百合想
鐘ノ星小夜
のどかな森の奥深く。そこに聖レズビアン女学院はあった。
綾小路茉莉(あやのこうじ・まり)と平沼すずらん(ひらぬま・-)は同室の生徒だった。すずらんはベッドに腰掛けながら、茉莉に言った。
「お姉様。せっかく百合カップルなのに、なにも男女カップルのまねする必要ないとすずらんは思うの。せっかくかわいい女の子同士なのに、そうじゃないとできないつきあい方をしないと、もったいないと思わない?」
「かわいい女の子」の範疇に収まるとは思えない172㎝の長身に腰まで届くストレートの黒髪。暖かさを感じない陶磁のような白い肌。切れ長で彫りの深い容貌とそれに勝る線の細さ。和人形のように整った眉と薄い唇。女の子、女性、美人と言うよりも、芸術品というのがふさわしい容姿の茉莉は、すずらんに近寄りあごを取った。
「すずらん。いつも言ってるでしょう、わたくしのことは、お姉様では無く、茉莉と呼んで欲しいと」
「で、でも。お姉様の方がいろいろそれっぽいし」
「すずらん」
「あ、茉莉様」
「様もいらない」
「ま、まり」
「よろしい」
面倒なことが片づいたかのように、茉莉が息をついて肩を下ろした。そして、すずらんと並ぶように隣へ座り、ぺったりと体を寄せる。
「それで、なんでしたっけ? わたくしたちが、男女のように愛し合う必要は無いでしたかしら」
「そこまで言ってない! 百合カップルは、男女みたいにつきあう必要はないんじゃないってすずらんはいっただけなの」
「つきあうとは、愛し合うことじゃなくて? わたくしはすずらんとそういうものだと思っていたのだけれど」
「そうだけどそうじゃない! 茉莉の言い方はいちいち意味深なの!」
茉莉は不思議そうに首をかしげた。小柄なすずらんは床まで届かない足をじたんだを踏むようにジタバタした。
茉莉はまた不思議そうに首をかしげ、すずらんの肩に自分の頭をもたれさせた。振り回す腕を軽く抑えるようにつかまえて、顔を寄せてくる。ときおり薄目で瞳を見せながら、茉莉の目を閉じた端正な顔が、すずらんの視界いっぱいに広がってくる。
「ちょっ」
すずらんの声は発せられなかった。茉莉はまず、すずらんの小さくてふっくらとした下唇を、自分の唇でかむように挟んだ。そのまま、濡れて冷たい舌先で、一度なぞる。
そして解放すると、今度は上唇に同じことをする。驚きで固まったすずらんが、身体を引いて息をするために口を開けると、顔の角度を90°ずらして口全体でのキスをした。
まだ緊張して閉じているすずらんの歯を味見するかのように茉莉の舌先が舐め上げる。ときどきイタズラのようにすずらんの歯茎をくすぐる。漏れてくる吐息より熱くなった茉莉の舌が、すずらんの歯の上でのたうつ。
すずらんの体が観念したように脱力する。茉莉の舌がすずらんの歯をこじ開けて口内を蹂躙すると、強く抱きしめて、肺の空気を吸い尽くすようにディープキスされた。
すずらんは情愛の熱でぼうっとする脳みそを、正気にするために激しく頭を振り、逃げるようにベッドの上から飛び出した。
まだ足がガクガクして立てないすずらんを、茉莉がベッドに腰掛けたまま、物欲しげな子供のように人差し指を自分の下唇に触れて、すねたように見つめる。
「わたくしの愛し方はそんなに男っぽいかしら。すずらんは、いったいどうして欲しいの?」
すずらんは茉莉と距離を離しながら、まとめられたカーテンへ這うように近づき、それにしがみついて立ち上がった。
「すこし深呼吸させて……」
すずらんの言葉に、ぴたりと茉莉は動きを止めた。どこか容姿に合わない子供っぽいポーズで固まる茉莉は、すずらんの心をキスとはまたべつの温度でじんわりと湿らせる。これが保護欲とか母性愛というものだろうか、とすずらんは思った。出なければ性欲……と、そこまで考えたところですずらんは震えた。
