超絶男嫌いのギャルを命懸けで助けた。でも俺だとバレた瞬間から、彼女は俺にだけ甘すぎる。
畑の箸鍋
第1話 ひとりだけ足りない
休日のショッピングモールは、家族連れや買い物客で賑わっていた。
吹き抜けの広場では子ども向けの催しが開かれ、色鮮やかな風船を持った幼い子どもたちが、両親の周りを楽しそうに駆け回っていた。すぐ近くの洋菓子店からは、焼きたての生地と砂糖が混ざり合った甘い香りが流れ、館内を満たす穏やかなざわめきの向こうでは、聞き慣れない洋楽が軽快なリズムを刻んでいる。
誰かにとっては、家族と過ごす休日。
誰かにとっては、恋人との待ち合わせ。
そして俺――相庭直希にとっては、母親に頼まれた買い物を済ませるだけの、ありふれた一日になるはずだった。
「洗剤と、電池と……あとは心春のノートか」
スマートフォンに表示したメモと、買い物袋の中身を見比べる。
洗剤は詰め替え用を二袋。単三電池は十二本入り。妹の心春から頼まれたノートについては、売り場で撮った写真を送って、どの色がいいか確かめてから買った。
母は朝から病院の仕事へ出ており、心春も午後には友人と会うらしい。帰宅を急かされる理由はなかった。
頼まれたものさえ忘れなければ、本屋を覗いてもいい。昼食がまだなので、フードコートで何か食べて帰るのも悪くないだろう。
家を出る前は面倒に感じていた買い物も、いざ来てみるとそれほど苦にはならなかった。誰かに歩調を合わせる必要はなく、興味を惹かれた店があれば立ち止まり、何もなければそのまま通り過ぎられる。
一人で歩くことを寂しいと感じるほど人付き合いに飢えてはいないし、反対に、一人でしか行動できないほど友人がいないわけでもない。
俺にとっては、これくらいが普通だった。
買い物袋を持ち直し、下の階へ向かうためにエスカレーターを探していると、前方から明るい笑い声が届いた。
「だから、絶対似合うって。芹奈、一回くらい着てみなよ」
「ええ……可愛いとは思うけど、あたしが着るのは違う気がするんだって」
聞き覚えのある声に引かれ、何気なくそちらへ目を向ける。
若者向けの衣服を扱う店の前に、制服姿の女子高校生が四人集まっていた。一人が店頭のマネキンへ手を向け、その隣の少女は、胸元に小さなリボンのついたワンピースを眺めている。今日は一部の生徒を対象にした進路講習があったため、その帰りに立ち寄ったのだろう。
楽しげに言葉を交わす四人の中でも、中心に立つ少女はひときわ目を引いた。離れた場所からでもすぐに見つけられるほど、華やかな雰囲気をまとっている。
柔らかく波打つ、明るいアッシュベージュの髪。長い睫毛に縁取られた少し鋭い目と、整った小さな顔。背丈は女子の中では高い方で、友人たちに囲まれていても、彼女だけは簡単に見つけられた。
御影芹奈。
同じ高校の二年生であり、学校では知らない者の方が少ないほど有名なギャルだ。
明るい髪と華やかな容姿も人目を引くが、彼女の名を広めているのは、むしろ徹底した男嫌いの方だろう。
男子から話しかけられれば露骨に距離を取り、必要がなければ会話すら続けない。調子に乗って肩へ触れようとした上級生の手を叩き落とし、人目も気にせず睨みつけたという噂まで聞いたことがある。
多少脚色されている可能性はあるものの、男子に対する態度が厳しいのは事実らしい。
とはいえ、俺には何の関係もなかった。
御影とはクラスが違い、言葉を交わした経験もない。校内ですれ違ったことくらいはあるだろうが、向こうが俺の顔を覚えている可能性は限りなく低かった。
友人が御影の胸元へ服を当て、近くの鏡へ向ける。
「ほら、やっぱ可愛いって。こういうの、男子にも評判よさそうじゃない?」
「だから、なんで服を選ぶ基準に男が入ってくるの」
「そんなに嫌がらなくても。彼氏ができるかもしれないじゃん?」
