第4話:悪い先輩には——おしおき、しなきゃ、ね?💞

 ハクアの腕の中で、身動きが取れなかった。

 白狼獣人の筋力は、見た目以上に強い。俺はそれなりに鍛えているが、ハクアに本気で抱きしめられると、指一本動かせない。


「ハクア、落ち着け——」

「やだー。おちつかないー」


 甘い声。幼い声。だが、腕の力は甘くも幼くもない。


「せんぱい、今日ね、わたし以外の女の子に囲まれてたでしょ」

「ファンクラブの子たちか? あれは向こうから——」

「たのしそうだったー」

「楽しくない。取り調べだった」

「うそー。せんぱい、笑ってたもん」


 俺の胸に顔を埋めたまま、ハクアがすんすんと鼻を鳴らしている。


「……他のメスのにおいが、する」


 声のトーンが落ちた。幼い口調のまま、中身だけが重くなった。


「せんぱいはわたしのなのに。わたしだけのせんぱいなのに」


 腕の力がさらに強くなる。


「なんでほかの女の子のにおいつけてくるのー。やだやだやだー」


 駄々をねている。だが、白狼獣人の駄々は物理的に危険だ。


「ハクア、聞いてくれ。俺はあの子たちと何もないし——」

「やだー」

「お前にしか興味ないって。だから——」

「ほんとー?」

「本当」

「じゃあ、におい消してー」


 ——何の匂いだよ。俺には分からない。


「ハクア、あのな——」


 頭を撫でた。白い髪の感触。耳の付け根を軽く掻いてやる。ハクアの体がぴくりと震えて、少しだけ力が緩んだ。


「お前は賢い子だから、わかってくれるだろ?」


 なだめるつもりだった。いつもこうすれば落ち着く。頭を撫でて、褒めて、安心させれば、ハクアは機嫌を直してくれる。

 ハクアの体から、力が抜けた。


「……せんぱいが、そう言うなら」


 顔を上げた。蒼い瞳がうるうると潤んでいる。


「わかった」


 安堵した。よかった。わかってくれた——


「こっちのわたしは、ね」


 ——は?

 声が、変わった。

 甘くて幼い声が消えた。代わりに——低く、澄んだ、氷のような声。


「僕は、納得してないよ?」


 王子様モード。

 だが、いつもの王子様とは違う。クールビューティの仮面の下に、灼熱の怒りが燃えている。

 俺の肩を掴まれた。白狼獣人の腕力で、教卓の上に仰向けに押し倒された。


 ハクアが覆いかぶさっている。白い髪が垂れて、カーテンのように視界を塞ぐ。蒼い瞳が、至近距離から俺を見下ろしている。

 王子様の目。だが、そこに浮かんでいるのは——飢えだった。

 指先が俺のネクタイを掴んだ。ゆっくりと引き抜く。


「僕は——先輩のことが、好きなんだ。甘えたいんじゃない。欲しいんだよ。先輩の全部が」


 ハクアの手がシャツの襟元にかかる。


「他の女の子に囲まれて、笑ってて。肩叩かれて、匂いつけられて。僕がどんな気持ちだったか、君にわかる?」


 ボタンが一つ外れた。


「僕が、泣いて駄々をねることしかできない、弱っちい狼だと、思ってた?」


 二つ目のボタン。ハクアの指は震えていない。冷静だった。冷静に、一つずつ、俺の防壁を剥がしていく。


「先輩、知ってる? 狼が本気で怒った時、吠えないんだよ。静かに——獲物の喉元に、噛みつくの」


 三つ目のボタン。シャツが開かれていく。ハクアの視線が俺の素肌をなぞった。鎖骨から胸元を、蒼い瞳が這うように辿る。


「悪い先輩には——」


 ハクアが微笑んだ。王子様の微笑ほほえみ。完璧で、冷たくて、美しい。その唇が、俺の耳元に近づく。


「——おしおき、しなきゃ、ね?💞」


 唇が耳たぶに触れた。噛まれた。甘く。痛くない程度に。だが——逃げられないことだけは、はっきりとわかった。


 それから——

 ハクアは二つのモードを交互に使った。


 幼児退行モードで「せんぱい、やだ、こわい、でもとまらないの」と泣きそうな声で囁きながら、俺の首筋に顔を埋める。

 王子様モードで「先輩、今夜は帰さないよ」と冷たく宣告しながら、俺の腰に脚を絡める。


 甘えと支配が交互に来る。幼い声で「せんぱいだいすき」と言った次の瞬間に、低い声で「全部、僕のものだから」と耳元で囁かれる。翻弄される。どちらのハクアも本物で、どちらのハクアも俺を求めている。


