ベーシックインカム・ワールド ~働かなくてもいい世界~

きび

第1話 通学 AIと余暇について

 朝、一日の始まり。僕は電車に乗る。


 車内は混みあっている。体臭と化粧品と、あといろいろが混ざり合った独特のにおい。この匂いは好きじゃない。口を閉じたまま片耳にイヤーカフを着け、AI家庭教師アプリを起動する。


 『おはよう、とおる。昨日の帰宅時間は英語をやったから、今朝は社会科なんてどうかな?』


 ───いいよ。雑学多めにしてね。


 イヤーカフから聞こえるAI教師の声に答える。満員電車の中で声を出してしゃべるわけにはいかないので、口を開かず、舌だけで言葉を作るが、AIはわずかなそれを検知して、ほとんど完璧に意図を拾ってくれる。


 なんとなく車内を見渡すと、ほとんどの人がイヤーカフをつけてAIと対話していた。周りの人間と話すものなどはなく、車体が枕木を渡る音のほかには何も聞こえない。


 移動時間は希少だ。ニュースから情報収集、仕事のスケジューリング、趣味の読書に至るまで、AIが読み上げてくれる内容を聞き取り、自分も情報を入力するのに忙しい。


 『では質問。なぜ産業革命は社会階層を再編したと思う?』


 ───仕事が生まれたから。


 AI家庭教師の質問に答える。最近の家庭教師アプリは優秀だ。一方的に講義を聞かされるようなことはなく、適宜質問や雑談を挟み、こちらの反応を見ながら興味を誘導してくれる。


 『正解に近いね。では逆に───』


 窓の外を景色が流れる。社内の電光掲示板の表示が切り替わる。停車駅の案内から今朝のニュースへ。


 【政府、国民給付の増額を本日協議へ】

 【カンボジアの紛争は大規模化の兆し】

 【国立公園でゴリラが出産】



 『仕事が消えた社会では、何が起こると思う?』



 僕は答えない。最後のニュースが視界の端を流れていく。


 【ニートーの増加止まらず、過去最高値を更新】

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