「いらないってば。好きでもない男に褒められたって、嬉しくないし」
御影が不満そうに唇を尖らせると、友人たちから楽しげな笑いが起こる。
男子を相手にする時とは、随分違う表情だった。気の強そうな印象そのものは変わらないが、気を許した相手の前では、年相応によく笑うらしい。
これ以上眺めているのも失礼だと思い、俺は視線を外した。
ただ、それだけのこと。
言葉を交わしたわけでもなければ、すれ違ってすらいない。同じ場所に偶然居合わせ、同じ学校の女子を見かけたというだけだ。
この後に何も起こらなければ、数分もしないうちに御影のことなど忘れていただろう。
エスカレーターへ足を乗せ、ゆっくりと下の階へ降りていく。吹き抜けから見下ろしたフードコートは昼時を過ぎても混み合っており、トレーを手にした客が空席を求めて歩き回っていた。
あの様子では、席を確保するだけでも苦労しそうだ。
帰宅してから適当に作るか、それとも少し時間を潰して混雑が収まるのを待つか。そんなことを考えながら一階へ降り、エスカレーターを離れた直後、館内の照明がわずかに揺らいだ。
ほんの一瞬、明るさが落ちる。
すぐ元へ戻ったため、周囲にいた客の多くは気づかなかったようだ。それでも何人かは不思議そうに顔を上げ、天井の照明を眺めている。
遅れて、もう一度。
今度は一度目より長く、天井の明かりが古い蛍光灯のように細かく明滅した。
「電気、大丈夫かな」
近くを歩いていた若い母親が、隣の夫へ声をかける。
「すぐ戻ったし、平気じゃない?」
交わされた会話にも、それほど深刻な響きはない。
俺も、電気系統の一時的な不具合だろうと考えていた。これほど大きな建物なら、設備に小さな異常が起きることくらいはある。
足を止める理由もないので出口の方向へ歩き始めると、床の下から微かな振動が伝わってきた。
地震かと思って周囲を見回したものの、揺れはすぐに収まった。吊り下げられた案内板も、店頭に並ぶ商品も動いていない。
「今、何か揺れなかった?」
「分かんない。地下にトラックでも入ったんじゃない?」
先ほどとは別の親子が、小声でそんなやり取りをしている。
母親は落ち着かない様子で辺りを見回していたが、子どもは手に持った風船を揺らしながら、広場の催しへ行きたいとせがんでいた。
直後、建物の奥から何かが破裂するような音が響く。
耳を塞ぐほど大きくはない。厚い壁を何枚も隔てた向こう側で、重量のあるものが倒れたような、低く鈍い音だった。
賑やかだった館内が、ほんの一瞬だけ静まる。
人々は歩みを止め、音の聞こえた方角へ視線を向けていた。しかし、それ以上の異変が起こらないと分かると、一人、また一人と会話を再開していく。
店員たちも戸惑いながら互いの顔を見合わせていたが、客を不安にさせまいとしているのか、普段どおりの接客へ戻っていった。
俺も立ち止まっていた足を動かす。
気にしすぎかもしれない。
そう思った時、鼻の奥へ異質な臭いが入り込んできた。
何かが焦げている。
飲食店で料理を焼きすぎた時とは違う。もっと乾いていて、鼻の奥へ薄い膜を貼りつけるような、不快な臭いだった。
ゆっくりと振り返る。
通路の奥、天井に近い場所を、薄い灰色の煙が横切ったように見えた。
「……煙?」
誰かの呟きが、周囲へ異変を伝える合図になった。
近くにいた客たちが一斉に顔を上げる。最初は見間違いとも思えるほど頼りなかった煙が、天井へ這うように少しずつ広がっていく。
まだ濃くはない。
それでも、目の錯覚ではなかった。
数秒後、館内放送の前触れとなる電子音が響き、押し殺していた不安を掻き立てるように、女性の落ち着いた声が流れ始めた。
『ただいま、館内で設備異常を確認しております。お客様は係員の指示に従い、落ち着いて行動してください』
火災という言葉は出ない。
避難を命じる内容でもなかった。
