異星人VS異世界 *デンパ少女は運命を知らない。
大根ハツカ
第1話 数億光年先の彼方から *頭が悪くなった責任をとってもらうのです!
大人の遊びと言えば何を思い浮かべる?
酒? 煙草? それとも女遊び?
残念。どれもこの街には存在しない。
子供だらけの魔術学園に、そんなモノありはしない。
女はいる。だが、恋愛にうつつを抜かすようなバカはいない。
魔術士という軍人を育て上げる育成機関。
遊ぶ余地のない魔物退治の移動要塞。
それこそ、魔術学園アトラス。
しかし、そんな魔術学園にも唯一許された遊びの場がある。
それは────
「うう。アステル、やっちまったのですう」
「マジで? マジで俺の全財産を賭けた上で負けたのか⁉︎」
魔術士たるもの『流れ』を掴まねば。
そんな魔術学園理事長の一声で創設されたのが、学園公営
月に一度は『
(どうしてこうなった────‼︎)
襟足を伸ばした明るい茶髪と、薄らと色のついたメガネが特徴的な少年。纏うのは少しオーバーサイズの黒いローブ──魔術学園アトラスの制服。
少年の名はアステル=ラスター。
魔術学園に通う生徒にして
女遊びでもしてそうな軽薄そうな見た目とは裏腹に、少年の顔は悲痛に歪んでいた。
「メルラメルラ……マジでお前……」
「ひひー! ごめんなさいですー‼︎」
神聖な
その少女は
オーロラのように輝く緑色の長髪に、月のように澄んだ瞳。数値にすれば黄金比が導き出される均整の取れた体に、もはや芸術品とさえ言えるような美しい造形の顔立ち。
そんな絶世の美少女といった雰囲気を、鼻水を垂らしたアホヅラが台無しにしていた。
「善意っ、善意でえー、アステルのお金を増やそうとしたのですー!」
「善意って言やあ俺の全財産吹き飛ばしても許されると思うなよ⁉︎」
「ひっ、ひひー⁉︎ ごめんなさいいいいい‼︎」
思わずメガネがずり落ちそうになる。
アステルの胸には怒りを通り越して虚無感があった。
少年の右手がバカの顔面を握り締める。美少女の顔が苦痛に歪むが、同情も何も湧いてこない。
この
荷物持ちを任せたのが間違いだった。
完全な人選ミス。頭がパーになった少女に財布を任せてはいけない。
「ううっ、ひぐっ、わたしの一張羅も奪われてっ、次に負けたらおまえが売り物だって言われたのです!」
「裸に剥かれなかっただけマシだよ。つーか、全財産でも足りねえくらい負けたのかよ!」
「うう〜〜〜〜! ああああああああ!」
人目をはばからず泣き喚く少女に周囲はドン引きして避けていく。
泣きたいのはアステルの方なのだが、今更何を言っても遅い。アステルの全財産は戻って来ない。
「はあ……もういい。今日は流れが悪い。賭博は終わりだ」
「でっ、でも!」
「心配すんな。全財産っつっても大した額でもねえ。それに魔術学園の在籍は兵役の一種だ。一ヶ月も我慢すりゃあ給料は貰えるだろうぜ」
「でも! わたしの一張羅が!」
「おーまーえー!」
「ひひ〜〜⁉︎ あたまっ、頭ぐりぐりやめるのです! もっと頭が悪くなる〜〜!」
「もう手遅れだよ!」
もう我慢ならず(元々我慢できていなかった)、アステルの握り拳がメルラメルラのこめかみを挟み込んで攻撃する。
びくびくびく! 神経の通ってないはずのウサギの耳が痙攣した。
「でも〜っ、あれは故郷から唯一持って来れたものなのです! あの服以外を全部壊したのはアステルの方なのですよ!」
「それは……そうだけど」
「それにそれにっ、わたしがルーレットで負けたのもアステルのせいなのです!」
「……っ」
その言葉を聞いてアステルは息を飲む。
図星。だって、そうだ。
全財産を吹き飛ばしたのはメルラメルラでも、メルラメルラをそんなバカにしたのは他ならぬアステル=ラスターなのだから。
「わたしがバカになったのはアステルのせいですから! 頭が悪くなった責任をとってもらうのです!」
「赤の三十六」
「残念。赤の十六ですわ」
ルーレット。
それは最も有名な
回転する
選べるのは赤と黒で塗り分けられた一から三十六までの数字。配当の倍率はその確率に依存する。
例えば、赤に賭ければ確率は二分の一なので配当も二倍。
例えば、数字一箇所に賭ければ確率は三十六分の一なので配当も三十六倍。
当たる確率が高いものほど配当は小さく、当たる確率が低いものほど配当は大きい。
……ちなみに、もう少し細かいルールもあるにはあるが、ここでは説明を
