「才能への寄生だ」と切り捨てられた四十二歳のコーチが、中古三万円の機材で、視聴者ゼロの配信を始める——この出だしから最終話まで、本作は一切ブレません。ブレないどころか、主人公が語る「地味な基礎」そのものが物語の駆動装置になっている。この構造が本当に見事です。
彼が教えるのは、立ち方。下がり方。ポーションを腰のどちら側に差すか。読者は最初「地味すぎる」と笑い、そして「死にかけている人間は自分の右と左を普通に間違えます」の一行で背筋が凍る。コメント欄の【この講座、理屈の一個一個の後ろに死体の数を感じる】は、そのまま読者の実感でもあります。理屈が正しいから面白い、という珍しい種類の快感がここにあります。
痛快さの設計も上手い。攻略wikiが二十年の定説を差し替える夜、大手クランが聞かれてもいないのに「無関係」と声明を出して自滅する回、ダンジョン庁の統計課が「原因不明の、人が死ななくなる現象」に気づく場面。主人公だけが最後まで気づかず米を炊いているのが、また可笑しい。
そして人物造形。口下手だった魔導師が「口で言わなくていい。書くだけでいい」の一言で救われていた過去、資格化の条件として「教えることを免許制にしないでほしい」と即答する誠実さ。教える側の物語として、心から薦められます。