曖昧な案内を受けた人々は、ここに留まるべきか、それとも外へ向かうべきか判断できず、互いの顔を見合わせている。
「設備異常って、何?」
「火事じゃないのか?」
「でも、避難しろとは言ってないよね」
あちこちから戸惑いの声が上がった。
店員たちも状況を把握できていないらしく、無線へ手を伸ばしながら、近くの客へしばらく待つよう呼びかけている。
俺は買い物袋の持ち手を強く握り直した。
帰った方がいい。
火災でなかったとしても、ここに残る必要はない。状況が分からないなら、なおさら安全なうちに外へ出るべきだろう。
そう判断して出口へ向かいかけた瞬間、館内の照明が激しく明滅した。
一度目とは比較にならないほど大きな揺らぎが天井を走り、次の瞬間、周囲から光が消え失せる。
暗闇へ放り込まれた人々の悲鳴が重なった。
間を置かずに非常灯が点灯し、赤みを帯びた薄暗い光が通路を照らし出す。それとほぼ同時に、耳を塞ぎたくなるほどけたたましい非常ベルが館内へ鳴り響いた。
『火災が発生しました。お客様は係員の指示に従い、速やかに館外へ避難してください』
先ほどとは異なる、明確な避難放送。
空気が変わった。
それまで指示を待っていた人々が、一斉に出口へ向かって動き始める。
最初は早足にすぎなかった。ところが、通路の奥から広がってくる煙を見た誰かが走り出し、それにつられるようにして人の流れが崩れていく。
「押さないでください!」
「子どもがいるんです!」
「走らないで! こちらから外へ出られます!」
店員たちが声を張り上げても、非常ベルと無数の足音、泣き声や悲鳴に遮られ、ほとんど届いていない。
俺も大勢の客に挟まれ、出口へ押し流されていく。
誰もが同じ方向へ進もうとしているはずなのに、人の肩や荷物がぶつかるたび、身体は左右へ大きく揺らされた。前方で誰かが転べば、その後ろにいる全員が足を止められず、さらに別の悲鳴が広がっていく。
すぐ横で、幼い子どもが泣き出した。
母親が庇うように抱き寄せているものの、周囲から押され、身動きが取れなくなっている。
「先に行ってください」
俺は身体の向きを変え、背後から押される力を肩で受けながら、親子が通れるだけの隙間を作った。
「すみません、ありがとうございます……!」
母親は子どもの頭を胸元へ抱え込み、何度も頭を下げながら人波の先へ消えていく。
それを見届ける間にも、焦げ臭さは濃くなっていた。頭上に溜まった煙が通路の景色を白く霞ませ、照明を失った館内は、先ほどまでとは別の場所のように見える。
出口は遠くない。
案内表示によれば、あと一つ通路を曲がれば外へ出られる。
そう自分へ言い聞かせ、呼吸を整えながら前へ進んだ。
足元に落ちていた紙袋が踏み潰され、中から衣服や小箱が散らばる。拾おうと屈んだ持ち主を、同行者らしい男性が腕を掴んで引き起こした。
「今は置いていけ!」
響いた怒鳴り声によって、何人もの客が抱えていた荷物へ目を落とす。
俺の手に提げていた買い物袋も、急に重く感じられた。
中に入っているのは洗剤と電池、心春に頼まれたノートだ。どれも失ったところで、また買い直せるものにすぎない。
迷った末、袋を通路の端へ置いた。
薄青色のノートが袋の隙間から覗いている。心春には文句を言われるかもしれないが、事情を知れば許してくれるだろう。
非常口の案内灯を追って進むうち、煙に霞む通路の先へ外の光が差し込んできた。
あそこまで辿り着けば外へ出られる。
その希望を見つけた人々が一斉に歩調を速め、背後から強く押される。足がもつれそうになりながらも何とか踏みとどまり、俺は人波とともに開かれた扉を抜けた。
外気が頬へ触れた瞬間、胸の奥に溜まっていた息を一気に吐き出す。
夏の生温い風だったはずなのに、煙と熱気に満ちた館内から出たためか、驚くほど冷たく感じられた。
