追憶のボーイミーツガール ⑤
わたしはそれから数週間、『モルフォナ』の病院を徹底的に調べた。
この時点では『隔離病棟』はなく、病院の本館や研究室の試験薬室を利用して実験は行われていた。
そこには沢山の顔のない人々が収容され、無気力に幻想世界を生きていた。
わたしはそれらの情報を握ったうえで、父と会い、話を聞くことにした。
父は嘘をつくのを止め、淡々と事実を説明した。
この世界の維持には多くの人柱、『Fトラスタミン』の作用で意識を失い、昏睡状態に陥っている生きる人間が必要と言うこと。人柱の確保のために病人や身寄りのない人を利用していること……。それだけでなく個人的なスカウト、SNS等を利用したプロモーション、あらゆる手段を駆使して、新たな住民を誘致し始めていると言われた。
まるで、悪い夢を見ているような気分だった。
「慰めにもならないかもしれないが、彼らは望んでこの世界に来た」
あの光景を見た後でそんな話を信じられるほど、わたしの頭の中はお花畑じゃなかった。
「それに犠牲も無駄にはならない。お前だけでなく、この後多く死後の存続を望む人々にとってこの『ゴーストタウン』は希望であり続ける」
わたしは話を聞き終えて、しばらく立ち上がることも出来なかった。
メイドに手を引かれ自室に戻ってからも、何も考える気にならなかった。
この地獄を創り出した一因は間違いなくわたしにある。
この夢の世界が何の犠牲もなしに成立していたと思い込んでいた後悔と自己嫌悪は、わたしからあらゆる気力を奪おうとしていた。
洗面所に行き鏡を見ると、生前よりも血の気のいい健康な自分の顔が映っている。
わたしは衝動的に自分の顔を殴りつけた。
痛みで涙が滲んでも、何度も何度も何度も――。
パキッ。
鋭い痛みと共に何かが割れる音がする。
もう一度鏡を見ると、ひび割れて穴の空いた自分――フェリシアの顔が映っていた。
砲弾でも受けたような真っ黒な穴、その先は何もない空洞だった。
「うあああああああああっ……」
わたしは心から叫んだ。
こんな紛い物のために何人もの人の命と人生が失われた。
瞼の裏には公園で倒れていた女性と、病院で拘束されている顔のない人々の姿がこびり付いている。
その日、わたしはそのまま眠りについた。
翌朝、目が覚めたらすべてが無くなっていることを願って。
▼ ▲ ▼
どれくらい眠っていただろうか、その間、わたしは優しい夢を見ていた気がする。
わたしはまだ学校に通っていて、病気は治っていて、それをクラスメイトたちが祝ってくれていて、何故か転校生でカイカくんもいて……。
「……お嬢様。起きてください」
その時メイドの声がして、わたしは幻想世界で目を覚ました。
「……わたくし、どうなってますか?」
「顔が痛ましいことになってます。『変幻』して作り直してください」
「ははっ、いいんですよ。この方がわたくしにはお似合いですから」
わたしの自嘲を受けてメイドは静かに目を伏せる。
「モルガン様が家を引き払いました。今後、お嬢様と会うことはないそうです」
「……へ?」
「今のお嬢様なら、この幻想世界の土台を司るモルガン様を幻想世界で殺し、現実世界に戻すことで『ゴーストタウン』を崩壊させかねない。……そう判断したようです」
「……はは、そっか」
わたしはそれを聞いて、父に上手い事コントロールされていることに気付いた。
父はわざわざ、この問題の解決方法があることを伝言してまで教えた。
父ほどこの人工島の細部を知り尽くしている人間はいない。父はこの土地に現実とはやや乖離した〝設定〟を組み込み、死者や眠った人々が留まれるようにしていると言っていた。
父一人を現実に帰すだけでは『ゴーストタウン』は崩壊しない。
ただし、同時に『隔離病棟』等にいると幻想世界の強度を支えている人間が現実に帰れば、この莫大な『ゴーストタウン』は形を維持できなくなり、元の不定形の『無意識の海』へと戻る。
伝言とこれまで父から聞いた話を総括すれば、それは容易に想像できた。
これを聞いた以上、わたしはこの問題に決着をつけるまでは自殺できない。
そんな無責任なことができないことを、父には分かっていたんだろう。
父は身を隠し、わたしを拒絶することで、自分の娘と幻想世界の両方を守ったのだ。
「分かった。それじゃあ、わたしはここを出ると父に伝えて」
わたしには戦う決意ができた。
これ以上犠牲者を出さないために、行動しないといけないと思った。
わたしは『モルフォナ』の敷地を出ると、それからこの前の『隔離病棟』への侵入まで一度もそこに戻ることはなかった。
わたしはそれから、幻想世界の仕組みや『モルフォナ』の企みを知るため暗躍した。
その過程でMMやクラム、『廃棄品同盟(レフトオーバーズ)』の仲間とも会った。
MMは彼女を殺した『モルフォナ』への復讐のためにエデンシティに来たけど、わたしやクラムたちと出会い、目的を子供たちの保護と『ゴーストタウン』の破壊にシフトした。
わたしの正体を知ったうえで、わたしの共犯者になってくれた。
妹さんを助けようとして、カイカくんとも再会した。
言い訳すると、あの時は『ゴーストタウン』から物理的に離れすぎたせいで意識が曖昧になってて、すぐにキミって気付けなかったんだ。
……それより前、この幻想世界から、現実世界へ逆に『潜行』できることのを知ったのはいつだったかな。
『潜行』と『隔離』は結局のところやっていることは同じで、現実の肉体を失ったわたしは代わりの器となる肉体を逆に現実世界に『顕幻』させることができるようだった。それがわたしだけの特技なのか、死んで肉体を失った精神体の全員ができるのかは分からない。
ただ、久しぶりに陽の光を浴びたとき、その身を焦がすような熱さと眩しさに、泣きそうになったことは覚えている。
偽りの体でも五感で感じる世界は鮮烈で刺激的だった。
この感覚を今度こそ忘れないように、長い間、そこに立ち尽くしていたのを覚えてる。
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