俺を都合のいいキープ扱いする幼馴染と縁を切ったら、人間不信の国民的アイドルのお世話係になりました~路地裏白ウサギは俺に沼って離れようとしない~
和成ソウイチ@書籍発売中
第1話 キープ扱いする幼馴染と縁を切った
『
俺――
せっかくの休日。家の掃除に取りかかろうとしていた俺は面食らった。
「え、今から?」
「当たり前でしょ」
「必要なら前もって言ってくれないと、材料とかメニューとか」
「あー、うっさいうっさい。ウザいから繰り返さないで。とにかく、今すぐ! いいわね!?」
希未はいつもこうだ。
俺の都合は一切無視。朝も昼も夜も、祝日だろうと休日だろうとお構いなしだ。
俺はもう10年以上、彼女の我が儘に振り回されている。
「卵焼きにケチャップで笹のマーク……と。これやらないとあいつ、怒るからな」
仕方なく、あり合わせの材料を使って弁当を作る。
ふと、俺は虚しさを覚えた。
「俺、いつまで希未の言いなりなんだろう」
ランチバッグに弁当箱を入れ、近くの公園に向かう。
いちおう、傘を手にした。天気予報によると、急な雨になるかもしれない。
待ち合わせ場所は、人目につきにくいトイレ裏だった。
「……お待たせ」
「遅い。相変わらずトロくさいわね」
鼻を鳴らした希未は、男受けしそうな白のブラウスにマーメイドスカート、ブランド物のミニショルダーバッグという格好だった。
学校では、希未は快活な美少女と言われている。
俺にはピンとこない。いつも怒るか、馬鹿にしたような顔しか見てこなかったので、感覚が麻痺しているのかもしれない。
「早く寄越しなさい、神坂くんを待たせてるんだから」
「神坂って、隣のクラスの?」
「そ。イケメンでしょ。あたしに相応しい男だわ」
希未は俺からランチバッグを奪い取る。
「今日は急に予定が変わって、公園デートになったのよ。女子力アピする絶好のチャンスじゃない。真人、ついでだから、あんたはここで待ってなさい」
「待つ? 何で?」
「ご主人様の帰りを待つのが使用人の仕事でしょ」
「俺は使用人になった覚えなんて……」
「同じようなもんよ。何年、あたしの実家があんたたちの面倒をみてやってると思うのかしら?」
にやりと、意地の悪い笑み。
「何だかんだ言っても、あんたはあたしにすがるしか能がないんだから、大人しく言うこと聞いてなさい。それがあんたの幸せよ」
「幸せ……」
「あ、いけない。もう行かないと」
時計を見た希未は、そのまま礼もなく踵を返した。
「神坂くーん、ごめんねぇ」
俺に対するときと明らかに違う、媚びた声が聞こえてくる。
「お弁当を作ってたら、遅れちゃった。その代わり、会心の出来だから、楽しみにしててね!」
楽しそうだ。
あの笑顔は、俺には決して向けられない。
俺は、希未の外面の良さを守るために、ただただ生きている。
希未は、それが俺の幸せなのだと言った。
「俺は、いったい何をしているんだろう」
子どものころは、それなりに仲が良かったと思う。
けれど次第に、希未の横暴が目立つようになってきた。それも、俺に対してだけ。
誰かの役に立つのは好きだ。
けど、俺が本当にやるべきことは、希未のために働くことじゃない気がする。
――ポツ、ポツ、ポツ。
いつの間にか空に雲が広がり、雨が降ってきた。
あっという間に雨脚は強くなる。
俺はため息をついて、持ってきた傘を渡すために希未たちに近づいた。
「希未、傘を――」
「お、お前! 『帰還兵』じゃないか!」
神坂が俺を見て、怯えたように立ち上がった。
帰還兵。それは俺のあだ名だ。
理由は、俺が超のつく強面だから。しかも、額には目立つ傷跡もある。まるで戦場から帰ってきた兵士みたい、というわけだ。
だから、俺には恋人はおろか、友達もいない。
希未だって、学校で人の目があるところでは、俺を無視している。
「ご、ごめん。俺、用事を思い出した。佐々原さん、また今度な」
「あ、ちょっと! 神坂くん!?」
雨の中、神坂は慌てて走り去っていった。
「あー、もう。計画が台無し。真人のせいだよ!」
憤然と言い放ち、希未は弁当箱から卵焼きを一切れだけ口に運んだ。
それから、ほとんど手つかずの弁当の中身を、あろうことか近くのゴミ箱にぶちまけたのだ。
「萎えた。帰る」
「おい、いくら何でもひどいじゃないか。せっかく作った弁当なのに」
