第31話:例え無駄に命を枯らしたとして

 車内は重苦しい空気に包まれていた。

 大きな雨粒がフロントガラスに激しくぶつかり、ワイパーに拭き取られては、またその光景が繰り返されていく。


「ねぇ室長」

「何かな?」


 ハンドルを握るスターチスに、ルドラは後部座席から語りかけた。


「これからどうするおつもりで?」

「――考え中。と言ったら怒るかい?」

「まさか、すぐお答えが聞けたなら、尊敬し直しちゃいますよ」


 考えても考えても何も思いつかず、自分もお手上げなのだとルドラは肩をすくめた。


「今、封緘部ふうかんぶに連絡して、人員を集めてもらっている。当面は結界を張るしかないね」

「そうですか。でも蓋をしても内側から破裂して……少しでも零そうものなら、とんでもない量が溢れてくるんでしょうね。はぁ、こんなになるまで我慢させてたなんて。ほんと馬鹿ですよね……私達も、あの子も」


 後悔したところで遅いけれど、とルドラはこぼす。


「そうだね。これは私達の怠慢が招いた結果だ。弁解のしようもない」

「耳が痛いわぁ」


 何を隠そう、ステラの体に魔力を封じる術式を施したのはルドラであった。ステラに施された術式は全部で三つ。一つは魔力の吸収を抑えるもの。次に当時蓄積されていた魔力の殆どを封印し。最後に施した術式は、蛇口のように一度に放出出来うる魔力の量を調整するといったもので、ステラの魔力を使っている為、半永久的にそれは持続するはずであった。


 しかし術式を施したところで、いつかこうなる事は想定していた。だから適度に元々彼女が持っている魔力を発散させ、ガス抜きするようにときつく釘を刺していた。


 けれど、ステラは魔法を使いたくないと頑なに嫌がっていた。だから彼女は積極的に依頼を受けては魔術を使い、消耗した魔具に魔力を注いで来たのだ。


 ミスターという存在もそうだった。使い魔は主人から一定の魔力を供給される契約を結んでいる。それだけでも消費にはうってつけだったはずなのに……っとルドラは声を出さず、頭の中で思考を巡らせた。


(もしかして、術のどこかに綻びが?)

「だめだわ、完全に舐めてましたよ。あの子の中に眠る亡霊を」

「あぁ、そうだね」

 

 亡霊、忌まわしき古の魔女を示す言葉は、車内の空気を更に重くした。


「本当、どうしたらいいのかしら……」

「……」


 車は最後の信号を渡り、一行は魔道士協会裏口へ到着した。スターチスは極力入口に近い位置に車を停め、全員降車する。


「これから暫く、休みはあげれそうにないね」

「大丈夫です」

「やだ超ブラック」


 おどけるルドラを横目に、氷漬けにしたミスター片手に淡々と裏口のキーロックを開けるリド。スターチスは自分の能力で球状に包んだステラを荷台から出し、三人は協会地下最下層へと向かうべく、地下専用エレベーターに足を踏み入れた。


 それは協会にあるどのエレベーターよりも広く、そして頑丈に出来ていた。そのせいもあって、エレベーター内はモーター音も聞こえない。ただただ静寂だけが、今の彼等を包んでいる。


 暫くすると、エレベーターは最下層へ着いた事を知らせるブザーを鳴らす。ここまでくれば、目的地である“封緘の間”はもう目の前だ。三人は長い廊下を歩き、スターチスが重く閉ざされた分厚い扉に手を掛けた。


 扉を開けた瞬間、四方に置かれた巨大な香炉から放たれる重みのある煙が、三人の足元に絡みつく。


「やっと来た。二度寝するかと思った」


 そこで待ち構えていたのは、身の丈ほど大きな揃いの杖を持った、黒い退魔ローブを着た一団だった。そしてスターチスへ声を掛けたのは、その中でも一際目立つ一人の少女。まるで猫の耳のように、ふた山に膨らんだ砂色のフードポンチョから肩口まで伸びた茶色の髪を靡かせ、鈴の音と共に杖に跨り文字通りスターチスの元へ飛んでいく。

 

「ごめんよロジー。封緘部の皆さんも、早くにお呼び立てして申し訳ない」

「問題無い。これもウチ等の仕事。それに君の頼み、断れない。皆もそう、ね?」

「「「「「うーい」」」」」


 ロジーの眠たそうな声に、男達は地鳴りのような低い声で同意し、杖を掲げる。それにスターチスはクスリと笑い、また今度差し入れでも持っていくと礼を言う。この一団は魔道士協会封緘部。魔法と魔術を巧みに使い、荒れし驚異を封ずる者達だ。


 そしてロジーは、その見た目とは裏腹に、勤続三十年の大ベテランにしてスターチスの同期、年齢不詳の封緘部部長である。


「じゃ、さっさとやる。もう君のシャドウ持たないでしょ?」

「ははっ、お察しの通りそろそろ限界でね…………ウチの子をよろしく頼むよ」

 

