この物語を読み終えて、これはまさに作者様の渾身の作品だろうな、と思いました。これは大事に大事に書かれた、きっと作者様にとってとても大切な作品だろうと。なんというか魂がこもっている感じ、そんな作品に出会えることは読書好きにとって一番の楽しみでもあります。
大事なシーンのために選ばれた言葉の数々、登場人物一人一人に注がれた愛情と人間性、そして読者を引き込んでいくストーリーの面白さ。何より作品に引き込まれる感覚が素晴らしいものでした。
女性でありながら軍を任されているアフロディテ姫、そんな姫を殺すよう密命を受けた元剣闘士のタキトゥス。そこに宮廷の陰謀、他国からの干渉と戦争、さまざまなものがうごめき、二人の運命を大きく変えていきます。
アフロディテの気高い勇猛さと生真面目さ、タキトゥスの豪快さ、さらに周りを固めるキャラクター達がみんな魅力的、敵役である皇帝もまたその不気味さ偏執さが実に面白く物語を彩ります。
タイトルにも書きましたが、物語が進むにつれストーリーが、原初の神話のように感じられてきます。誰もかれもが人間的なのに、過酷な運命にあらがう神話上の人物になっていくような、そんな不思議な作品でした。
ぜひじっくりと読んでみてほしい物語です!
ロマンスとはファンタジーや冒険小説の祖先みたいなものである。例を挙げれば「アーサー王と円卓の騎士」。イングランドが舞台がだか実在のイングランドではない。物語のために創られた架空のイングランド。そこで描かれる遠い国の理想化された物語。ロマンスは必ずしも魔法が中心ではない。時には魔法もドラゴンも出てこないロマンスもある。本作はまさしくその系譜を継ぐ、架空の世界だが所謂ファンタジーではない物語だ。
物語の冒頭は、主人公の元剣闘士と姫将軍を巡る、古代ローマを彷彿とさせる架空の帝国の重厚な軍記が綴られる。ロマンスの形式を用いたリアリズム文学が展開される予感が漂う。しかし徐々に正統なロマンスへと軌道を変え、更には頭にラヴがつくそれへと様相を変えていく。
しかしそれは物語のブレでは決してない。むしろ作者が計算の上で照明を徐々に調光していった結果なのだ。暗く乾いた色のない世界に、生への執着を喪失しただ皇族としての責務に生きる姫と、殺伐とした剣闘士の暮らしを生き抜いたのち、皇帝より姫を暗殺する密命を帯びた護衛の男。姫の最初の描写など「草か木切れ」と女としての魅力は全く語られない。この灰色の世界が、章を重ねるにつれじわじわと色彩を帯び、干上がった地に水が溢れ草木が萌え陽光が降り注ぐ。さらには血の色で真っ赤に染まっていく。そしてその果てに各々が克つべきものに打ち克ち、二人は遠き地へと至る。まさしく王道ロマンスだ。
姫を取り巻く男たちは誰もがそれぞれに魅力的である。お気に入りの推しをその中に見つけるのもいいだろう。だが兎に角この物語で群を抜いて格好いいのは、その男たちの中心にある姫その人だ。自らの生を諦念しつつも責務を忘れず自らを奮い立たせその姿で部下を心酔させ士気を煽る。超ハードボイルドな姫さまである。この皇帝の従妹の見惚れるばかりの格好良さに痺れるために本作はあると言っても過言ではない。
十二万字強を長く感じさせない物語だった。
朝吹氏の『皇帝の従妹』は、人類の海馬の底に眠る〝戦いの記憶〟を呼び覚ます壮大な史劇です。
命を見世物とする円形闘技場。その地下には日々戦いを強いられる何百人もの奴隷剣闘士が詰め込まれています。
物語は、ひとりの剣闘士が此処から解放されるところから始まります。
彼の名は、タキトゥス。皇帝から、従妹のアフロディテ姫を暗殺せよ、との命令が下ります。いつも傍らにいて命を賭して姫を護り、殺せ――と。
このタキトゥスと対を成す存在として、アフロディテの元夫アイストスが登場します。
アイストス――帝国創成期から何人も皇帝を輩出した名家中の名家の出。神に愛され、この世の美と恵みを余すことなく授けられて生まれてきたような超然たる美貌の貴人。
その彼は云います。「あの子を護るためなら、世界を敵にしても何でもしようとずっと想っていたのだ」と。
そして、その言を違えることなく、アイストスはアフロディテのためなら、どれほど危険な策であろうとどれほど深い闇であろうと迷うことなく懼れずに踏み込んで行くのです。
殺すために護る、タキトゥス。
護るために純粋に己の命を懸ける、アイストス。
この対比が朝吹氏の卓越した筆力によって見事に止揚された瞬間、私は呼吸を忘れました。
圧倒的な迫力で描かれる戦闘シーン、陰謀渦巻く宮廷の人間模様、そして、若君の情熱と献身が交錯する最強のスペクタクル史劇『皇帝の従妹』
超面白いので、是非ご一読くださいますようお願いいたします。
照りつける太陽、血の匂いが混じる砂塵や剣の重み、観衆の熱気と狂気……そういったタキトゥスの感覚を通して甦る前世の記憶と、最推しアイストスの凄艶なまでの美しさや壮麗な散り際が、いつまでも胸の奥で輝き続けています。
『皇帝の従妹』を再公開してくださった朝吹様に深甚たる感謝の念を捧げます。
ありがとうございました。
剣闘士として死ぬまで戦うよう定められていた男は、ある時皇帝の密命を受けて外の世界へと出る。
密命とは、皇帝の従姉妹姫アフロディテを護ること。
そしてその懐に入り、生命を奪うこと……。
女としては全く魅力がなさそうに思えるアフロディテ姫は、女将軍として軍役に就き、実直にその役割を果たしています。
皇帝の意図が分からないまま、読者は主に、タキトゥスと姫から名をもらった剣闘士の視点で物語を追っていくわけですが、その語り方がなんとも秀逸で。
擬似ローマとタグにある世界は非常に男臭く、泥や汗、血の匂いがプンプンと漂っています。
しかしタキトゥス視点の朴訥な文章が、実際は喜怒哀楽にガンガン動いているであろう人々の内面も淡々と映していて、気がつけば重い重い物語を読み進めていました。
皇帝はなぜ姫に執着するのか。
それを知った時、タキトゥスの剣はどこに振り下ろされるのか。
血の歴史の叙事詩のようで、一人の女のひたすら真っ直ぐな生の物語でもある、そう感じました。
お薦め致します。