夜市

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 月の無き夜、林大人は提灯を手に道を急いだ。

「ずいぶん遅くなってしまったなぁ」

 久しぶりに会った清国の商人と食事を共にしていたところ、話が弾んでしまい夜が更けたのも気付かなかった。相手は、このまま泊まっていくことを勧めたが、先に出立した部下たちが宿で待っているので断った。

 既にかなり歩いたつもりだが、灯りは見えなかった。

「おかしいな、道を間違えたか」

 不安に思っていたところ、ようやく前方に灯りが見えた。

 彼は速足でそちらに向かった。そして、近付くにつれ周囲は明るくなっていった。

 辿り着いたその場所は、屋台が並んでいて縁日のように賑わっていた。

「こんな真夜中に商売をしているなんて尋常じゃないな」

 林大人は不審に思いながらも惹きつけられるように屋台通りに入っていった。

 屋台に並べられたものは、骨董品のような古びたものばかりだった。

「ひょっとして冥界の入口に来たのか?」

 大人は不安になってきた。それでも歩き続けていると前方に人影が見えた。

「林大人ですね、主人が是非お会いしたいと申しております」

 人影は少女だった。手にした古びた提灯で前方を指しながら「さぁ、参りましょう」と促した、彼は迷うことなく少女に従った。

 まもなく立派な建物の前に着いた。

 門を潜り屋内に入ると別の女人が現われ、大人を案内した。

 通された大広間には、酒席が用意され座るよう促された。

「すぐに主人が参ります」

 女人はそう言うと部屋を出た。そして入れ替わるように美しく装った女性が侍女を伴って入って来た。

 彼女は大人の前に座ると丁寧にお辞儀をして、「ようこそいらっしゃいました」と言った。

「いったい、何故、このような…」

 大人が疑問を口にしようとすると

「実は林大人にお頼みしたいことがあるのですが、その前に」

と主人格の女性が応じ、同時に酒肴が運ばれて来た。

「まずは一杯」

と侍女が大人に酒を勧めた。

 大人が杯を口にすると爽やかな味がした。勧められるままに料理を食すとなかなかの美味だった。

 侍女たちは楽器を演奏し舞を見せてくれた。

 宴たけなわになった頃、主人はようやく本題に入った。

「林大人を見込んでのお願いです」

 こう言いながら彼女は、髪に挿していた簪を抜いて大人に手渡した。少し古風な型をしているが、手の込んだ上品な品であった。

「これを漢陽(ソウル)の…」

 彼女は届け先の住所と名前を告げた。その場所はこれから大人が訪問する先の近所だった。

「分かりました。必ずお渡し致します」

 簪を受け取った大人はそれを小振りの風呂敷に丁寧に包むと懐に入れた。

「これで心置きなく逝くことが出来ます」

 主人はこう言うと、彼女の姿はもちろんのこと、侍女たち、建物そのものも消えてしまった。大人は野原に一人残されてしまった。

「確かに屋台も建物もあったはずなのに」

 彼はがらんとした周囲を見まわした。夜が開け始め空は明るくなっていった。

「夢だったのか?」

 だが、懐には確かに簪があった。その時、

「大人、林大人!」

部下たちの呼ぶ声が聞こえた。

「ここにいる」

 彼は大声で応えた。


 部下たちと合流した大人は、都である漢陽に向かった。

 目的地に着くと彼はすぐに用事を済ませ、女主人が言った住所を訪ねた。

 そこは、かつて宮仕えしたこともある士大夫の屋敷だった。年老いた主人に簪を渡すと「これは二十年前行方不明になった娘の物だ」と涙を流しながら言った。

 大人が簪を入手するようになった経緯を話すと老主人はその地に行くと言った。


 数ヶ月後、大人のもとに老士大夫から手紙が届いた。それによると、大人が行った建物のあたりで埋められていた娘の遺体が見つかったそうである。既に長い歳月が経ったため犯人は残念ながら見つからなかったそうだ。

 遺体は手厚く葬り、日々、娘の冥福を祈っているとのことだった。

「彼女はやっと親元に戻ったのだな」

 大人も娘の冥福を祈るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜市 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