第5話 ストーカー
土曜日の午後、私は田中くんの家でいつものようにゲームをしていた。
コントローラーを握る手が、少しだけ震えていた。
グラビアの撮影がなかった今日は、素の自分でいられる貴重な時間。
田中くんの隣に座って、画面を見つめながら笑うだけで、心が少し軽くなる。
学校では絶対に話さない約束を守っているから、家の中ではたくさん話をしていた。
でも、それでいい。
私にとってはこれが、今一番安心できる時間だった。
ゲームが終わったのは夕方6時過ぎ。
外はもう暗くなり始めていた。
「……じゃあ、今日はここまでにするね。明日も撮影あるし」
私は立ち上がってカバンを肩に掛けた。
田中くんが玄関まで見送ってくれる。
優しい目で「また来週」と言ってくれるだけで、胸が温かくなった。
ドアを開けて数歩歩いたその瞬間――
「ひ、久しぶり……だね……白乃ちゃん」
掠れた、低い声が背後から刺さった。
私の体が、凍りついた。
振り返ると、そこに立っていたのは――
前田悠。
黒いパーカーを深く被り、眼鏡の奥の目が異様に光っている。
中学のときと同じ、瘦せた体。
変わっていない。
いや、むしろ目だけが、もっと暗く、もっと執着に満ちている。
「……あの男の子は……誰?」
前田は私だけを見ている。
息が詰まる。
喉が乾いて、声が出ない。
……どうして、ここに。
中学3年の記憶が、一気にフラッシュバックした。
◇
あの頃、私は読モを始めたばかりだった。
学校で少し目立つようになって、初めてファンレターをもらった。
最初は嬉しかった。
でも、次の日から手紙は毎日になった。
『白乃ちゃんの笑顔が大好きです。毎日見ています。』
『今日のスカートの丈、ちょっと短かったね。もっと僕だけに見せてほしい。』
『駅までの間、ずっと後ろにいたよ。気づかなかった?』
そしてある朝――
家の前で、前田がスマホを構えて私の写真を撮っている姿を目撃した。
それから地獄が始まった。
登校中、後ろから足音がずっとついてくる。
部活帰りに路地で待ち伏せされる。
SNSのプライベート写真を勝手に印刷して、手紙に同封してくる。
「白乃ちゃんは僕のものだよ」って、何度も何度も。
怖くて誰にも言えなかった。
親に相談しても「気のせいじゃない?」と言われ、先生に言っても「証拠がない」と取り合ってもらえなかった。
高校は必死で別々の学校を選んだ。
もう会わないと祈りながら、引っ越しすら考えた。
それ以来、姿を現さなくなっていたから……
私は、もう終わったと思っていたのに。
「……どうして……」
私の声は、ほとんど息だけだった。
前田は薄く笑った。
「高校でも、ずっと見てたよ。白乃ちゃんがグラビアやってるのも知ってる。あの水着姿……僕だけのものだと思ってたのに……。あの男の子と一緒にいるなんて……許せないよ」
体が冷たくなる。
膝が震えて、立っていられなかった。
グラビア読モの白川白乃ではなく、ただの怯えた女の子に戻ってしまっていた。
その瞬間、田中くんが家から出てきた。
そして、明らかにおかしい私の様子を見て、田中くんの低い声が、前田に向かって響いた。
「誰?…何してんの?」
前田は一瞬目を細めたけど、すぐに後ずさった。
「また来るよ、白乃ちゃん。その男の子より、僕の方がずっと白乃ちゃんのことわかってるから」
そう言い残して、消えていった。
私は田中くんの胸に崩れ落ちるように抱きついた。
「……怖かった……怖かった……」
嗚咽が止まらない。
中学のときの恐怖が、全部蘇ってきて、息が苦しい。
田中くんは黙って、私の背中をゆっくりと撫でてくれた。
その手が、優しくて、温かくて……私はただ、彼にすがりつくことしかできなかった。
「……もう、大丈夫だよ」
田中くんの声が、震えながらも優しい。
私は顔を上げて、涙でぐしゃぐしゃになった目で彼を見つめた。
「田中くん……そばにいてくれる?今…帰りたくない……」
彼は無言で頷いてくれた。
土曜の夜、私は田中くんの部屋に残った。
中学時代からずっと追いかけてきた暗い影が、再び動き出したことを、私はまだ完全に受け止めきれていなかった。
でも、今この瞬間だけは。
田中くんの胸の中で、私は少しだけ安心できた。
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告白されたが罰ゲームと分かり別れたはずのグラビアギャルが「何でもするから」と毎日家に押しかけてくる件 田中又雄 @tanakamatao01
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