高い確率に大金を賭けるか、少ない賭け金で極小の確率を引き当てるか。ルーレットの
運と偶然に全てを賭ける。それがルーレットというゲームの醍醐味である。
「赤の三十六」
「残念。黒の三十三ですわ」
ただし、魔術士の賭博においては別だ。
魔術士は物事の『流れ』──運勢や運命とも言い換えられるそれを掴む。
表面上の確率に惑わされる事なく、魔術士はほぼ一〇〇%に近い確率で賭けを成功させる事ができる。
そして、それは
魔術士同士の
実力勝負だからこそ、実践的な場所で互いの財産を賭けて魔術士は高め合う事ができる。故に、学園公営
「赤の三十六」
「あらら。黒の三十五、惜しかったですわね」
カタン、と。
アステルの目の前で少女の投げ入れた球が黒の三十五へと落ちる。
目の前でニヤニヤと笑うのは
メルラメルラをカモにした悪徳
賭け金はかろうじてアステルが所有していた銀貨数枚を交換した銀のチップ。最低限の食費代とも言い換えられるそれ。
メルラメルラの一張羅を取り戻すためアステルがルーレットに挑んだのは良いが、状況は改善せずに難航していた。
「アステル、どーなってるのです?」
「……お前はさあ、マジでもう二度と賭け事やるな。ルールも分からねえのに大金を賭けるんじゃねえよ」
アステルの頭に顎を乗せてくるメルラメルラ。彼女を罵倒する言葉にもキレがない。
これで三十回連続のハズレ。アステルが食費から絞り出した資金はもう底をつく。
(……あり得ねえ)
三十六分の一を三十回連続で外す確率はだいたい四十パーセント。数字としてはあり得る範囲。
だが、あり得ない。アステル=ラスターが三十回も外すなどあり得るワケがない。
メガネを少しズラす。
この
何度視ても『流れ』は変わらない。
アステル=ラスターには
なのに、賭けには勝てない。
偶然ではない。
偶然はアステルに味方するのだから。
ならば────
「さて、次はどちらにお賭けを? また赤の三十六かしら。ああ。
「……なるほど、な。偶然じゃねえ。魔術士に偶然はあり得ねえ。だが、偶然を捻じ曲げた訳でもねえ。そもそもの話、偶然が介入する余地そのものを潰している」
「どういうことなのです???」
パサ、とメルラメルラの首の傾きと共に緑色の燐光が散る。少女は変わらないアホヅラを浮かべていた。
しかし、この場で理解できていないのはメルラメルラただ一人。金髪縦ロールのバニーガールは悠々と微笑む。
「球の軌道を計算して、アンタの指先の動きで任意の場所に落としているな?」
言葉にするほど簡単な話ではない。
風の動き、ヒトの騒めき、台の傾き。それらを含めて最適な軌道を割り出す演算能力、そして球の速度や角度を指で調整する微細なコントロール能力が求められる。
特に、眼前にあるルーレットの
だが、金髪縦ロールのバニーガールは当然のようにこう答えた。
「仰る通りですが、イカサマではありませんわよ?」
「そりゃそうだ。『魔女の裁判所』じゃあ魔法以外の全てが許される」
学園公営
そこではあらゆる小手先の技術が許される。そもそもの
アステルが使っていた『流れ』を掴む占いだって、本当の意味では反則。指先で球の軌道を変えるくらいは許される。
「格好の付けた
「どうかな。いくら偶然の要素を排除したっつっても、
「……まだ、戦うと?」
「当然。俺は
トン、と。
台の一点に黒のチップを置く。
黒のチップ。
それは最も最悪な賭け金。
将来支払われる予定の給料を前借りして賭けているのだ。
「赤の三十六、俺が卒業までに得る給料を全て賭ける」
即ち、未来も含めた全財産。
それを
「本気でして⁉︎ 万が一にもわたくしに勝てる見込みがあるとでもッ⁉︎」
「ああ。『流れ』は俺に向いているさ」
「ッ、舐められたものですわね!」
金髪縦ロールのバニーガールは球を投げた。
繊細な指先が、ルーレットに落ちる数字を確定させる。
まさに、その瞬間。
視界が、ブレた。
「──────え?」
いいや、違う。
ブレたのは賭博場そのもの。
放り投げた球は宙に残されたまま、ルーレットの回転盤ごとカジノそのものが僅かに動いた。
理由は単純。
魔術学園アトラスとは移動要塞。その名の通り、巨人アトラスに運ばれて移動する都市であるが故に。
金髪縦ロールのバニーガールに
彼女の指は指定した
ただし、それはルーレットの回転盤が動かなければという前提があっての事だ。
