巡り合う軌跡
「……また描いてるのかい」「あー!」
認知症の妻は、毎日ノートに同じ図形を描く。複数の円と直線を組み合わせた、何の意味もないような模様。医師は症状の一種だと説明した。
その模様に、何らかの意味を探そうとしたこともあった。彼女の思い出の品とか、僕たち2人が訪れた場所とか……。その試みは、ことごとく空振りに終わった。
いくつもの季節が過ぎた、ある日のこと。物置の中から手作りの冊子が出て来た。僕らが初めて出逢った、大学の社交ダンスサークルで作ったものだ。懐かしさを感じながらページをめくり続け、ハッとした。
新入生向けにワルツのステップを紹介するページ。見慣れた彼女の丸い字と、あの図形があった。
初心者が最初に覚える、ステップとターンを示す図形。それは、毎日彼女がノートに描くものと寸分たがわず一致した。
無意味な図形じゃなかった。症状なんかじゃなかった。
彼女は僕と初めて一緒に踊ったあのステップを、あのときの胸の高鳴りをずっと失わずになぞり続けていたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます