第0話 飢えないホームレス②





「あ、そっか。何で飢えないか? 理由を言えばわかってもらえます?」



 エリーシア王都、カロス・アステイオン。通称アスティ。

 そこの衛兵詰所にて。


 僕は守衛のオジサンふたりと問答している。



「はあ。理由ってもなぁ。なんか頭痛が‥‥こういう感じなの? 最近のホームレスって?」

「いやぁ上長‥‥決してそんなハズは‥‥」


「いやいや、そういうモンですよ! こうして僕がここに立ってるのが何よりの証拠です!」


「うぐぅ‥‥俺の中の常識が‥‥なんかもう、すっごい揺らいできてるんだが‥‥」

「上長、お気を確かに!」





「じゃあ衛兵さん。‥‥例えばさ?」



「「あ、うん?」」


「あそこにパン屋がありますね。店名は『こねっと』」


「よく行く店だ。美味いし詰所に近い」

「我々もたまに‥‥そうか君‥‥そこの残飯を」


「違うんです。確かにそこの廃棄をもらうんだけど、あの店、名店だから。味のハードル高いから。基準を満たさない品質のパンとか平気で廃棄する。‥‥まあ、少しはB級品として従業員が買ってったりはするんだけど、それでも余る。とにかく店長さんの探求心、プロ意識、味のハードル高いから」


「へ~そうなんだ。へ~」


「それを僕が格安で処分する。『こねっと』は廃棄品を処分する手間や費用が無くなって喜ぶ。僕はその廃棄品を城壁の外の養豚場まで運ぶ」


「ああ養豚場、あるね」

「え? 豚? そんなんなら人間に売ったほうが‥‥?」


「あ、そこはそれ。B級品をもらう時の約束なんだ。『こねっと』の店長さん。さっき言ったみたいな人だから、『絶対に人間に転売するな! それだけは絶対に!』なんだよ。ホントは従業員にも売りたくないんだ」


「なんだか‥‥もったいない話ですね」

「そうだな。あそこのパンだったら、処分品でも十分に美味いだろうな‥‥」


「それだよ。店長さんは芸術家肌だし仕事に誇りを持ってるから。失敗作をお客に出したくないんだよ。‥‥今までB級品を預かったヤツは、ほぼ全員誰かに売ったり食わしたりしてたんだって。でもすぐバレてさ。結局僕以外信用ならないんだって」


「‥‥‥‥それで豚のエサか‥‥なるほど」


「で、そんなワケで養豚場に持って行く。そこで処分品を豚のエサにする。養豚場は餌代が浮き、美味いパンにありついた豚も喜ぶ。豚が肥えればオーナーも客も喜ぶ。‥‥で、僕が行く時間には大体、市場に出荷される豚がいる」


「ほう。豚の出荷を手伝う訳か」


「正解。さすが衛兵さん。そのまま市場で落札したら、精肉店まで付き添う。そこでは、肉を削いだ後の豚の骨をもらう」


「豚の骨? 肉を取ったらもう無価値だろう?」

「ですよね‥‥」


「そうでもないよ。その骨に需要がある。『まつふく』の店主さんは火魔法の達人でね。大きな鍋で何日もコトコト煮ることができるのさ。で、なんでも豚の骨をそうやって煮込むと、なんか濃い味の独特のこってりスープができるんだ。『まつふく特製ブタ骨スープ』。そこで豚の骨との物々交換でそこのまかないメシをいただく。これが僕の昼飯だね。で、店主さんは忙しいから‥‥」


「待った!」


「なに? 衛兵さん」


「この話、いつまで続くんだ?」


「あともう少しだよ。こんな感じで町中廻って、僕が夕飯を食わせてもらって次の日の朝飯をゲットするまで。これがルート①」


「ルートだと!? ‥‥あ、①? じゃあ②とかもあるのか?」


「もちろん。②はね。腰が悪い『ふくふく』の旦那のトコに行って、『さっくる』で菜種油の搾りかすを貰って、武器屋の『るぴや』で時間潰して‥‥あ、②は菓子屋に寄るから唯一甘味が手に入るルートなんですよ」


