大切な人の最期に何ができるのか、何をするべきなのか。人はその事をやんわりと考えながら、まだ、その時ではないと思い、考えなくなる。いざ、その時が来て、焦り、後悔してしまうのだろう。医療従事者が自宅でご家族を看取るという、家族目線、医療従事者目線で描かれている珍しい作品。私は、いざという時、何ができるのか、何もできないのか、考えてしまうお話だった。そして、私は、作者のお話を読んで、大変そうである、と感じてしまい、その時は、まだ先、と再び逃げてしまう気がしている。
父を自宅で看取り、その時間を振り返りながら綴られたエッセイ。医療従事者として向き合った気持ちと、娘として抱えてきた想い。時間が経っても消えない迷いや後悔、そしてお父さまへの感謝が静かに伝わってきます。看取りに正解はあるのか。家族との最期の時間をどう過ごすのか。読んでいるうちに、自分にとって大切な人のことや、自分自身の生き方についても考えさせられました。長い年月を越えても消えない想いが、心に残る作品です。
お身内を御自宅で看取られた医療従事のプロフェッショナル(そして勿論 お身内としての)気持ちを率直、平易、かつ深く語られたエッセイです。拝読して良かった。そう思いました。人は、いつか。無論、それは誰しもが割り切れる(あるいは悟れる)ものではありません。けれどもやはりたまには「それ」を思うこともとても大切なのではないかと思います。メメント・モリ。どの世代の方にもお勧めしたい一作です。
鈴懸さまいつも応援頂き本当にありがとうございます。今回のエッセイ、自分事のように読ませて頂きました。なにか言わなきゃ、と思いつつなにも言葉が出て来ませんでした。せめて星の数でコメントに変えさせて頂きます。これからもよろしくお願いいたします。
作者さまが、医療従事者という専門的な視点を持ちながらも、一人の子としてお父さまの死に向き合った葛藤が綴られています。自分のための備忘録として書かれたからこそ、偽りのない感情が詰まっているように感じられました。大切な人との「今」を、改めて見つめ直したくなる作品です。
これは一つの解答であり、一例です。 永遠に答えは見つからず、模範解答も存在しない。 いつか必ず直面するその時を前に、「残されるもの」はどうするのか。また、「残していくもの」はどうすべきか。 生きている限り絶対に避けられない終わりを、いかに悔いのないものにするか。 大切な人たちと、いっしょに考えよう。
私もこんなふうに看取られたいです。「もっとできることがあったのではないか」ありません! あなたは十分よくやりました!ということで、私の看取りもお願いします!
凄く大事な話なので皆さんに読んでもらいたいです。もしもの時に経験者の御話は非常に大切なので。