ある語学学校の軋轢
レネ
焼き肉か蕎麦か
語学学校の先生たち9人全員で、夕食を食べに行った。
語学学校では、世界の様々な言語を教えていて、先生たちも国際色豊かである。
しかし、夕食に何を食べるかはすぐに決まった。
焼き肉である。誰もが好きで、1番無難な食事だと私も思った。
ところが、1人の先生がこう言った。
「ワタシハ、サイショクシュギシャデス。ニクハタベラレマセン」
多くの先生がガックリしたのは事実である。
「じゃあ、中華はどうだろう」
「結構肉料理多いですよ」
「菜食先生、いかがですか?」
私たちは菜食先生に聞いた。
「ニク料理、スベテダメデスネ」
こりゃ困ったなあ、と私は思った。皆の前に肉皿を並べて、はい菜食先生だけ別のものを、というわけにも行くまい。
こうなると、寿司も、フレンチも、イタリアンも、タイ料理もカレーも、下手したら皆菜食先生を差別、いや、区別したメニューにしなければならない。
皆で同じものを食べて、美味しかったと言いたい。
「菜食先生、何が食べたいですか、というか、何なら食べられますか?」
「ワタシは、エビの入っていないお蕎麦が好きです」
「そば? さすがにそれは……皆で食事をしようという時に蕎麦はちょっと……」
「ミナサン、そばニスレバイイです! ヘルシーでトテモオイシイネ」
すると、ある先生が言った。
「皆もっと魅力的なものが食べたいのに、1人の都合でそばにするというのはイカガなものでしょう。菜食先生、あなたが皆に合わせればイイことね。あなただけ、焼肉屋で野菜ばかり食べれば、あとの8人はハッピーね!」
「ソレハ差別デハナアデスカ?」
「いや、差別ではないネ。ニクを食べない、コレは菜食先生が選んだコトネ」
「アナタタチ、ワタシの主義を尊重シテナイヨ」
「リスペクトがないのは菜食先生のほうネ。皆の自由を奪ってジブンノやりかたオシツケテイルネ」
「オオ、アタマキタ! ジャア聞くケド、ここは民主主義の国とミナイウネ! 多数決デキメましょう! 焼き肉がイイか、そばがイイか?!」
「ノゾムところね! じゃあ、焼き肉がイイ人、手を挙げて!」
ためらいながらも手があがった。しかし、それは僅か4人だった。
「デハ、ワタシと一緒にそばをタベタイヒト!」
今度ははっきりと手が上がった。5人だった。
「ウソ! ナンデ? ミナサン焼き肉食べたくないの?!」
すると、今まで黙っていた日本人の先生が言った。
「皆が理解し合い、妥協し合って仲良く共生の道を歩むことが大切です。しかも菜食先生は、日本のお蕎麦を食べたいと仰ってる。皆,それに合わせましょうよ」
話は決まった。
菜食先生は、ニタリと、してやったりの笑顔を浮かべた。
結局、私たちは蕎麦屋に入った。外国人の先生の中には、そばを食べるのは初めてだという先生もいた。
先ほど、菜食先生とやり合った先生も、初めてだと言っていた。この先生は反菜食先生だ。菜食先生を嫌がっているのがはっきりと分かった。
蕎麦が来ると皆雑談をしながら蕎麦を啜った。
私は菜食先生に聞いた。
「菜食先生、お子さんは何人いらっしゃるんですか?」
「ワタシはコドモ大好きネ。今6人、7人目、妻ノお腹にイル」
「それはすごい」
「ワタシの仲間も皆ソウデスね。子供たちが結婚すれば大家族ニナル。日本で菜食主義者が増える、これはとても文化にとってヨイコトデハナイデスカ?」
「はあ」
その時、反菜食先生が急に苦しみ出し、泡を吹いて倒れ、呼吸困難に陥った。
皆に緊張が走る。
蕎麦屋の店主が駆け寄って来る。
「大変です! 蕎麦アレルギーの発作です!」
反菜食先生は、一命はとりとめたものの、しばらく学校を休まなければならなかった。
果たして、蕎麦を食べるという選択は正しかったのだろうか?
私はしばらくの間、何か腑に落ちない気持ちを抱えて過ごした。
多国籍の先生方を抱える語学学校の、これは宿命だったのだろうか?
了
ある語学学校の軋轢 レネ @asamurakamei
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