4話目『食べてください』

 クゥルフがキービジュアルの撮影を終えて戻ってくると、机の上に一人分のアップルパイが置かれていた。その傍らには四つ折りになったメモ用紙が添えられている。

「なんだこれ」

 広げてみると、そこには一言だけ書かれていた。

「『食べてください』って……誰かの差し入れか?」

 首をひねりつつも皿にかけられたラップを外し、アップルパイを持ち上げる。

「やばい匂いは――しねぇな」

 試しに匂いを嗅いでみるが、怪しさは特に感じられない。クゥルフは恐る恐るアップルパイを口に入れてみる。

 その直後、彼はあまりの美味しさに目を見開いた。


 帰り道、先程のことを思い出したクゥルフは思わず呟いた。

「結局たいらげちまったが、何だったんだあれ」

「クゥルフ!」

 聞き覚えのある声に彼が振り向くと、妖鬼が向かってくるところだった。

「おっ、妖鬼じゃねぇか。今日の撮影お疲れ」

「そっちもお疲れ様。それより置いていくなんて酷いじゃないか」

「わりぃな。てっきり先に帰ったのかと」

「いやぁ、実は後から差し入れされていたカボチャの煮付けを食べていてね」

 冗談と捉えた彼は笑いつつ応じる。

「あー、美味かったよなあのアップルパイ」

「え?」

「え?」

 二人の間に沈黙が流れた。


「それじゃあ整理すると、私の楽屋にはカボチャの煮付けがあって、クゥルフの楽屋にはアップルパイの差し入れがあったんだな?」

「ああ。ご丁寧に『食べてください』ってメモもあった」

「そうか……」

 腕を組みつつ頭を悩ませる妖鬼。それを見ていたクゥルフはふと浮かんだ疑問を口にする。

「他の連中のとこには何が差し入れされていたんだろうな?」

「それは確かに気になるな。次会った時にでも聞いてみるとするか」

「さんせー」

「それには及ばんぞぉ、おぬし等」

 突如声が降ってきたので見上げると、ウィチカが箒に跨がり宙に浮いていた。


「ババアまた盗み聞きかよ」

「堂々と聞いてるじゃろがい」

「二人共今は抑えてくれ」

 いつも通りの痴話喧嘩が始まりかけたところを妖鬼が制する。

「そんで?ババアはこの件についていったい何を知ってんだ」

「クゥルフ、そう急かすでない」

 ウィチカはそう言ってクゥルフを軽く睨むと、ひと呼吸置いて本題に入った。

「結論から言うと『彼女』による差し入れを貰ったのはおぬし等二人だけじゃ」

「彼女って?」

 妖鬼が尋ねると、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべてこう答えた。

「マラミー。彼女はアタシと親しい存在。言わば友人ってやつじゃ」


「マラミー……」

 妖鬼が呟いた横でクゥルフが顰めっ面で口を開いた。

「ババア俺等以外にダチいたのかよ」

「おるぞ。しかも昨日できたてホヤホヤじゃ」

「その表現は合っているのか?」

 ウィチカはその疑問には一切触れず、指を振り上げる。

「とりあえず本人を呼んだ方が早そうじゃな」

 そして彼女が呪文を唱えた次の瞬間、彼等の目の前に一人の女性が現れた。

「あら?ここはどこ――あっ!あなた方がウィチカさんの仰っていた妖鬼さんとクゥルフさんね!?」

 女性は興奮している。それに対し当の妖鬼とクゥルフは戸惑うことしかできずにいた。

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