変身願望――名付けする男性と上書きする女性の狭間。


 主人公の男性は職場で「便利屋」扱いされていた。虚しくはあるが、彼には断る理由がなかった。
 時間と若さを持て余していた。

 ある日、一時の気の迷いから、彼は女性服を着てみることにした。不安ではあったが、幸か不幸か女装は受け入れられた。
 
 その日から彼は「変身」を遂げてゆく。
 


 この作品はアイデンティティと変身願望をうまく表現されているように感じられた。

 変身願望は現在の自分の立ち位置に不満がなければ起こらない。見栄えを別人に変える「女装」という手段は変身でもある。

 変身、生まれ変わりと聞くと、ポジティブな要素が強そうだが、この作品にはそれ以前、つまり今の自分が消失するかもしれないという不安がかなり色濃く描かれている。

 それもまた、女装に順応するに従い、彼は「今までの自分を失ったとして、本当に惜しむほどのものか?」という感覚に変わっていく。この転換がとても綺麗に描かれている。



 まったくの余談ではあるが、恋愛の捉え方において「男性は(各恋愛を)名前をつけて保存、女性は(自分の恋愛を)上書き保存する」と言われている。

 恋愛といいつつも、実際は過去(思い出)全般に対する考え方にも、変身に対する捉え方にも通じてきそうだとも感じられた。