言葉にしてしまったことで決定的に失われるものの描き方が非常に繊細
- ★★★ Excellent!!!
物語の温度が、指先に残る金属の冷たさから、次第に体温に近い鈍い痛みへと変わっていく過程が静かに胸に刺さりました。
全体を通して、言葉にしないこと、あるいは、言葉にしてしまったことで決定的に失われるものの描き方が非常に繊細です。特に「他は いい」という拒絶とも受容とも取れる一言が、後になって主人公のなかで重みを増していく展開に、名付けようのない孤独を感じました。
鏡に映る口紅の滲みから始まり、最後には何もないポケットを確かめる。手に入れたはずの「名前」や「ピアス」という具体的な手がかりが、皮肉にも相手との距離をより遠ざけてしまうという逆説的な寂しさが、雨上がりのアスファルトのような質感で伝わってきます。
忘れたいわけではないけれど、持ち続けるにはあまりに鋭利な記憶。その記憶と折り合いをつけられぬまま、日常のなかに置き去りの傷を増やしていく。そんな男の諦念と、微かな未練が混ざり合った読後感でした。