5話
「由利…なのか?」
甘いその匂いに対して、俺は問い掛ける。姿が見えない何かに。
「は? 何言ってんの?」
腕にしがみ付いたままの赤道の声を無視する。それどころじゃねーから、黙ってろよ。
浮かぶ葉に触れて聞こえた由利の声。俺がこの声を聞き間違える筈のない。
「由利! いるのか? ここにいるのか⁉︎」
触れた手を離さぬまま、叫ぶ。通行人に怪訝な顔をされても知るかと訊ねる。
すると、
「うん。そうだよ」
返事が響く。由利の声で。姿はないが、確かに由利の声でそう聞こえた。幻聴でもない。
その証拠に、赤道が「え?」と驚いた声音を漏らしていた。
いる。俺の目の前にいる!
俺は腕を掴んでいる赤道を強引に離し、目の前の何か……見えない由利を抱き締める。ようやく見つけられた事に安堵して。離した衝撃で、尻餅を付く赤道を気にもせず。
「痛い」
「おっと、悪い。強くし過ぎた」
嬉し過ぎて、強く抱き締める手を緩める。手を離さなかったのは、また見つけられなくなりそうだったから。
「何してんのあの人?」
「変な人達だね?」
何かのアニメグッズを持って歩く女性たちが、俺を笑う。そういえばアリーナで何かライブやってたらしいが、それのグッズか?
しかし、そんな事はどうでもいい。今は由利と話す事が優先だから、由利に気になっている事を訊く事を。
「何で声だけなんだ? これって、マジックか何か?」
「違う。グミ食べたら、体消えた」
「?」
俺が首を傾げると、由利は説明してくれた。家の近くにある駄菓子屋で、それを買って食べたらそうなったと。
にわかには信じられない話だが、眼前の由利は外見が無くなっている。嘘は言ってないのだろう。
「自分の見た目が……嫌だったの。赤道さんや、色んな人に笑われるこんな見た目、無くなった方が良いって。だから、私はそのグミを買ったの。嘘でも良いから、私なんか消えてくれって」
その説明に、赤道を睨む。こいつのせいで、由利にこんな辛い思いをさせやがって。それと
「お前、今の話知ってたか?」
アスファルトに尻を置いたままの赤道に見下ろしながら問い掛けると、そいつは馬鹿みたいな顔のまま首を横に振った。
「グミ? 意味分かんないわよ」
「何も知らない? それは、何も知らないのに由利の事知ってるって俺を騙したのか?」
「⁉︎ そ、それは……その……えっと」
口籠る赤道。やっぱり騙してやがったんだな。嘘言って、俺をお前の彼氏にさせやがったんだな。絶対許さ……。
「それと、さ。うるまに謝りたい」
赤道に向けていた殺意の感情が由利の声によって少し抑えられ、目線を彼女がいるであろう目の前に戻す。その由利の声は、若干震えているに感じられた。
「謝りたい?」
「うん。私が勝手にいなくなって、うるまからの告白何回も曖昧にしたまま消えて。愛想尽かされるの当たり前だよね?」
「いやいや、由利に愛想なんか尽かす訳ねーって。気にすんな」
「嘘だよ。だって、赤道さんと付き合ってるんでしょ? 赤道さんと一緒にいるのってそういう事でしょ?」
決して大きな声ではないが、まるで叫んでいるかのように言う由利。
確かに赤道と付き合っている。
が、それは由利の居場所を知りたかったら彼氏になれとしょうがなく彼氏になった。本当の意味で付き合ってない。赤道が何も知らないと解った今、もう彼氏になる必要もないのだが。
それを説明すると、「本当?」と可愛く上目遣いが想像出来る声で訊き返される。
「ああ。信じてほしい。俺は由利以外好きにならんし」
よく考えたらクズ男っぽい発言な気もするするが、下手な言い訳するよりはマシだろう。
「……そうなんだ。ごめんね、感情的になって」
それが功を成したのか、何とか信じてくれた。やっぱ、何でも正直に言うのが大事だ。
「だから、謝んなくて良いって。それより、帰ろうぜ? 由利のお父さんとお母さん心配してたぜ?」
「……怒られるかな?」
「まぁ、それは覚悟しといた方が良いかもな?」
俺は由利の手がありそうな所を掴み、一緒に歩き出す。そういえばさっき色めいた声を出してが、俺がさっき触っていたのって……。
「ちょっと待ちなさいよ!」
数歩足を進めた刹那、元いた場所から赤道の叫び声がして振り返る。もう要はないだろ。
「何でそいつを選ぶのよ! あたしの方が可愛いのに! あたしを否定しないでよ!」
否定? 何を言ってんだあいつ?
それに「あたし」の方が可愛い? ふざけた事言ってんなよ。さっき通行人に「変な人達」って言われたの忘れたのか? なら、思い出させてやるか。
「なあ、赤道。メイク途中までしか治ってねーぞ?」
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