咳き込みながら建物から距離を取り、人の少ない場所まで歩いていく。
駐車場にはすでに大勢の避難者が集まっていた。泣いている者、家族の名前を叫んでいる者、スマートフォンを耳へ押し当てたまま震えている者。その間を警備員や店員が走り回り、建物へ近づかないよう声を張り上げている。
遠くから聞こえていたサイレンが、急速に大きくなってきた。
間もなく複数台の消防車が駐車場へ入り、赤色灯が建物の壁や避難者たちの顔を絶え間なく照らし始める。
俺は膝へ両手をつき、乱れた呼吸を整えた。
肺の奥がひりつき、喉にも鈍い痛みが残っている。それでも身体のどこにも大きな怪我はなく、自分の足で安全な場所まで逃げてこられた。
助かった。
その事実を身体が受け入れるまでには、しばらく時間が必要だった。
館内にいる間は、外へ出ることだけで頭がいっぱいだった。ところが安全な場所へ辿り着いた途端、それまで張り詰めていたものが緩み、膝から力が抜けていく。
乱れた呼吸がようやく落ち着き始めた頃、ポケットの中でスマートフォンが震えた。
『直希、買い物終わった? 心春がノートの色をもう一回確認したいって』
母からのメッセージだった。
何と返信するべきか分からず、画面を見つめる。
火災に巻き込まれたと伝えれば、母は仕事を放り出してでも駆けつけようとするだろう。心春まで慌てさせるかもしれない。
まだ詳しい状況は何も分からない。
少し煙を吸っただけで、大きな怪我もない。落ち着いてから電話すればいいと考え、俺は返信を後回しにした。
画面を消して顔を上げる。
上階の窓から立ち上る黒煙が、穏やかな休日の空を汚していた。休日を楽しんでいた大勢の人々が建物を見上げ、信じられないものを見るように立ち尽くしている。
消防隊員たちは到着するなり機材を下ろし、警備員や従業員から情報を集めていた。その動きには無駄がなく、張り詰めた声で次々と指示が飛び交っている。
俺はぼんやりと光景を眺めながら、何の気なしに避難者たちの中へ視線を向けた。
家族も友人も、今日はここへ来ていない。探さなければならない相手がいるわけではなかった。
それでも、目は無意識のうちに人々の姿を追っている。
泣きじゃくる子ども。
互いの無事を確かめ合い、肩を抱く老夫婦。
店員へ激しい口調で詰め寄る中年の男性。
そして、身を寄せ合いながらスマートフォンを握り締めている三人の女子高校生。
そこで、視線が止まった。
先ほど服屋の前で笑っていた、御影の友人たちだ。
確か、四人でいたはずなのに。
今は三人しかいない。
彼女たちは顔を青ざめさせ、周囲を何度も見回している。その輪の中に、どこにいても人目を引いた、あの明るい髪が見当たらなかった。
胸の奥へ、細い棘が刺さったような違和感が残る。
ただ見落としているだけかもしれない。避難した出口が違えば、別の駐車場や建物の裏手にいる可能性もある。友人たちとはぐれた後、先に救護所へ向かったとも考えられる。
そうだ。
これだけ広い建物なのだから、全員が同じ場所へ避難するとは限らない。
俺の位置から見えないというだけで、御影が中に残っていると決まったわけではなかった。
頭ではそう理解しているのに、一度生まれた違和感は消えてくれない。
「出ない……」
友人の一人が、耳へ押し当てていたスマートフォンを下ろした。
「もう一回かけてみて」
「さっきから何回もかけてる。でも、ずっと出ないの」
「反対側にいるんじゃない? 外には出てるけど、うちらを探してるとか」
「だったら電話に出るでしょ!」
声を荒らげた少女は、直後に口元を押さえた。
怒っているのではない。膨らみ続ける不安を、どう扱えばいいのか分からないのだろう。
もう一人の少女が、震える声で尋ねる。
「芹奈を最後に見たの、どこだっけ」
「二階。服を見てたところから、途中までは一緒だった」
