だと信じるが……これが現実ならば、聞いておかなければならない事が一つある。この状況が万が一、億が一でも。何か、別の意思が働いている場合の事だ。つまり、俺が勇者である可能性――


「この世界には、ま……魔王とかいるのか?」

「いますけど?」

「いるんだ!?」


 となると、やはりあれか? 俺は今から仲間を集めて冒険するわけか?

 なんて下らない妄想に胸躍らせていると、彼女は淡々と言葉を続けた。


「そうですねぇ……五〇〇とか、それ以上は居るのではないかと」

「――多くない?」


 意識を持っていかれる程の数字だった。

 しかし、聞いた所、別に争っている事もなく。平和そのもので勇者も居ないらしい。「勇者なんて絵本や物語の中だけですよ」と、彼女は笑う。

 その言葉がこの日一番腑に落ちなかったのは、言うまでもない。


「はぁ……」


 すっかり意気消沈していまい天井を見つめていると、寝息が聞こえた。


「もう寝たのか」


 やましい気持ちでは無く、確認の意味で彼女の顔を覗くと、何故か目元から一筋の涙が流れていて、俺は急いで顔を伏せる……


 森の中をほぼ裸で彷徨っていたド変態だ。

 実は泣くほど嫌だったんじゃないか? と思い始め。興奮は罪悪感に変わり、鬱々した気持ちのまま朝を迎えた――





「おはようございます」

「お、おはよう……」


 結局一睡も出来なかった。

 そのせいで顔色が優れず、随分心配されたので、自分は本当に世話になってもいいのか、嫌なら断ってくれていいと話した。


「何だってまた急に」

「だって、夜中その……泣いてたし」

「あぁ、あれは。私そういう体質なんです」

「はぁ!?」


 よもやそんな体質があるとは、過去の自分に教えてやりたい。アレは気にしなくていいんだと笑って肩を軽く叩いてやりたい。割とマジで。


「俺の純情を返せ……」

「え?」

「もういい……」


 その後バスに乗って、ステラが暮らすセントラルという王都へ向かった。

 移動時間は約三〇分。着くまでの間、俺は惰眠を貪った。


「……ターさん、アスターさん」

「んあ?」


 心地よい眠りの中、まもなく目的地に到着すると起こされ、眠気眼のまま外を眺めると、西洋式の街灯や、大小の船が航行する運河が見えた。


「おー」


 渡航経験が全く無く、資料でしか見たこと無い異国の景色に胸躍らせていると。そこへ聞きなれたリズムの鐘の音が鳴り響く。


「えっ!?」


 それは小さな頃から、親しみのある音色。それを奏でるのは……


「ビッグ・ベン!?」


 イギリスの首都、ロンドンでお馴染みの時計塔、ビッグ・ベンが建っていた。

 街で見かける看板が英語表記だった事もあり、ここが英語圏なのは何となく感じていたが、時計塔まであると動揺が隠せない。


「ここイギリスか!? ロンドンなのか!?」

「ロン……? セントラルですけど」

「いや、そうなんだけどそうじゃなくて」


 なんて言えばいいのか分からないでいると、ステラは時計塔を指差し、今からそこに行くのだと教えてくれた。そこへ、バスのアナウンスが流れる。魔道士協会前とハッキリ発音するそれを聞いて、初めて一つの疑問が浮かぶ。


 元々英語は普通に出来る方だったが、それは紙の上での話。日常会話となると別であるが、俺はここに来た時からずっと、彼女をはじめ周りの人間が喋っている言葉を普通に聞き取り、俺もまた普通に話しているのだ。

 さらに言うと、街のあちこちに掲げられた英語表記の看板も、習った事の無い単語なのに普通に読めてしまう状態だった。

 そこで俺は一つの結論を導き出した。


「これが……ご都合主義って奴なのか……?」


 噂には聞いていたが、実際に体験するとは……

 まったく酷い世の中である。

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