3話
とあるイベント会場。
約一万人を収容出来るその屋内で、男性声優達のライブが行われていた。
「すばるー! ラップ格好いい!」
「はやみさんも凄いー!」
ラップを題材にした男性アイドルアニメ。その作中の中に出て来る曲を舞台上で歌唱する十人以上の声優達に、多くの女性客から黄色い声が浴びせる。一割しかいない男性客も負けじと叫ぶが、女子の圧倒的な数に声は掻き消された。
「キャー! 今目が合った!」
「いやいや、それ私に合ったんだっ……痛て。すみません」
興奮しながらも、隣の人にぶつかった事に謝る女子。しかし、歓声の中で隣の女は気付かず声援を送っている。そもそも、謝罪した彼女からは、どこも触れられていないのだから気付きようがない。
謝罪した彼女が触れたのは、見えない別の人物だったのだから。
*
「早く、由利の居場所教えろ」
「まぁ、それは後で良いじゃん。今はあたしに似合う服選んでよ? 彼氏でしょ?」
二つの服を見せながら言う赤道に、俺は舌打ちで返す。仕方なく彼氏になってるだけだし。
日曜の夕方。全国チェーンの服屋で、俺は赤道の服選びに付き合わされている。
『由利ちゃんの事知りたかったら、あたしの彼氏になってよ?』
赤道が放った発言。嘘か本当かは知らないが、由利の捜索の手掛かりになるかもしれないので、仕方なく彼氏になってる。
だが、もし嘘だったら、絶対赤道を許さない。
「服なんてテキトーで良いだろ。どっちも似合わねーんだから好きなの選べよ? そんで、とっとと由利の居場所教えろ?」
「え? あたしの好きな服選んで良いの? 向君、優しいね」
嫌味の発言を気にする事なく、赤道は笑みを浮かべる。どう言えば、伝わるんだよ。
その後、赤道は服を何着か購入して(もちろん、俺は金を出してない)、俺達は店を出る。
外に出ると強い風が吹いていて、多くの紅葉が宙を舞っている。若干寒さも感じる。
「ひゃー! 寒い! 前髪セットしたのに」
「じゃあ、どっかのトイレで直して来い。由利の事教えないなら、俺、帰って良いよな?」
ズボンのポケットからりんご味の飴玉を取り出し、包みを剥がして口に入れて言う。ストレス解消には、これが良い。
「うん。そうするわ。 あと、帰ったら由利ちゃんの事教えないから」
そう言って服が入っている大量の紙袋を強引に俺に渡し、また服屋に入店して化粧室へと向かう赤道。
その姿を見ながら、そして一向に何も情報を与えない嘘の彼女に対して、俺は飴玉を歯で噛み砕いた。
*
どうしてあたしを愛してくれないのよ!
トイレの個室の中で、口に出す代わりに壁を叩く。隣に誰かいるかしれないけど、気にもせず。
お洒落して可愛い服着て来たのに。どんなに嫌な顔されても、笑顔で返してるのに何であたしを否定するの? いい加減にして。
あたしはため息を出し、トイレの水を流して個室を出る。
そして、蛇口で手を洗って顔を目の前の鏡で見る。
「メイク落ちてんじゃん」
鏡のあたしの顔は、不細工とまではいかないけど、酷い表情を写している。きっと、このメイクが落ちたせいで、向君はあたしを愛してくれないんだと言い聞かせて、ポーチから化粧品を取り出して顔を直す。
ガチャリ。
その際、背後の個室から鍵を開ける音がし、この洗面台に向かって来る足音が聞こえる。
しかし、その音は何だか靴っぽくなくて、まるで裸足でペタペタと歩いているような違和感があった。
友達に靴でも隠されたのかしら? よっぽど不細工な子なのね。可哀想。
近づくその音に憐れみながら眉毛を描いていたけど、あたしはその手を止める。
足音が消えたと同時に、隣の蛇口が流れたから。
誰の姿もないのに、一人でに。
「……え?」
突然流れ出した水に驚いて声が漏れ出たけど、またすぐに驚愕する事になる。
流れた水流は直線ではなく、飛沫を撒き散らしている。誰もいないのに、手を洗っているみたいに。
あたしは怖くなり、急いでメイク道具をポーチにしまってトイレから出て走る。彼氏がいる外に向かって。
*
「……何慌ててんだよ?」
店から出て来るなり、俺の腕を掴んで来た赤道。何故か手を震わせて。
「トイレに……何かヤバいのが」
知らねーよと苛立ちながら言おうとした刹那、また強い風が吹いて意味の解らない事が起こった。
その風で葉が当然アスファルトに落ちるのだが、数枚の紅葉が何故か空中で止まっている。何もない筈なのに、何かの壁にぶつかったように。甘いりんごのような香りと共に。
だが、この香りはついさっきまで舐めていた飴玉の匂いではない。そして、俺はこの香りを知っている。
由利にプレゼントした、りんごの香水の匂いを。
そこには誰もいない。なら、目の前に浮く葉っぱは何だと俺は手を伸ばす。
すると、何か柔らかい感触と「……んっ」と色めいた声が聞こえた。
俺の好きな子の声で。
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