「あ、甘い菓子なんて我々だって。まして貧民じゃ滅多に口にできないぞ?」

「ホームレスの子供がそんなもん食ってんのか‥‥」



「だね。だから週に1回の楽しみです」


「週に1回?」

「確か5ルートだって」


「ああはい。だから残りの2日は休みですね。町の散策とか王城見たりとか」


「‥‥‥‥コイツ。本当にホームレスか?」

「さっきから私も‥‥一体誰と話してるのか‥‥」


「いやだなぁ。まごうこと無き正真正銘、ホンモノのホームレスですよ!」


「わかったから胸を張るな」

「それで君、5ルートもそういうのを作ったのは?」


「そうですね。①ルートの『こねっと』も『まつふく』も、休業の日もあるじゃ無いですか? たまたまパンが全部上手く焼けて、B級品が出ない日も。‥‥そんな日にメシ抜きじゃ切ない。僕の食生活の充実のためには、複数ルートの構築は必須だったんですよ」



「12歳のホームレス‥‥食生活の充実‥‥??」



「うん。全部で5ルートか。まだ王都でホームレスになって1カ月。日も浅いし。もう少し王都を歩いて、もう5ルートくらい作ろうかな‥‥へへ」


「全10ルートって‥‥お前」







「‥‥うっふふ。おもしろい子ね? 衛兵さん」



 僕と衛兵さんが話してる部屋に、黒髪の女の人が現われた。口もとに片手を添えて、静かな笑みを浮かべながら入ってくる。



「誰? お姉さん」


「あ、商会の!」


 衛兵さんは立ち上がって敬礼をした。へえ。このお姉さん、まだ20台前半くらいだろうけど、このベテラン衛兵がそれなりに気を使う相手ってこと?





 へえ。


 面白いな。





「いつも大変お世話になっております。‥‥で、君だけど、面白い子ね? まさに『商』の人。情報に価値があることと、物を動かすと価値が生まれるってこと、本能的に知ってるみたい。‥‥ね? ‥‥ひとつ訊いていいかしら?」


「なんだよ。てか。アンタ誰ェ?」


 僕はわざと「12歳のいきがった孤児」っぽいリアクションで対応する。ま、この衛兵との会話を最初から聞かれてるんなら意味は薄いけど。

 こっちのカードは伏せたほうがいい、って、僕の直感が伝えてきている。


「さっきのルート①。君のその口ぶりだと、『ウチで住みこみで働かないか?』って色んな店主さんに口説かれてない?」


「まあ。そうだけど。それが何か?」


「うふふ。当たり。でもどうして雇われなかったのかしら? そのほうが故郷に帰るためのお金も貯められるでしょう? 野宿もしなくて良いし、衛兵さんにも掴まらないわ」


「た、確かに」

「そうか‥‥言われてみれば‥‥」


 衛兵さんは僕とお姉さんを交互に見ながら、しきりに頷いている。

 う~ん。まさか質問一発でここまで踏み込んでくんだ。この人。




「そんなの決まってんじゃん?」


「どうして? ぜひ聞かせて」



 路線変更。ダメだ。このお姉さんは敵に回したらヤバいって、僕の直観が言ってる。馬鹿を装う必要も意味もない。

 だって。「こんな質問」してくるんだから。


「どうしたの? ねえ。君と話した大人の一部は、君を雇いたがったハズよ。好条件で。なのに君はこの一ヵ月、そのすべてを断って、ホームレスとしてここに立っている。‥‥どうしてかしら?」



 やべえ。このお姉さんやべえ。


 すべて見透かされている。嘘を吐くのは、いい結果を生まない。

 僕は肺に息を入れて、胸を張った。質問の答えはある。考えるまでもなく、僕は答えた。





「それじゃあ、僕自身が、自由じゃないから」




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