第3話:せんぱいを——監禁するの!

 文化祭が近い。

 放課後、教室を出ようとしたら、廊下で待ち伏せされていた。ハクアのファンクラブ——正式名称「白狼騎士団」——を自称する後輩の女子たちだ。


「先輩! お時間いいですかっ」

「あ、はい……」


 逃げる暇もなく、近くの教室に連行された。テーブルの上にノートとペンが並んでいる。録音用のスマホまである。取り調べの体制だった。


「文化祭の頒布資料はんぷしりょうに、ハクア様の特集を組みたいんです!」

「それで、ハクア様と親しい先輩に色々お聞きしたくて!」


 目が爛々らんらんと輝いている。ファンの熱意は怖い。


「ハクア様の好きな食べ物は?」

「肉全般。特に焼肉が好きって言ってたな。タン塩から始める派らしい」

「おおー! ハクア様の趣味は?」

「散歩。朝早い時間に、人がいない道を歩くのが好きだって言ってた」

「へぇー! 先輩、ちゃんと知ってるじゃないですかー!」

「まあ、それくらいは」

「じゃあ、ハクア様って休日は何してるんですか?」

「……知らない」

「えっ、急に知らなくなった」

「プライベートのことはあんまり聞かないし」

「じゃあじゃあ、ハクア様の好きなタイプは!?」

「知らない」

「先輩! そこが一番大事なのにー!」


 知らない、というのは嘘ではない。ハクアの恋愛事情は聞いたことがない。——ただ、幼児退行モードのハクアが毎日「せんぱいだいすきー」と抱きついてくることが「好きなタイプ」の答えなのだとしたら、それは絶対に言えない。


「先輩、仲良いのに肝心なこと知らないんですねー」


 仲が良い、というのとも違う。二人きりの時のハクアは俺の腹の上でヘソ天して「せんぱいのにおい好きー」と言っている生き物であって、プライベートを語り合うような関係ではない。もちろん事実は言えない。言ったら白狼騎士団に消される。


「じゃあ、先輩から見たハクア様の魅力を教えてください!」

「魅力……」

「どんなところが素敵ですか!?」

「まあ、その……かっこいいし、面倒見いいし——」

「キュンとしたエピソードとかないですかー?」


 ある。ありすぎる。ヘソ天で腹を撫でろとねだってくる話とか、耳の付け根を掻いたら喉を鳴らす話とか。全部言えない。


「それって、先輩だけに見せる顔とかあったりしますー?」


 心臓が跳ねた、が、顔には出さない。


「……ないよ。ハクアは誰に対しても同じだろ」

「えー、そうかなー。ハクア様って先輩の前だと——」

「——やあ」


 声が割り込んだ。低く、澄んだ声。

 教室の入口に、ハクアが立っていた。王子様モード全開。壁に肩を預けて、腕を組んで、クールに微笑んでいる。絵画のように完成された立ち姿。白狼騎士団が一斉に「ハクア様ーっ!」と歓声を上げた。


「聞いたよ。文化祭の特集だっけ、嬉しいな」


 微笑ほほえんでいる。声は穏やかだ。だが——俺は気づいていた。尻尾が揺れていない。ハクアの尻尾は感情に正直だ。嬉しい時はぶんぶん振れるし、不機嫌な時は逆立つ。今は——完全に静止している。感情を殺している。


 さらに、耳の角度。いつもよりほんの少しだけ後ろに倒れている。怒りを堪えている時の角度だ。半年の付き合いで、俺はハクアの耳と尻尾の言語を読めるようになっていた。


「質問には、あとで僕が答えてあげるから、ね?」


 声は穏やかだ。だが有無を言わさない響きがある。ファンクラブの子たちが「わあ、ありがとうございます!」と歓声を上げた。

 ハクアが俺の手を取った。握る力が強い。白狼獣人の握力が、手のひらに食い込んでいる。表面上は穏やかな微笑ほほえみ。だが手のひらの温度が高い。興奮している。あるいは——怒っている。


「先輩、借りてくよ」


 ファンクラブの子たちに振り返って、完璧な王子様の笑顔。


「あ、それとー、先輩のこと取材するのは構わないけど」


 声のトーンが一段下がった。表情はそのままで。


「あんまり先輩に触らないでね。——先輩、くすぐったいの苦手だから」


 さっきのボディタッチを見ていた。間違いない。肩を叩いた子が「あっ、すみませんでした」と慌てて頭を下げた。ハクアは「気にしないで」と微笑んだ。

 手を引いて、教室を出た。廊下を歩く。ハクアの歩幅が速い。いつもより大股だ。すれ違う生徒がいる時だけ、歩調を落としてクールな笑みを取りつくろう。人がいなくなると、また大股になる。尻尾が小刻みに震えている。不機嫌を必死に抑えている。


 北棟に入ると人影がなくなった。ハクアの歩く速度がさらに上がった。もはや早歩きではなく、小走りだ。手を引く力がどんどん強くなる。

 北棟三階。空き教室。ハクアが鍵を開けて、俺を中に引き込んだ。ドアが閉まる。


 ——ぱちん。

 鍵が閉まった。ハクアが鍵を自分のポケットにしまった。

 振り返ったハクアの耳がぺたんと倒れた。瞳がうるうると潤む。尻尾がぶんっと揺れ始める。


 幼児退行モード、起動。


「せんぱいーっ!」


 飛びついてきた。いつも通り。胸に顔を埋めて、腕をぎゅうっと巻いて。

 ——安堵あんどした。いつものハクアだ。さっき廊下で感じた違和感は、気のせいだったのかもしれない。怒っているのかと思ったが、甘えモードに入っているなら大丈夫だ。


「せんぱい、今日はねー、いっぱいいっぱいなでなでしてほしいのー」

「はいはい。いっぱい撫でてやるから」

「やったー」


 白い髪を撫でる。耳の付け根を掻いてやる。くるる、と喉が鳴る。


 ほっとしていた。不機嫌なのかと思ったが——


「ねぇ、せんぱい」

「ん?」


 俺の胸に顔を埋めたまま、ハクアが呟いた。甘くて幼い声。いつもの声。


「わたしね、せんぱいを——監禁するの!」


 尻尾がぱたぱたと揺れている。楽しそうに。無邪気に。


「……はい?」

「かんきん! せんぱいを、ここから出さないのー!」


 両腕の力が強くなった。白狼獣人の腕力で抱きしめられると、身動きが取れない。


「ずーっとずーっと、わたしとせんぱいだけ。他の人は来ちゃダメー」


 甘い声だった。幼い声だった。

 なのに——言っている内容には、狂気が入り混じっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る