触れ書きひとつで、行き場を失う人がいる。
舞台は天保の大坂だが、今だってそうかもしれない。
名前は帳面に並べば、記号でしかなくなる。
本作では女が品物として扱われるような描写もある。華々しい江戸時代に終わりの足音が聞こえる残酷な時代。
「名」と、一文字一音で片付けてしまうのは簡単。でもそれは、
肩書きであり職業であり技術であり、
その人となりを表すものであり、
心の在りよう、生きざまそのものである。
お糸が手放した名もあるが、
手放さなかった名の方が、きっと気高く、尊く、何ものにも代え難い。
人と世の中がどんなに目まぐるしく動いても、
お糸はお糸であり続けることを、決してやめなかった。
そんなことを考えさせられた珠玉の一編でした。