川の水と桜の木
ミモザモザモザ
川の水と桜の木
彼は少し生真面目で、私はそこが好きだったりする。
例えば、私も彼も自転車通学で、一緒に帰るときなんかは自転車を押して歩くこともなく並んで漕いでくれるわけでもなく、きちんと一列になって車道を走っていることとか。
今だってそう、彼が前で、私が後ろ。
おしゃべりできないなぁと思うこともあるけれど、この時間が好きな私もいる。
背中がおっきくて、風で短い髪がなびいて、制汗シートの甘い香りが鼻先をかすめたり、とか。
彼の後ろ姿をじっくり堪能するいい機会である。
「もっと都会に生まれたかった、田舎過ぎていやだ」
友達はよくこんなことを言う。
うん、まぁわからなくもない。
イオンモールまで電車を乗り継いでも1時間かかるし、カラオケだって自転車で30分かかるし(しかもビックエコーだからDAMしかないし)、スタバどころかカフェ自体近くにないし。
「スナックとパチンコはいっぱいあるのにね」
居酒屋とラブホテルもね。
と、そんな話をいつもしている。
でも私は、そんなこの町も好きなのだ。
春には桜満開の公園で、夏には近所のファミレスで、秋は紅葉をバックに、冬はこたつを囲んで。
特別なことは何もないけれど、友達とおしゃべりして、景色に心を奪われて、そういう時間が私は好き。
「なぁ」
「ん?」
「お前は進路どうすんの?」
彼との帰り道、いつもこの河川敷で少しおしゃべりしてからバイバイする。
桜の木があっちからこっちまで並んでいて、どの桜も満開、私のお気に入りの場所。
「私は、どーしようかなぁ、、、まだ考え中」
「まだ考え中か」
「ゆうちゃんは東京行くんかな」
「ゆうこはお前と東京の大学行くって言ってたぞ」
「え!?」
「よっちと一緒に東京行くからさ、悪けどタニシはお留守番してて~って」
「えぇ、、、そんな話してないんだけどなぁ、、、」
「二人で東大受けてくるから応援してて、とも言ってたな」
「行く大学まで決めてるんだ、、、」
「ゆうこに東大は無理だろって言っといた」
「いや私だって無理だから」
「ははは、そうか」
そうか、じゃないよ。
なんかいろいろ勝手に決められているなぁ、、、。
「タニくんはもう決まってるの?」
「俺は親父の工場入れさせてもらえんかなと思ってる」
「あ、そっか」
「親父には大学行けって言われてるけどな」
「一緒に行く?」
「俺は東大なんか受けれんよ」
「いや私も無理だって」
「ははは、そうか」
そうか、じゃないって。
でもまぁ、そうか。
「じゃあタニくんはここに残るんだね」
「うん、この町からは出ないよ」
「そっか」
二人とももう進路が決まっているんだ。
私は、どうしよう。
少しだけ焦る。
あと、少しだけ寂しい。
「俺は、この町が好きだから」
「うん」
「お前も、この町にいたらいい」
「え?」
「お前はいつもボケっとしてるから、東京じゃうまく生きていけんよ」
「、、、」
まぁ、そうかもしれない。
「お前にはこの町が似合ってる」
「それは悪口?」
「ははは、そうかも」
おい。
「お前みたいなボケっとした奴は、あの川の水みたいにゆったり進むのがいい」
それも悪口かな。
私は彼の言葉を待った。
「でかい川に運んでもらって、ボケっと景色眺めてればそのうちゴールにたどり着くから」
「私は川の水か~」
「石っていうほど頑固じゃない」
「花とかがいいな」
「すぐ枯れるぞ」
「確かに」
「ははは、ゆうこは風で俺は木だな」
うーん、わからなくない。
「都会の川は複雑で細くて、ゴールにたどり着ける奴はたぶんほとんどいないよ。お前はここでボケっとしてたらいい。そうしたらそのうち、花が咲く」
「うーん、難しいな」
「ははは、そうか」
そう言うと彼は立ち上がった。
気付けばずいぶんと時間が経っていて、辺りは暗くなってきていた。
彼の家は川の向こう、私の家はもうすぐそこだから、ここでバイバイ。
「ねぇ、タニくん」
「ん?」
「私も、この町が好きだよ」
「ははは、そうか」
沈みかけの夕日に照らされた川。
風に揺れる桜の木、散っていく桜の花。
自転車に跨って、はははと笑う彼の横顔。
全部、私の好きなもの。
次の桜が咲くころには、この河川敷が桜に覆われるころには、私たちは別々の道に進まなきゃいけなくなるんだ。
特別じゃないと思っていたすべてが、特別だったと感じてしまうようになるのだろう。
少し寂しくて怖いけれど、特別だったんだと懐かしむ私の隣に、あの二人が居てくれればいいなと思う。
「お前はボケっとしてるから」
「やっぱ田舎くさいなぁ」
そんな風に笑いあえる未来がくればいいなと、そう思う。
その時まで私は、私の好きなものを好きでい続けよう。
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