暗闇に沈んだ街、唯一の救いに見える自販機の光。しかし、その光こそが「終わり」への入り口だとしたら――。
本作『誘蛾灯』は、本来ならば安心の象徴であるはずの明るさを、闇そのものよりも恐ろしい「毒」として描き出します。
最上の美しい所作で読者を奈落へと誘うホラーの名手、二ノ前はじめ氏の静謐な筆致から立ち上る、日常を侵食する恐怖が際立つ傑作です。
得体の知れないナニカから逃げてきた主人公の前に現れたのは、刺青の男と、文明の残滓。喉を鳴らして飲み物を飲み干す男の姿に、読者は一時の安堵を覚えるかもしれません。しかし、読み進めるうちに気付くはずです。足元に転がる不自然な空き缶の数、そして、光の縁で蠢く「ナニカ」の正体に。
「座りなよ。ここは安全だから」
その甘い誘い文句が、これほどまでに残酷で不気味に響く物語が他にあるでしょうか。喉を潤すこと、足を止めること……生身の人間なら当然抱く本能的な欲求が、この世界では致命的な「罠」として牙を剥きます。
出口のない闇を駆け抜ける疾走感と、一歩間違えれば「光という名の檻」に囚われてしまう緊迫感。読み終えた後、夜道で見かける自販機の明かりが、いつもとは違う毒々しい色に見えてしまうはずです。
――それはそうと……そこの貴方、お飲み物はいかが?
これは似たような経験がある(レビュワーの解釈だが……)
何かの合宿だったか、地方の山中で一夜を明かすことになり、
そこは山の中。街灯もまばらで道もろくすっぽ整備されてないような場所で、
私は一人になりたくて合宿所から出て行った。
そしたら本当に真っ暗で、帰ろうにも自分がいた場所も方向もわからず、
今思えばあの時、思いがけず遭難したのだと思う。
助けを求めようにも、現在の自分の場所さえわからず、暗闇の中でこれはもうダメかと思ったら……
そこに自販機があったのだ。
なぜか心底安心した記憶がある。財布も持ってなかったので、買うものもなかったが、
虫のようにその灯りに引き寄せられて、私は一夜を明かした。そんな思い出だ。
マクラが長くなった。
さて、二ノ前先生の作品といえば余白の美しさだ。
今回も、全ては語っておらず、何が何やらわからぬ理不尽で不条理な世界に叩きととされることになる。
ルールは一つわかっている。明るい場所にいれば安全であること。
人は進ことを諦めたら、やがて暗闇の世界の人間となる
まるで何かを揶揄する表現だが、今回はこの言葉が妙に心に刺さった。
ニノ前先生の作品はいつも、想像力を掻き立ててくれる。
本当に自由度の高いRPGを遊んでいるかのごとき経験をくれるのだ。
その世界の、余韻を楽しむもよし、
考察に勤しむもよし、自分ならどうするだろう? と想像してみるもよし。
それはもちろん、説明不足であるとか、文章力の欠如などではなく、
ゲームマスターであるニノ前先生の進行が優れているからに他ならないのである。
重たくも、希望を感じるこの没入感。
ぜひ、ご一読を。