「あはは、すずらんもよく考えてなかった。茉莉は、一体どこであんなキスを覚えてくるの?」
茉莉はかすかに表情を曇らせて、すずらんに近づいてくる。すずらんは、猫に追い詰められたネズミというのは、きっとこういう気分に違いないと思った。カーテンを離すと立っていられない膝は、震える以外に動かなかった。
茉莉は両手ですずらんの首筋をなで上げると、持ち上げるように顔を挟んだ。人差し指だけが耳の前に置かれ、耳の裏の3本の指は、猫を掻くか首の脈を指の腹で取るかのように、かすかにうごめく。
「心外ですわ。わたくしはすずらん以外にこんなことをしたこともありませんし、したいと思ったこともありませんわ」
片方の手が動き、すずらんの髪の毛に潜り込み、頭をなで回す。
「ああ素晴らしいわたくしのすずらん。綿毛のようなふわふわの髪。お人形のようにかわいらしい体躯。細いのにむっちりして赤ちゃんのような肌。女の子とか男とかではなく、すずらんはすずらんですわ。すずらん以外のすずらんなんて想像もできない。わたくしの運命。神様の贈り物。これからのわたくしの人生の全て!」
「ちょっと落ち着いて茉莉」
「すずらんがたずねたのですわ。わたくしが、どこであんなキスを覚えたのかと。なにかから学んだのではありませんわ。こんなにかわいいすずらんを見つめていると、私の内側から、心より奥の芯のところから、すずらんと一体になりたいと渇望が湧き上がりわたくしの身体を勝手に動かしますの!」
また顔を近づけてきそうな茉莉からカーテンを挟んで身を隠すと、すずらんはふらふらとベッドへ向かって座り、となりをポンポンとたたいて促した。
茉莉は嬉しそうにはねて近寄ると、またぴったり身体をくっつけてすずらんの肩に頭を乗せる。無邪気に幸せそうに微笑んだ。
邪気はないのだ。しかし茉莉はときどき自覚なく暴走する。ナチュラルボーンスパダリホストなのだ。すずらんは茉莉のそういうとこが大好きだったが、暴走しないようにのコントロールは、自分がしなくてはいけないなと改めて思った。
「すずらんが間違ってたよ。茉莉とのつきあいは今までのままで問題ない。茉莉がその先に進みたくても、すずらんは心の準備がまだできてないからちょっと待って」
「その先って何があるんですの?」
「わからないなら茉莉はまだ知らなくていい」
「なんのことかはわかりませんけど、すずらんがそう言うならわたくしはそれでいいですわ。でも」
茉莉の手がすずらんの手を握る。すずらんは空いている片手でボクサーのように。ガードの構えを取って警戒した。
「わたくしとすずらんは相思相愛ですわよね」
「うん。すずらんも茉莉が大好きだよ」
身体を伸ばして茉莉の唇へ、チュッと音の鳴る子供っぽいキスをすると、茉莉はほんのり頬をそめて照れながら「うふふ」と喜んだ。
「じゃあ、今度の外出日にどこでデートしようか決めようか?」
「わたくしはすずらんの決めたところならどこでもいいですわ」
「ダメ! そうやってサボらない。茉莉も決めるの!」
「そうですわね。遊園地や水族館では、ちょっと男女カップルのまねごとみたいかしらね」
「……それはもう忘れて、ごめん。でも、すずらんはちょっとなにか食べられるところがいいかな」
「ケーキバイキングとかもありますわね」
「それいいね。大きくなれるかもしれないし」
「すずらんは小さいままでもかわいらしいのに……」
「すずらんは大きくなりたいの!」
楽しくデートの予定を立てながらも、すずらんは茉莉が外で暴走したらどうしようかと少し不安だった。
百合想 鐘ノ星小夜 @kanenohosi
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