ゲームをやらなくなった理由

荒川 蒼

第1話

私は子供の頃からゲームが好きだった。

幼稚園の頃にはすでに、時間さえあれば

画面の中の世界に没頭していた。

ゲームボーイ、スーパーファミコン、ニンテンドー64、プレイステーション、プレイステーション2――ハードが出るたびに胸を躍らせては、新しいゲームソフトを手に入れ、夢中で遊んでいた。二十歳になる頃までその生活は続いていた。



変化が訪れたのは、二十歳を過ぎた頃(プレイステーション3が出た年あたりか?)だったと記憶している。

ゲームが嫌いになったわけではない。

ただ、少しずつゲームと距離ができていた。

やってみたいと思って買ったソフトは、開封されないまま積み上がり「今じゃなくてもいいか」と思うことが増えた。


特に大きかったのは「始めるまでの面倒くささ」だ。ケーブルを繋ぎ、電源を入れ、ディスクをセットする。

たったそれだけの工程だが、なぜかやけに長く感じるようになっていった。

プレイが終わった後に片付けることまでセットで考えると、ますます腰が重くなっていた。

あれほど自然にできていたことが、いつの間にか手間に感じていってしまっていた。



社会人になり、やがて家族ができると、その距離はさらに広がった。

スマホアプリのゲームで時間を潰すことはあるが、それすらもある日ふっと冷めてしまい、気づけばアプリを削除している。

消費した時間はそれなりにあったはずなのに、何も残っていないような感覚すらある。



ゲームをする時間がまったくないわけではない。むしろ、探せばあるのかもしれない。

しかし、ゲームをすることにかかる時間、そして「この時間を別のことに使った方がいいのではないか」という罪悪感。

それらを天秤にかけた結果、

結局「やらない」という選択をしていた。


とはいえ、

ゲームへの情熱が消えたわけではない。

今でも新作の情報やリメイク作の情報を目にすればワクワクするし、面白そうだと思う気持ちは確かにある。ただ、それを実際にプレイするところまで気持ちが届かなくなっただけだ。


でも、今はこれでも良いかなと思っている。

そしていつか、今より歳を取って時間に余裕ができたときに、積み上がったままのゲーム達を一つずつ崩していく。そんな老後の楽しみを、ひそかに取っておくことにしよう。

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ゲームをやらなくなった理由 荒川 蒼 @arakawa_ao

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