化学工場で働く男の日常を通して、「痛み」とは何か、人間とは何かを覗き込んでいく作品です。
夫婦の親密な時間、職場の昼休み、工場内の巡回。
何気ない生活の描写から始まるのに、読み進めるほど、人の心の奥にある得体の知れないものが見えてきます。
痛みは、ただ避けるべきものなのか。
それとも、人間のどこか深い場所に結びついているものなのか。
工場の安全管理や設備の描写が具体的だからこそ、「ご安全に」という言葉が重く響きます。
人を守るための決まり事がありながら、そこにいる人間自身の内側には、守りきれない危うさがある。
その対比に恐怖すら感じます。
日常、労働、身体、欲望、痛み。
それらがつながっていく中で、ふと「人間って、いったい何なんだろう」と考えさせられます。
読み終えたあとも、すぐには答えの出ない余韻が残る作品でした。
世の中には改めて「人間性」を超えた色々なものが多くあるんだな、としみじみ感じました。
主人公の恋人が持っている、「生命」への好奇心みたいなものとか、同じく彼が働く工場にある大型の機械とか。
当然、製品を製造するための機械、ものすごいパワーで金属なんかを加工する。万が一の事故にあったら人間はひとたまりもない。
そんな人間存在を卑小に感じさせてしまうほどの機械の中で生きている工場での日常。そして、そんな工場でしょっちゅう「被災」する佐久間なる男。
無機質すぎるもの。人間性を否定してしまうような巨大すぎる何か。それと対面した時は、やはりぐらりと価値観を揺さぶられ、自分の持っていた固定観念が消えかかる瞬間がある。
それは不安でもある。でも同時に、ちょっと深淵を覗いてみたくなるような強い誘惑も感じさせられる。ナイアガラの滝だとか、とんでもなく高いビルの屋上だとか、「人間」がちっぽけに感じられる事象には強い引力があるのかもしれない。そんなことしみじみと感じさせられました。