寒さを越えて咲くから嫌いだった。違った。咲くと決めたのは桜の方だった。
- ★★★ Excellent!!!
「私は桜が嫌いだ」で始まる物語が、最後に「咲くと決めたのは桜の方だった」に辿り着く。冒頭の宣言が、一篇まるごとを使って静かにほどかれていく。
語り手は、冷えた関係から離れられない女。雪代という後輩が、毎日ほんのり温かいカフェオレをデスクに置いていく。その温度の差だけで、もう物語は始まっている。
雪代の「咲くって決めてるのは、桜のほうですよね」という何気ない一言が、最後に語り手の決断の根拠になる。受動態で生きてきた人間に、能動態の言葉がそっと差し出される。一年かけて、その言葉が彼女の中で発芽する。
クライマックスは駅のホーム。線路を挟んだ反対側で、雪代が叫ぶ。「僕は、桜が好きです!」「寒いなら、僕があたためます!」「寒いところには戻らないでください!」普段は静かな男が、一度だけ大声を出す。その三連の叫びが、一年間の沈黙の利息を全部払う。
そして再会した連絡通路での「やばいですよね」「やばい」涙と笑いが同時に来る二行。ここで全部許される。
温度のある短編です。