眠れぬ夜のオジサンASMR
鳥尾巻
第1夜
深夜、なかなか眠れない「あなた」の枕元。 偶然「眠れぬ夜のオジサンASMR」という動画を見つけて、好奇心から耳を傾けてみることにした。白い羊の可愛い被り物をした二頭身オジサンのアバターが「あなた」を出迎えてくれる。
(SE:服がゴソゴソと擦れる音。マイクをトントンと軽く叩く音)
白羊オジサン(近・Right)
「(明るく張りのあるテナー・囁くように)……あ、もしもし? 聞こえてますか? ……え? 声がデカい? ……(さらに声を潜めて)えと、これくらい? これくらいですか?」
(SE︰ベッドが軋む音。ゴクッと水を飲む音)
白羊オジサン(近・Left)
「あー、緊張するね。いやね、あぁたが最近眠れないって言ってたからね。松木さんに相談したら『羊でも数えてやれ』って言うんですよ。あ、松木さんてボクの先輩ね。そんな情報どうでもいいか。あの人、簡単に言うけどねぇ、羊ですよ? ボカァそんなおまじないで眠れる人いるのかって言ったんですけど」
(SE:ガサゴソとシーツの擦れる音。遠くの方で何やら咎めるような声)
白羊オジサン(中央・R)
「しー、松木さん、静かにして。声入っちゃうから……まあ、ものは試しだよね。……んじゃ、数えるよ。いいかい、目を閉じて集中して」
(SE:ふぅ、と深呼吸する音)
白羊オジサン(中央・近)
「羊が一匹……羊が二匹……羊が三匹……」
(間・3秒)
白羊オジサン(やや遠・R)
「(ボヤキ気味に)……ねえ、今の羊、見た? ……ちょっと足短くなかった? いや、毛が多いのかな。ちょこちょこちょこって。毛玉みたい。一生懸命走っちゃってかわいいねえ。……ああ、また来た」
白羊オジサン(近・Lに移動しながら)
「羊が四匹……。あ、いまの五匹め、これ安田さんじゃないの? ……(笑いを堪えながら)……顔が安田さんだよ。あ、安田さんてここの大家さんね。ああ、これ。嫌だなぁ、寝室に安田さん流しちゃダメだよ。ごめん、くくく……」
(SE:ゴロゴロと転げまわるような音。軽く何かを叩くような音)
白羊オジサン(中央・近)
「……気を取り直して……羊が六匹……羊が七匹……羊が八匹……あー、腹減ってきたな。夜中だけどジンギスカン食べたくなってきた。若い頃は深夜飯いけたんだけどねえ。今はだめだわ。顔はパンパンになるし、足は豚足みたいになるしねえ。数えてんのは羊だけどね」
(SE:ベッドの軋む音。潜めた笑い声、床の上をドタバタと歩き回る複数の足音)
白羊オジサン(中央・やや遠)
「(急にドスの利いた低い声で)……おい松木、何笑ってんだ……腹を割って話そう」
(SE:間・5秒。そっとシーツを擦る音)
白羊オジサン(中央・近)
「(ひそひそと小声で)……ごめんなさいねえ。再開するよ。羊が……いま何匹だっけ? ああ、九匹ね。……羊が九匹……羊が十匹……」
(SE:時々水を飲む音。シーツが擦れる音。人が身動きする音が続く)
白羊オジサン(近・R)
「(しばらく順調に数えて)……羊が百匹……ねえ、いまの子妙に足速くなかった? なに急いでんの? どこ行くのあの子。……あ、また来た。羊が……111、112、113、114、115。……いや、多いよ! どんどん来るじゃない。一匹ずつ順番にお願いしますよ。大渋滞だよこれ! 羊のラッシュアワーだよ! 寝かせる気あるの!?」
(途中脱線しながらも、羊を数え続けるオジサン。あなたはくすくす笑いながらだんだん眠くなってくる)
(SE:遠くで雨音。毛布を掛け直す音)
白羊オジサン(中央・極至近距離)
「……あ、寝たかな? ……笑ってる? 笑えてるなら大丈夫だよ。(ふっと息を吐き、優しい地声で)……おやすみ。いい夢見なよ。 ……(極小声で)……あー、お腹空いた。豚足食べたい」
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