球の行方は偶然に委ねられる。そして、単純な運の勝負となれば────アステル=ラスターに敗北などあり得ない。
「言ったろ。俺は
ルーレットの球は赤の三十六の
「そん、な……っ‼︎」
「
ぞっっっ、と金髪縦ロールのバニーガールの顔色が真っ青になる。
魔術学園の生徒は軍人であり、最前線で魔物と戦う都合上、意外と高級取りだ。そんな給料の百八年分。
途方もないほどのゼロが並ぶ金額となる。それこそ、百年間命懸けでお金を稼いでも返済できないほどに。
(……流石に気の毒になってきたな)
金髪縦ロールのバニーガールはアステルの全財産を吹っ飛ばした悪徳
悪いのはアステルの全財産を勝手にかけたバカであって、報いを受けるべきなのもヒトの苦労も知らねえでアホヅラで喜んでやがるメルラメルラの方なのだ。
「……ま、全部支払う必要はねえ。俺の全財産とウチのバカの一張羅、それを返してくれれば十分だよ」
「──────、は。はは、それは……ありがたい申し出ですわね」
やったー! と無邪気に喜ぶメルラメルラ。
金髪縦ロールのバニーガールはその顔に向かって、銀色の衣装を投げつけた。
だが、それだけではない。
彼女が荷物から取り出したのは、ビリヤードで使う
否、それはただの棒ではない。アステル=ラスターは知っている。魔術士が持つ棒とは──魔法の杖なのだと!
「
ドパン‼︎ と。
アステルのこめかみを掠めるように、バニーガールの携えた杖から小さな鉄球が放たれた。
放たれて終わりではない。ドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼︎‼︎‼︎ と、小さな鉄球はスーパーボールのように弾み、超高速で室内を駆け巡る。
跳ねる鉄球に誰かがぶつかり、壁にめり込むほど弾き飛ばされたのだ。
骨折は確実。小さい鉄球の癖して秘められた
(狭い室内を跳ね回り蹂躙する魔法……室内戦に特化した術式か!)
そして、鉄球は一つだけではない。
次々と、バニーガールの杖から無数の鉄球が供給される。
室内において勝ち目はない。鎧で身を守ろうが、無数の鉄球に潰されて
「おほほほほほ! わたくしに情けをかける⁉︎ 大した魔法を使えない平民の落ちこぼれが⁉︎ ふざけるんじゃありませんわ!」
「……『
「そんなもの! 揉み消せば良いだけの話ですわ‼︎ わたくしを誰だと思ってますの⁉︎ わたくしはテウルギア公爵家令嬢──」
「────どうでもいいけど。アンタ、やっぱりツイてねえな」
ガシャコン、と。
不気味な異音が響く。
それはアステルの魔法──ではなく。
隣に立つメルラメルラが鳴らす異音。
いつの間にか、少女の掌には『傘』が握られていた。
──いや、それは本当に『傘』か? シルエットこそ傘で間違いないが、金属製で分厚い傘などバニーガールは見たことがない。
「……………………、」
金髪縦ロールのバニーガールからはもはや言葉すらなかった。
何も言えない。意味が分からない。それほどまでに理解不能の光景だった。
「アステル! やるのです!」
「おう。やっちまえ」
メルラメルラは『傘』を握りしめる。
魔術士が扱う杖のように。
瞬間、『傘』の手元から莫大な光と熱が刃のように噴き出す。
「
ゾグン‼︎‼︎‼︎ と。
数メートルにまで拡大された光の刃が、賭博場そのものを真っ二つに斬り裂く。
壁や床を跳ね回っていた小さな鉄球は、切断された壁の亀裂から暗い屋外へ消えていく。
室内戦に適した『兎の足踏み』も、室内そのものを破壊されればこの通り。
「魔法じゃ、ない……?」
しかし、バニーガールが何よりも気に取られたのは自身の敗北よりも目の前の光景。
訳の分からない少女の攻撃。光の刃を生み出す謎の『傘』。
それが魔法ではない事が、一番理解できない事柄だった。
「なん、ですの。なんなんですのっ、あなた達は⁉︎」
「俺は単なる落ちこぼれ学生だよ。けど、コイツは違う」
そう。思えば、全ての元凶はこのバカ。
全財産が吹き飛んだのも、バニーガールと戦闘するハメになったのも、魔法なんかよりもずっと不思議なモノと関わりができたのだって全部。
改めまして、と。
オーロラのような緑色の髪の少女は元気いっぱいにこう言った。
「わたしはメルラメルラ!
全ての始まりは雨と星の降る夜。
アステル=ラスターとメルラメルラの出会いまで遡る。
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