 いつもより少し情けないその声音に、ロジーは任せろという意味合いを込めて、スターチスの背中を叩いた。



「はじめる」


 影は広間の中心、地面に大きく描かれた複雑な魔法陣の上に移された。陣を囲むように立つ封緘部。ロジーは部屋の奥、上座で杖を構え、大きく息を吸う。


「いくよ皆!」

「「「「「うーい」」」」」


 ロジーの杖に、赤いリボンで結い付けられた大きな鈴が二回、乾いた音を鳴らした。それに続けて男達の杖が床を突く。

 トン、トントン。それは同じリズムで床を鳴らし、杖の先から青白い光が漏れる。光は陣を這い、あっという間に広がって――。


「今っ!」


 ロジーが叫ぶと同時に、スターチスが影を解く。熱を帯びたステラの体は、眩い光に捕らえられ宙に浮き、変色した赤髪が、まるで生きているかのようにうごめいた。


「さて、ここは彼等に任せて、こちらはこちらで対策を練ろう。皆は?」

「全員待機中です」

「結構。では行こう」

「はっ」


 三人は後ろ髪を引かれながら、踵を返す。

 大切な仲間を救う為。今、自分達が出来る事を探すのだ。





***


 濡れた服を着替え、暖炉の前で髪を乾かしていた。

 その途中、ばあやさんから手渡されたホットミルクは甘かった。ヒナがホットミルクを飲む際、蜂蜜入りをリクエストする事から、ついクセで入れてしまったとばあやさんが目を細める。


「お嬢様は甘めのものがお好きでしてね。坊ちゃんはお嫌でしたか?」

「俺も、甘いのは好きです」


 良かった。とばあやさんは胸の前で合わせた手を口に付けた。ばあやさんは、彼女とはまた違う包容力があって、心が自然と落ち着いていく。


「赤髪の、あのお嬢さんが、お噂に聞くステラさんなのですね」


 噂の出処は言わずもがなミスターだった。ヒナやばあやさんに、ステラがどんなに優しいか、そして素晴らしいかと毎日毎日、頬を染めて話していたそうだ。


「時々……その優しさが危なっかしくも思えるんですが、良く笑って、どんな事でも真剣に受け止めてくれる。とても良い子です」

「あらあらまぁまぁ、ふふふ」


 何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?

 ばあやさんは意味ありげに笑った。


「ホホホホ。失礼しました。それはそれは心配でたまりませんね」

「え? ええ心配、です、よ?」

「――しかし、時には待つ事も必要なのですのよ、坊ちゃん」

「俺ならあの子の……彼女の負担を減らすことが出来るかもしれないとしたら?」

「それは、先ほどルドラ坊ちゃんが反対されていた事ですか?」

「聞いてたんですか」


 やりとりは廊下にも聞こえていたのだと、すまなそうにばあやさんは言う。


「詳しい事情は分かりませんが、ですが坊ちゃんはまだお小さい。無茶をされては、ステラさんが悲しむのではないですか?」

「確かに……でも、この命は彼女に二度も助けられた命なんです。だから今度は俺の番だと思うんです。自分に出来る事はやってやりたい、どうしても彼女を助けたいんです」


 例え無駄に命を枯らしたとしても、時間は稼げるかもしれない。その稼げた時間で、少しでも助かる可能性を上げられるのなら……。


「やる前から諦めていたら、これからも俺は、誰も守れないまま。何も出来無いまま死んでいくんだと思います」

「坊ちゃん、そんな事は」


 大げさでは無いか?

 というばあやさんに、首を振る。


「これはミスターにも伏せていましたが、実は俺、子供じゃないんです。今、こんなナリだから、信じられないかもしれませんが。元の姿は大人で、それに戻る術も知っています。見てみますか? すぐにでもお見せ出来ますよ」


 畳み掛けるような俺の言葉に、説得力があったかは分からない。それにばあやさんは驚く事も無く、ゆっくり瞳を閉じ、軽く息を吐くと口を開けた。


「やっと納得致しました」

「納得……?」

「ええ。ずっと思っておりました。坊ちゃんは子供らしくない、大変大人びていらっしゃる」


 前々からそれが引っかかっていたのだと、ばあやさんは口角を上げた。それはそうだろう。俺は別段子供らしく装っていなかったのだから。


「本当に大切な方なのですね。ステラさんは」

「はい」

「では、大人である坊ちゃんにお伺いします。どのようなプランをお考えで?」

「プラン……」

「男は度胸、けれど無鉄砲とは違います。目の前の問題をどうやって解決するか。またそれを行ったことで訪れるかもしれぬ危機をどう乗り越えるか。それを考える必要がございます。例えそれをご自分では実行に移せずとも、周りへの提案はできますでしょう?」


 それはもっともな意見で、グウの音も出なかった。


「――ですから今度はアタクシの番でございますね。坊ちゃん」

「え?」

「先程の坊ちゃんのお言葉です。アタクシも坊ちゃんにお救い頂いた身ですから。出来うる限りを尽くしましょう。こんな老いぼれの、化石に近い頭がお役に立てるかは分かりませんがね」


 目頭がじわりと熱くなったのが自分でもわかる。あてもなく、どうしようもなかった不安を全部掻っ攫うなんて。どんな魔法を使ったのだろう。一言一言が重みがあるのに凄く温かくて、心の内側がどんどん満たされていく。


「いえ、心強い限りです」

「まあ」


 ばあやさんがまた、ふふふと笑った。

 それに釣られて、つい俺も笑みがこぼれた。


「お知恵、拝借します」

 

 彼女の横にまた並べるように。

 あの笑顔をまた見るために、今はただ前を見据え、動くんだ――。

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