4話
姿が見えなくなって、私は自由になった。
誰に見られても……ううん。見られないからこそ見た目を笑う人はいない。外を歩いても、指を指される事もない。
「幸せ」
嬉しくてつい漏れ出しちゃった声に、通りすがりの二人組のおばあさん達が「今、何か聞こえんかった?」「いや、何も」「私だけに聞こえた。あっちの世界からのお誘いかの?」と笑っていた。ちょっと悪い事したかもと、下手に口を開かないように気を付ける事にしないと。
「はるー! こっち向いてー!」
地元にあるバスケチームのホームアリーナで開催されている男性声優ライブ。たくさんの女の子達に混じって、私は推しの声優さんに声を届ける。
透明になる前は、外見のせいで声優さんのイベントに行くのを諦めていた。けど、今は私の見た目を誰も気にしない。何も気にせず、応援出来るのって幸せ。
お金も払わず、勝手にお客さんとして入ったのは申し訳なさもあるけど。
ライブが終わり興奮冷めやらないファンに混じって外に出て、夕焼けに照らされながら推しの声優に会えた余韻に浸る。生で見れるなんて、思ってなかったし。
……本当に、この体になって良かっ……。
「ひゃー! 寒い! 前髪セットしたのに」
「じゃあ、どっかのトイレで直して来い。由利の事教えないなら、俺、帰って良いよな?」
あのグミに感謝した刹那、服屋から男女二人が現れる。
私を好きだって言ってくれる、うるまと。
私に絡んでくる、赤道さんが。
何で一緒に? と思った。
あの二人って付き合ってるの? とも嫌な想像もした。
……。
……、ああ、そっか。
私がうるまの告白を曖昧なままにしたから。その状態のまま私が勝手に消えたから、別の子と付き合ったんだ。
そうだよね。こんな我儘な私は、愛想を尽かされて当然だよね。
ついさっきまでのライブの幸福感がなくなり、大事な物をなくしたような喪失感が襲う。
ああ、私は何て事をしたんだろう。自分の外見を無くす事を優先して、本当に大切な人から呆れられて。他の人と付き合うのは当たり前だよ。
……。
……でも。赤道さんだけは嫌。
毎日私を苛めてくる赤道さんに、私の好きな男の子を奪われるのだけは受け入れたくない。
だから、
ちょっと、嫌がらせしよう。
そう思い至り、私は赤道さんが入った店に入る。別のお客さんが開けた自動ドアを、一緒に歩いて。
トイレでの私の行動に、赤道さんが慌てて飛び出す。
逃げた瞬間は確かにスッキリした。いつもと逆の立場になれて。
なのに、すぐに虚しくなった。こんな事をしても、うるまと赤道さんが別れるとは限らないのに。
「何してるんだろ、私」
誰もいなくなった女子トイレで呟く。こんな意味のない事する自分に嫌気がする。
なら、意味のある事は何か? 私が今、本当にやらないといけないのは……。
そう逡巡している最中、見覚えのある化粧品が視界に入る。
赤道さんがポーチから何個か落としたメイク道具。
透明の小さな瓶に入った、りんごの香水が。
「……」
赤道さんが元々持っていたのか、うるまがプレゼントしたのか判らない。
けど、そんな事を私なんかが気にしてはいけない。
私がやらなくちゃいけない事は、この香水を使って……。
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