 抗えなかった。体格差。筋力差。そして——ハクアの二つの顔の、どちらにも俺は弱かった。


 最後の瞬間。


 ハクアの脚が俺の腰を強く挟んだ。離さない。白狼獣人の脚力で固定されて、一ミリも動けない。


「にげちゃ、だめ——」


 幼い声だった。泣きそうな声だった。甘えん坊の、幼い妹の声。


「せんぱいの、ぜんぶ、ちょうだい——」


 次の瞬間、声が切り替わった。


「——全部、僕の中に」


 王子様の声。命令の声。

 拒絶する暇もなかった。ハクアの腕と脚に包まれて、白い髪と白い尻尾に絡め取られて、蒼い瞳に見つめられたまま——全部、奪われた。



 夕日が沈んだ空き教室で、俺は教卓の上に仰向けのまま動けなかった。

 ハクアが俺の胸の上に頬を乗せている。幼児退行モード。尻尾がゆるゆると揺れている。耳がぺたんと寝ている。満足しきった顔。


「せんぱい……」


 甘い声。目は閉じかけている。


「もう、他のメスのにおい、しないね……せんぱいから、わたしのにおいしか、しない」


 嬉しそうだった。心の底から、幸せそうだった。

 俺は天井を見つめたまま、ハクアの白い髪を撫でていた。


 ポケットの中に、空き教室の鍵がある。いつハクアがそこに入れたのか、覚えていない。

 鍵をかけたのはハクアだ。だが鍵を持っているのは俺だ。


 つまり——出ようと思えば出られる。いつでも。


 それでも動かないのは。


 動けないのではなく、動く気がないのだと——認めるのが、少しだけ怖かった。



 * * *



 読んでいただきありがとうございます。

 【俺にだけ愛が重すぎる獣人娘ちゃんとラブコメするシリーズ】、第十四弾は白狼娘のハクアでした。

 続編・過去作もありますので、よろしければ作者ページから引き続きお楽しみください。


《作者の他作品》(5/15:新作投稿開始したので追記)

(新作)https://kakuyomu.jp/works/2912051599816003787

「魔王死すともヤンデレ死せず、次元の果てまでついてくる ~弟に裏切られ暗殺された魔王ですが、来世にワンチャン賭けて転生したら、部下の激重ヤンデレ美少女たちが転生先で待ち構えていたんだが~」


5/15投稿開始。

忠誠心高めのオオカミ獣人ちゃんと姉を自称するタイプの竜人ちゃんとツンデレ卑しい系勇者ちゃんが出てくるラブコメ系異世界ファンタジー

全員ヤンデレです


https://kakuyomu.jp/works/822139846296307000

「ブレイズブラッド・インハーリット ~教え子を庇って死んだ最強術式師、転生して彼女の部下になったら——まだ俺の死を引きずっていた~」


本作と同じく主人公に激重感情を持つヒロインがメインの転生系ファンタジー

本作が面白いと思って頂けた方であれば間違いなく刺さる内容となっています

自信作ですので、ぜひご一読いただけると嬉しいです


https://kakuyomu.jp/works/2912051599226377259

「冤罪で投獄されて一年、隣に冤罪で捕まったサキュバスがやってきた ~脱獄して、復讐して、俺たちは人生を取り戻す~」


完結済。

復讐、ざまぁ展開ありの中世風ファンタジー。純愛×ハッピーエンドです。


https://kakuyomu.jp/works/2912051597892263926

指揮官コンダクターのお仕事は、愛情激重な魔法少女のメンタルケア係でした 〜魔法少女は「指揮官への“愛”」と「指揮官への“依存”」で強くなる〜」


完結済。綺麗にまとまっていて読みやすい作品だと思いますので、こちらもどうぞ

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学園の王子様なクール系白狼獣人ちゃんが、俺だけにはヘソ天幼児退行モードで甘え倒してくる。ついでに監禁される。【俺にだけ愛が重すぎる獣人娘ちゃんとラブコメするシリーズ⑭(全4話) 黒鉄の蓮根術師 @yyyyyyyy12

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