#6
隔離病棟 ①
徐々に景色が鮮明になっていく。
暗幕を降ろしたような、一つ一つの物が発光しているようにくっきりとした幻想的な世界――気が付くと、俺はまた『ゴーストタウン』に立っていた。
危険極まりないことに道路のど真ん中、すぐ近くに例の製薬工場の白い壁と、それを隠すように沢山の樹木が植えられている。
写真を撮った位置を強く意識しすぎたため、道路に出てしまったのだろう。
俺は二人と合流するために壁に近付いた。
「問題なくこちら側に来れたか」
ユウマとフェキシーはすでに木陰に隠れていた。
「この壁を越えて入ろうと思ったのだが、早速問題が発生した」
ユウマが白い壁の方を見上げる。見ると、現実は存在しなかった有刺鉄線のようなものが壁の上に張り巡らされている。
「強引に突破してもいいが、この鉄線はおそらく『顕幻』されたものだ。何らかの悪意ある設定が組み込まれていないとも限らない」
「……どうしますか?」
俺はふと、この前『ゴーストタウン』に入った発光している謎の鳥を思い出した。
「ここにいる鳥を使って入るとか?」
「止めた方がいい。あれは元が人間か人間が『顕幻』した生き物だから危険だ。それに単純に目立ちすぎる」
「……たしかにそうですね」
何かさらっと凄い情報を出された気がするけど、一旦置いておくことにした。
「ねえ。わたしに考えがあるんだけど……」
フェキシーは壁の方を見つめたまま一つの作戦を口にした。
▼ ▲ ▼
製薬工場の正門には黒いヘルメットで顔を覆い、銃を持った二人の警備員が立っていた。
俺たちが道路から近づくと、二人は銃を構えてこちらを向く。
仮面をつけた三人組、怪しいことこの上ないだろう。
フェキシーが仮面を捨て近づくと、二人の警備員は明らかにうろたえていた。
「どうも、お久しぶりです」
フェキシーは普段とは違った丁寧な口調で話していた。
見ると髪型も普段と違って下ろしていて、服装も上品な白いワンピースに変わっている。
「……お嬢様? ま、待ってください。すぐにモルペウス様にご連絡を……」
「あ、父には言わないでいて貰えますか? 今日は友達とゆっくり過ごしたいので……」
フェキシーは振り返って俺たちの方を見た。
その肌は白く瞳は青い、普段のフェキシーとはまるで雰囲気が違っていた。
「あっ……」
俺はその顔を見て、遠い日の記憶が蘇る。
「……ご友人ですか」
「ええ、街で出会ったんです。二人とも親切なので一緒に部屋で過ごしたいのです」
フェキシーはすぐにまた警備の方を向き、あくまでも丁寧に要求した。
「ですが……」
「もちろん、責任はわたくしが取ります。これまでだって問題なかったでしょう?」
「……まあ、お嬢様には自由にさせろと言われているので」
警備員はそれから、俺たち二人に近付いた。
「お嬢様に何かあったら、命は保証しないぞ」
警備員が口にする脅しの常套句には、俺は今さら何も感じなかった。
フェキシーの変装により、俺たちはあっさりと正門を抜けた。
正門から離れてしばらくしてから、建物の影でフェキシーは元の顔へとまた変身した。
「ふう、緊張したあ……」
「今のは……」
俺はフェキシーの変身以上に、変身した人物に驚いていた。
あれはかつて、俺が自分の故郷で遭遇した一人の少女と瓜二つだった。
名前は確か……。
「フェリシア・シーグローブ。この『ゴーストタウン』を生み出したモルペウスこと……モルガンの一人娘。一回街の外に出てる彼女と会ったことがあってね。部屋にお呼ばれしたこともあるんだ……」
「……そうだったのか」
俺はかつて出会った少女の正体を知り、その繋がりに運命を感じた。
「それなら、先に言ってくれてもよかったんだぞ」
一方でユウマの口調はどこか冷たい。
「ごめん。フェリシアに悪いと思って、できれば使いたくない手段だったんだ」
「……ふん、そういうことにしておこう。それで一度敷地に入ったことがあるなら、『モルフォナ』に囚われている人たちの居場所――噂の『隔離病棟』の場所くらい知っているんじゃないか?」
「いやー。そこまではちょっと……」
フェキシーは気まずそうに頭を掻いた。
「そう言うことなら、私が案内するか……」
ユウマはそう言うなり、物陰から出て敷地内を足早に歩き始めた。
「えー、どこにあるか知ってたの? いじわるっ」
「いいや、知らないよ。ただ、建物や部屋の配置には必ず理由がある。初めて言った店でも注意深く観察すればどこに何が置いてあるかはおおよそ見当がつくように、『隔離病棟』が配置されている場所を予測することはできる。建物の外観もヒントになる。君たちだって中に入らずとも工場と倉庫の区別はできるだろう」
「なるほど。『隔離病棟』がある場所ってなると……」
「敷地内には従業員専用の病院があるから、その近くだろうな。そのうえで一般的には人が立ち寄らないような、工場や社員が普段使う事務所とは離れた場所にある。脱出を警戒するなら塀の近くも避けるだろう。『隔離病棟』なんて呼ばれるくらいだ。おそらく縦に長く閉鎖感のあるビルなのだろう」
ユウマはほとんど迷いなく歩き続け、やがて俺たちの前に一つの無機質な建物が現れた。
「ここが……」
直感的にそれと分かるほど、それは他の建物と比べて異質だった。
武骨な金網に囲まれており、入り口らしいガラス戸からは病院の待合室を想起させる長い椅子がいくつか並んでいる。見える範囲では一階から二階に掛けては窓がなく、三階から上になってようやく、人一人通るのがやっとという大きさの窓がぽつぽつとある。
「おそらくな。正面突破は難しい裏口を――」
「よし、早速行こう」
俺は即座に金網に足を掛けて登り、反対側に着地した。
二人は病棟の敷地に入った俺を呆然と見ている。
「君は罠とかそういう可能性は考えないのか? まあ、異変はないようだから行くか」
ユウマは呆れながらも後に続き、フェキシーもけらけらと笑いながら続く。
俺は少しだけ恥ずかしかったが、見つからないうちに裏手に移動を始めた。
裏手には一つだけドアがあったが、鍵は掛かっていた。
『隔離病棟』だから当然と言ったところか……。
「予想通り電子ロックではないようだ。ID認証カードの『顕幻』が手間だからだろう」
ユウマはポケットから針金のような道具を取り出した。
「ピッキングツールか、使えるんですか?」
「この日のために練習はしたさ」
鍵穴に針金を入れると三十秒もしないうちに鍵が開いた。
静かにドアを開け、俺達は『隔離病棟』の中へと入った。
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