「途中って、どこまで?」
「分からない……。警報が鳴って、みんなが走り出して、それで押されて……気づいたら、いなくなってた」
途切れ途切れの会話を聞きながら、唇を強く結ぶ。
友人たちの誰も、御影が外へ出た姿を確認していない。
単にはぐれただけではなく、避難の途中から行方が分からなくなっている。
やがて警備員が彼女たちへ駆け寄り、名前や服装、最後に目撃した場所を聞き取り始めた。何度も確認しながら手元の紙へ書き込み、無線機を口元へ寄せる。
「十代女性一名、逃げ遅れの可能性あり。二階西側で最終目撃。高校の制服を着用、身長は百七十前後、明るい髪色。同行者三名は避難済みです」
報告を終えた警備員は表情を引き締め、消防隊員の集まる一角へ走っていった。
その背中を見送った少女が、耐えきれなくなったように建物へ向かう。
「待って!」
友人が慌てて腕を掴んだ。
「探しに行く。芹奈がまだ中にいたら──」
「無理だよ! 入ったら、あんたまで危ないって!」
「でも、消防の人はいつ行ってくれるの!?」
悲痛な叫びが、駐車場の喧騒を縫って耳へ届く。
消防隊員たちは、決して何もしていないわけではない。到着すると同時に装備を下ろし、館内図を広げ、火元や煙の広がりについて従業員から聞き取っている。危険な建物へ踏み込む以上、何の確認もせずに進むことなどできないのだろう。
理解はできる。
それでも、待つ側にとっては、一分どころか十秒でさえ耐え難いほど長い。
建物から立ち上る煙は、先ほどよりも濃くなっている。空へ真っすぐ昇っていた黒煙が風に押されて横へ流れ、上階の窓を何度も覆い隠した。
俺は御影の姿を探して、避難者たちの間を歩き始める。
救護所の近く。
店舗関係者が集められた一角。
家族とはぐれた者のために用意された案内場所。
駐車場の反対側にも回り、似た髪色の女性を見つけるたび足を止めた。しかし、振り返った顔はどれも御影ではない。
俺は何をしているのだろう。
そんな考えも浮かんでくる。
御影とは話したことさえない。同じ高校へ通っているというだけで、友人でも知り合いでもなかった。今日だって、たまたま同じモールへ来て、服屋の前にいる姿を一度見かけただけだ。
だから、俺がここまで気にする必要などない。
消防隊員へ任せて帰ればいい。素人が余計な真似をすれば、救助される人間を一人増やすだけになる。
それが正しい。
どう考えても、正しいはずだ。
なのに、頭の中から御影の姿が消えてくれなかった。
友人に服を押しつけられ、男受けなんてどうでもいいと笑っていた。周囲の目を気にせず、自分の好き嫌いをはっきり口にする姿は、少し面倒そうでありながらも、確かな生命力に溢れて見えた。
あれから、まだ一時間も過ぎていない。
ほんの少し前まで当たり前のように笑っていた人間が、今は黒煙の向こうで一人きりになっているかもしれない。その可能性を、現実のものとして受け入れられなかった。
本人が無事に外へ避難しているところを確認できれば、それでいい。
俺の考えすぎだったと安堵し、そのまま家へ帰れる。
だから、見つかってくれ。
そう願いながら、もう一度避難者たちへ視線を巡らせた時、すぐ近くに立つ警備員の無線から切迫した声が漏れた。
『各員へ共有。十代女性一名、避難者の中に所在を確認できず、逃げ遅れの可能性あり。二階西側で最終目撃。高校の制服を着用、身長は百七十前後、明るい髪色。同行者三名は──』
先ほど友人たちから聞き取られた情報が、周囲の警備員や消防隊員へ共有されていく。
それだけで十分だった。
避難者の中に姿はない。
否定したかった結論は、もう逃げ場を失っていた。
──御影芹奈は、まだ建物の中にいる。
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