大怪獣決戦 ③

 数分前、フェキシーは『隔離病棟』を囲う金網の手前までくると同時に叫んだ。


「『変幻』――『虚構の妖狐ファントム・フォックス』」


 フェキシーは即座に半透明の獣に『変幻』し、高く跳躍して、四階にある窓を割って部屋の中へと入り混む。

 病室のベッドにいた顔のない病人は驚きのあまり言葉を失っていた。


「ごめんね、散らかしちゃって」


 妖狐の姿のままベッドを跨ぎ、そんな言葉を掛けて病室を出る。

 フェキシーは真っ先にセレンの部屋に向かった。

 少しして警報が響いたが、今さら気にする必要も無いだろう。

 記憶を頼りにセレンの部屋の前に辿り着く。


 人の姿に戻って部屋を開けると、そこには赤銅色の髪の顔の女性――セレンと水色の患者衣を着た人物がいて、フェキシーの方を見る。当然顔はないのに、その患者衣の人物が以前『隔離病棟』で遭遇した女性であることは何となく分かった。

 患者衣の女性は外の騒ぎに怯えているようで、それをセレンが宥めているように見える。


「よかった、部屋とか変えられてないんだ……これ、お兄ちゃんからあなた宛て」


 フェキシーはカイカから託された手紙を差し出した。


「兄……カイカからですか?」


「そうだよ、読んであげてね。それから、この通信機も」


 フェキシーは手紙と予備のガジェットを押し付けるように渡す。


「カイカくんがね。これは多分、同じ境遇であるあなたにしかできないことだって言ってた。だから、もしもわたしたちに協力する気になったら……その通信機でコフィって人から説明を受けてね」


 それだけ伝えると、即座に部屋のドアに向かった。


「ま、待ってください」


「なに?」


「あなたは……」


「ごめん、あまり話している時間はないんだ」


 フェキシーはそれから狐の姿に戻ると、部屋を飛び出した。

 セレンはその後ろ姿を見て、感動とも絶望とも言える強い衝撃を受けた。

 自分と年齢も変わらない子供が、この世界で犠牲になっている人のために行動しているという事実に打ちのめされた。

 微かに震える手で手紙を開ける。

 そこには自分の兄の筆跡で短いメッセージが書かれていた。


「ねえ……」


 セレンは患者衣の女性に向けて話しかける。


「……なにー?」


「あなたは、この世界が無くなるのはいや?」


「……嫌だよー……。だって、セレンちゃんに会えなくなるもん……」


 セレンはそれを聞くと、手紙を胸に当てるようにぎゅっと抱きしめた。



            ▼     ▲     ▼



 病室を出たフェキシーは再び『虚構の妖狐ファントム・フォックス』に『変幻』し、病室に現れた黒スーツ軍団や白衣のマッドサイエンティストたちを次々と倒しながら進んだ。

 銃弾は半透明の巨体を擦り抜けていき、それでいて、妖狐はぶつかった者の体を容赦なく弾き飛ばす。

 振るう爪や尻尾は青い炎が出現し、意思を持ったように敵へと向かう。

 妖狐が通った後の廊下は、青い炎と倒れるモルフォナ社員たちで埋め尽くされた。

 やがてフェキシーは一つの扉の前、五階にあるひと際大きな扉の前に辿り着く。


「コフィの拾った情報よれば、ここに……」


 フェキシーは人の姿に戻り扉に手を掛けた。

 その先には――。

 部屋の大きさを明らかに超越した真っ白な空間と、無数の扉、縦横無尽に階段が伸びる不可思議な世界だった。


「エッシャーの騙し絵みたいだね」


 フェキシーはその光景に見とれる一方で、そのあまりの広大さに虚しさを感じた。

「本当にわたしに会う気はないんだね」


 折れそうな心を奮い立たせ、飛ぶように階段を駆け上がり始めた。

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