婚約破棄で追放された「無能」な悪役令嬢？結構です！辺境でもふもふ神獣とチート農業してたら、聖女と崇められる

第1話「悪役令嬢、笑顔で追放を受け入れます」

　きらびやかなシャンデリアが眩い光を放つ、王立アカデミーの卒業記念パーティー会場。その壇上で、私は人生最大の茶番劇の主役を演じていた。

「アリア・フォン・クライネルト公爵令嬢！ 俺は貴様との婚約を、今この場をもって破棄する！」

　金切り声に近い叫びを上げたのは、私の婚約者であるこの国の王太子、アルフォンス殿下。彼の美しい顔は怒りで歪み、私を指さす指はわなわなと震えている。その隣には、か弱い小動物のように潤んだ瞳で殿下にしがみつく、ピンクブロンドの髪の少女。聖女と崇められているリナさんだ。

「アルフォンス様……！」

「ああ、リナ。もう大丈夫だ。君を虐げてきた悪女は、俺が裁いてみせる」

　……はいはい、始まりました。乙女ゲーム『光の聖女と七人の騎士』の断罪イベント。私が転生者であることに気づいたのは、物心ついた頃。そして、この公爵令嬢アリアが、ヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であることも、とうの昔に理解していた。

（キターーー！ この日をどれだけ待ちわびたことか！）

　内心でガッツポーズをする私をよそに、会場は水を打ったように静まり返っている。貴族たちは固唾を飲んで、この茶番の成り行きを見守っていた。

　アルフォンス殿下は、リナさんを優しく抱き寄せると、再び私に憎悪に満ちた視線を向けた。

「リナがどれほどお前に陰湿ないじめを受けてきたことか！ 俺は全て知っているのだ！ お前のような嫉妬深く、心の醜い女は、次期王妃にふさわしくない！」

　次から次へと繰り出される非難の言葉は、全てリナさんが殿下に吹き込んだ嘘八百だ。私が彼女にしたことと言えば、貴族としての作法を教えたり、ドレスの着こなしをアドバイスしたりした程度。それを全て「自分より平民出の私を下に見て、優越感に浸るための嫌がらせ」だと涙ながらに訴えられては、恋に盲目な殿下はころっと騙されてしまう。

　ゲームのシナリオ通りに進んでいることに安堵しつつも、さすがに少しは反論しておかないと不自然だろう。

「お待ちください、殿下。私には全く身に覚えがございません。何か誤解があるのでは？」

「まだ白を切るか！ 見苦しいぞ、アリア！ 君の悪行の証拠は揃っているんだ！」

　そう言って殿下が合図をすると、彼の取り巻きたちが次々と私の「罪」を告発し始めた。リナさんのドレスを隠しただの、教科書を破いただの、階段から突き落とそうとしただの……。どれもこれも、私がやっていないことばかり。

（すごい、ここまでくるといっそ清々しいわね）

　あまりのことに、ため息すら通り越して感心してしまう。私はただ、この窮屈な王宮から解放され、自由に土をいじれる生活がしたかっただけなのに。

　公爵令嬢としての務め、妃教育、息の詰まるようなお茶会の日々。前世で農業高校に通い、泥だらけになって作物を育てることに喜びを感じていた私にとって、この世界での生活は金色の鳥かごの中にいるようなものだった。

　だから、この婚約破棄と、それに続く追放は、私にとって最高のプレゼントなのだ。

「よって、アリア・クライネルトを王都から追放し、北の辺境地への蟄居を命じる！ 異論はないな！」

　辺境。魔物がうろつき、冬は厳しい寒さで閉ざされるという、見捨てられた土地。貴族にとっては地獄のような場所だろうが、私にとっては夢の土地だ。広大な土地が、私を待っている！

　私は、この状況で最も効果的な表情――悲劇のヒロインを演じるべく、すっと背筋を伸ばし、凛とした態度で殿下を見つめた。

「……殿下のご命令とあらば、謹んでお受けいたします。ですが一つだけ。私は、殿下がいつか真実に気づき、後悔される日が来ないことを、心から祈っております」

　そう言って、私は淑女の礼を完璧にこなしてみせた。唇の端が、喜びに引きつりそうになるのを必死で堪える。

　私の予想外の反応に、アルフォンス殿下は一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直して鼻を鳴らした。

「ふん、強がりを。さっさと俺の前から消え失せろ！」

　その言葉を合図に、衛兵たちが私の両脇を固める。私は誰に助けを求めるでもなく、涙を見せるでもなく、毅然とした足取りでパーティー会場を後にした。

　扉が閉まる直前、リナさんが勝ち誇ったように笑みを浮かべたのが見えた。

（せいぜいお幸せに。私は私の楽園で、最高の農業ライフを始めさせてもらうから！）

　馬車に揺られ、実家である公爵家に戻ると、父と母が沈痛な面持ちで待っていた。

「アリア、すまない……。殿下は聞く耳を持ってくれなかった」

「お父様、お母様。どうかお気になさらないで。これは、私が望んだことでもありますから」

　私の言葉に、両親は驚いたように顔を上げた。

「どういうことだい？」

「私は、この機会に王都を離れ、自分の力で生きてみたいのです。辺境で、私のやりたいことを見つけたい」

　私の目があまりに真剣だったからだろうか。両親はそれ以上何も言わず、ただ私の身を案じ、たくさんの物資と少しばかりの護衛を付けてくれることを約束してくれた。

「辛くなったら、いつでも帰ってくるんだよ」

　母の涙声に少しだけ胸が痛んだが、私の決意は揺るがない。

　数日後、私は最低限の荷物と、両親が用意してくれた馬車に乗り込み、王都を後にした。長い長い道のりの果てに、私のスローライフが待っている。

　窓の外を流れる景色を見ながら、私は胸を高鳴らせていた。転生時に与えられた、私の唯一のチート能力【大地の恵み】。土を豊かにし、どんな作物も育てられるこの力を、ようやく存分に試せる時が来たのだ。

「待っててね、私の畑！ 最高の野菜を作ってあげるから！」

　誰にも聞こえないように小さく呟き、私は未来の楽園に思いを馳せた。アルフォンス殿下、リナさん、本当にありがとう。あなたたちのおかげで、私の夢が叶います！