学園の王子様なクール系白狼獣人ちゃんが、俺だけにはヘソ天幼児退行モードで甘え倒してくる。ついでに監禁される。【俺にだけ愛が重すぎる獣人娘ちゃんとラブコメするシリーズ⑭(全4話)
第2話: 王子様は俺の前だけ泣く。俺の前だけ甘える。牙は——まだ見せない。
第2話: 王子様は俺の前だけ泣く。俺の前だけ甘える。牙は——まだ見せない。
ハクアと出会ったのは、一年前の春だった。
帰り道の裏通り。学校から少し離れた、人通りの少ない道。前方から声が聞こえた。
「ねえ、お茶でもどう? すぐそこにいいカフェがあるんだけど」
「結構です。急いでいますので」
低く澄んだ声。王子様モードのハクアだった。制服姿のハクアに、大学生くらいの男が二人、行く手を塞いでいる。ハクアは眉一つ動かさず、クールに対応している。
「そう冷たいこと言わないでさ。ちょっとだけ」
「お断りします」
「いいじゃん、ちょっとだけ——」
その瞬間、ハクアの体がびくりと震えた。
ぴんと立っていた耳がぺたんと倒れる。凛としていた瞳が揺れる。唇が震える。尻尾が脚の間に巻き込まれる。
「やっ——やだっ、はなしてっ——」
声が、変わっていた。低い王子様の声ではない。甘くて、幼くて、怯えた声。
王子様の仮面が、恐怖で剥がれたのだ。
——次の瞬間には、俺は走っていた。
「おい、離せよ」
男たちの間に割り込んだ。腕を掴んでいた男の手を振り払った。背後にハクアを庇う形になる。
男たちは数秒こちらを睨んだが、人通りのある大通りから声が聞こえたのを契機に、舌打ちして去っていった。
振り返ると、ハクアがその場にしゃがみ込んでいた。膝を抱えて、震えている。白い尻尾が脚に巻きついている。ふさふさの白い髪が揺れている。さっきまでの凛々しさが嘘みたいに、小さく見えた。
「大丈夫か?」
しゃがんで、目線を合わせた。ハクアの蒼い瞳が、涙で滲んでいた。
「こわ、かったっ……」
幼い声。小さな子供が怖い夢を見た後のような、そんな声。
この子は今——素の状態にいる。王子様の仮面を剥がされて、中身がむき出しになっている。
中身は——怖がりで、寂しがりで、誰かにくっついていたい、普通の女の子だった。
「もう大丈夫。あいつら、行ったから」
「……ほんと?」
ハクアの目が、まん丸になった。涙がぼろっとこぼれた。そのまま、俺の胸に顔を突っ込んできた。
「うえぇぇ……こわかったよぉ……」
泣いていた。学園の王子様が、路上で、見知らぬ先輩の胸で号泣していた。白い尻尾がぶるぶる震えている。俺の制服が涙でびしょ濡れになっていく。
——なのに、腕が回ってきた。ぎゅう、と。しがみつくように。離さないように。
それが、全ての始まりだった。
あれ以来、ハクアは俺の前でだけ「幼児退行モード」を発動するようになった。甘えていい相手として認識されたらしい。
翌日の放課後、校舎裏で偶然二人きりになった瞬間、ハクアは王子様の顔を脱ぎ捨てて「せんぱい!」と飛びついてきた。切り替えの速度に目眩がした。三秒前まで別の後輩に「頑張ってね」とクールに声をかけていた人間がこれだ。
以来、空き教室での密会が日課になった。
問題は——学校ではその関係を完璧に隠さなければならないことだ。
「先輩」
昼休み。廊下でハクアとすれ違った。王子様モード。声は低く、瞳はクール。すれ違いざまに小さく頷くだけ。
だが、すれ違う瞬間——俺の手に、ハクアの指先がほんの一瞬だけ触れた。わざとだ。
「せーんぱいっ」
小声の
早く放課後にならないかな——そう言っている指先だった。
「ハクア様と先輩って、仲いいんですかー?」
放課後。ハクアのファンを自認する後輩の女子三人に、取り囲まれた。
「いや、普通だけど」
「うそー、ハクア様って先輩にだけ挨拶する時ちょっと笑うんですよ。気づいてました?」
「……そうか?」
「気づいてないんだー。先輩、鈍感ですねー」
「そうです! あ、もしかして先輩、ハクア様をオトしちゃった系ですかー?」
きゃあきゃあ騒いでいる。一人が俺の肩をぽんと叩いた。
「先輩も隅に置けませんねっ!」
軽いボディタッチ。何気ない仕草だった。
——その瞬間。
廊下の向こうに立っていたハクアと目が合った。王子様モード。表情は微笑んでいる。いつものクールビューティ。
だが——瞳が、笑っていなかった。
蒼い目の奥に、稲妻のような鋭い光が走った。一瞬だけ。殺気——とは違う。もっと冷たくて、もっと粘着質な何か。俺の肩に触れた女子の手を、ピンポイントで射抜くような視線。
背筋が凍った。
次の瞬間には、ハクアはいつもの
——気のせいか?
三十分後。空き教室。二人きりになった瞬間、ハクアは幼児退行モードに切り替わって俺に飛びついてきた。いつもの「せんぱいーっ」だった。俺の胸に顔を埋めて、腕をぎゅうぎゅうに巻いて、尻尾をぶんぶん振って。
「せんぱい今日もいっぱい撫でてー。おなかもー」
無邪気だった。可愛かった。いつも通りの、甘えん坊の後輩だった。
——だけど。
さっきの目を思い出す。廊下で、女子が俺の肩に触れた瞬間の、あの目。
俺に無邪気に抱きついているこの子の——本性を、一瞬だけ見てしまった気がした。
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