桜が散る前に、花の中心が赤くなる。十年前の約束が、今日ようやく咲いた。

「桜は散る前に花の中心が赤くなる」その一行が、十年かけて三度意味を変える。終わりの合図として置かれた言葉が、別れの言葉になり、最後には「そこまで咲いた花にだけ残る色」に変わる。
主人公は十年経って再会した優に、最初に「会社辞めたばかりなんだ」と打ち明けてしまう。言うつもりのなかった敗北が真っ先にこぼれる。正しい言葉を選ぶ余裕を失ったから、ようやく本当のことが言える。壊れたから届く。ロマンスの顔をした自己回復の物語。

時計が冷たい。10:38、10:51、11:12、12:22、12:41。羽田に近づく数字の間に、十年前の桜が差し込まれる。一時間と十年が同じ目盛りの上に並ぶ。
そして優は、皺だけが変わっていない。髪も服も別人のようなのに、笑ったときに目の横に浮かぶ細い皺だけが十年前と同じ場所にある。写真でも名前でもなく、皺で同定される再会。
「ずっと好きだった」「うん。知ってた」十年分の沈黙がこの二行で赦される。赦すのは「好き」ではなく「知ってた」の方。知っていた側が、知らなかったふりをしてきた時間まで引き受ける返事。

冒頭の一行は時系列の最初ではない。卒業式の台詞が作品の入り口に置かれている。読者は最後までその涙の理由を知らずに読み進め、中盤で出会い、ラストでもう一度違う光で見ることになる。一つの台詞が三段階で深まる設計。
冒頭で置かれたものが、読み終わる頃には別のものに見える。その執着だけが、この書き手の指紋になっている。