「だっていらないもん。ダイエット中だし、もう意味ないし」
「作ってこいって言ったのは希未だぞ」
「気が変わったの」
ぷいとそっぽを向く希未。
その瞬間、スッと頭の中が冷えた。
今までの俺なら、黙って言うとおりにしていただろう。
だけどこの日は、さすがに我慢ならなかった。
「いい加減にしてくれ」
希未がきょとんとした。
「なに怒ってるのよ」
「俺は、希未の奴隷じゃないんだ」
「あのねえ、真人」
希未が指を突きつけてくる。指先が示すのは、俺の額の傷跡だ。
「あんたみたいな非モテで、顔が怖くて、おまけにヤクザみたいな傷まである欠陥品、あたし以外に誰が構うっていうの?」
「欠陥品、だって……?」
「もう10年以上構ってあげてんだからさー、その分、恩返しするべきじゃない? 真人があたしの言うことを聞くのは、いわば義務なのよ、義務」
そんな当たり前のこと、今更言わせないで――と希未は肩をすくめた。
「希未にとって……俺は、いったい、何なんだ?」
「ただのキープ」
「キープ……」
「そ。あんたが役に立つとしたら、顔が怖くて家事ができることぐらいだもん。ちゃんと使ってあげてるんだから、感謝してよ」
にっこり笑う。
これで全部チャラにしろ、と言わんばかりだ。
怒りが湧いた。
それ以上に力が抜けた。
何が、いらないだ。
何が、欠陥品だ。
何が、キープだ。
俺はこんな奴のために10年以上、都合のいい男を演じていたのか。
この先もずっと、こんな奴の言いなりになっていくのか。
帰還兵と罵られ、怖がられながら。
そんなのは、ごめんだ。
「ねー、真人ってば。早くその傘ちょうだいよ。せっかくの服が濡れちゃう」
「……る」
「え?」
「断る。傘くらい、自分で買ってきなよ」
「は? いや、何言ってんの。あたしに濡れてこいって言うの」
「もうたくさんなんだよ。お前に、都合のいいキープ扱いされるのは」
俺は傘を差す。
お前呼ばわりに、希未が慌てた。
「ちょ、ちょっと。いきなり変な冗談やめてよ」
「冗談じゃない。俺はもう、お前とは関わらない」
「は!?」
「使用人が欲しいなら、他の奴を探してくれ。じゃあな」
踵を返す。
視界からあいつが消えると、不思議とすっきりした。
ついでに、その場で連絡先もブロックした。
(何だ。こんな簡単なことだったのか)
後ろからあいつの叫び声がする。
「戻ってきなさいよ、真人ーっ!」
雨が降っているせいで、あいつは追ってこられない。
とても気分がよかった。
公園を出ると、俺は寄り道をした。
今までは、あいつに行動を細かく制限されていたからだ。
「久しぶりに外食しようかな……ん?」
普段は通らない道を歩いていると、ふと、路地裏に誰かが座り込んでいるのを見つけた。
雨は路地裏にも容赦なく降り注いでいる。
真っ白だったワンピースは、雨と泥で汚れてしまっていた。
「女の子……?」
俺は放っておけず、傘を差し出した。
「大丈夫?」
「……あ」
顔を上げた少女は、泣いていた。雨と泥で頬が汚れていた。
それでも、とんでもない美少女だとわかった。
薄暗い路地裏に、突如としてスポットライトが照らされたように、白い肌が目に飛び込んでくる。
泣きはらしたせいか、目が赤い。
少し色素の薄いロングヘアと相まって、まるで白いウサギのように見えた。
憔悴した表情から、彼女がとても困っていることがわかる。
誰かの役に立つのは好きだ。
あいつと縁を切った今、少しでも他人の助けになりたいと思った。
――のだが。
「……ごめんなさい!」
「え?」
いきなり立ち上がった美少女に腕を掴まれ、そのままどこかへと連れていかれるとは、予想外の展開だった。
「ちょ、ちょっとストップ、ストップ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「落ち着いてくれ! これじゃ拉致――」
「拉致です!」
「はぁ!?」
「私は、悪いアイドルにならなきゃいけないの! 協力してください!」
「それで拉致!?」
「はい!」
「はい、じゃない!」
とんでもないことになった。
路地裏白ウサギを拾った俺、拉致される。
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