莫逆の街
鴉
第一章:緊急事態宣言
第1話 絶望
6畳一間の部屋には、コンビニの弁当やカップ麺、空のペットボトルが置かれ、残飯を漁って栄養源にして部屋の中を我が物顔で走りまわるゴキブリと、最新のゲーム機が置かれている。
「畜生……!」
部屋の主らしき20代前半の青年は、ろくに風呂に入っていないのか、ボサボサの髪の毛と伸び放題の髭、毛玉と食べ物のシミだらけのスウェットを着て、テレビとスマホ、パソコンを血眼になって見ている。
『新型コロナウイルス感染者が……緊急事態宣言が……』
普段テレビで見かけるコメンテーターは、ひどく焦燥し切った顔で、画面に映る数字を説明している。
(クソったれ、もうどうにもならねぇ! 店は潰れるし、一体どうすりゃいいんだ……!?)
玄関のインターホンが鳴り、自分がパンツ一丁だと気がついて慌ててボロボロのスウェットに着替えてドアチェーンをせずに扉を開くと、そこには堅苦しい雰囲気を醸し出す20代後半の青年がマスクをして立っている。
「……兄貴?」
「帰るぞ!」
「はぁ!? 嫌だね! あんなクソ親と暮らしたくねぇ! 勝手に死んでろと伝えろ!」
青年は怒りを露わにして怒鳴り、扉を閉めようとすると、力一杯に扉が開かれ、思い切り殴り飛ばされた。
「痛ぇな! なにしやがる!」
「これな……」
青年は、バッグから貯金通帳を取り出して、鼻血を出している青年に見せると、そこには150万円が振り込まれていた。
「お前がいつ帰ってきてもいいように、お金を貯めていてくれたんだよ。こんな場所で燻っていたくないだろ? 一旦うちに帰ってから出直しだ……!」
「う、うん……」
部屋の中からは、テレビが今日のコロナウイルスの感染者と緊急事態宣言について、専門家が熱弁する声が鳴り響いていた。
😷😷😷
2020年3月、新型コロナウイルスにより、日本をはじめとする世界各国ではロックダウンや緊急事態宣言が敷かれ、混乱の渦が巻き起こった。
ソーシャルディスタンスや密という聞きなれない言葉が生まれ、町中からは人が消え、居酒屋や飲食店、ジムや整体院、ライブハウスやクラブなど人と接する仕事は軒並み休業をせざるを得なくなった。
ネットニュースから流れる、感染状況のニュースを先ほど部屋で引きこもっていた青年は、兄の運転する車の中でため息をついて見ている。
「丈、そんなの見るな。洗脳されるぞ……」
「世の中こんなんばっかだな……」
普段なら、それなりに車が走っている高速道路は、やはり巣篭もりの影響でほとんど走っておらず、スムーズに進んでいった。
😷😷😷
冴島丈は、地元の底辺高校を出てから長年の夢である飲食店を経営するため、昼間は調理師学校に通い、夜はアルバイトに精を出して貯金をしていた。
20歳を過ぎ、ようやく都内に店を構えることができた矢先、新型コロナウイルスが蔓延、休業をせざるを得なくなり、店を畳む羽目になった。
幸いにして借金はしなかったが、調理師免許と職歴が飲食店のバイトしかなく、仕事を探そうにも何処もなく、いよいよ首を吊るしかないと思った矢先、地元で小さな司法事務所を構える兄の司が迎えに来てくれたのである。
丈の暮らしているアパートから車で1時間程の小さな田舎町の実家に久しぶりに戻ると、父親の英樹と母親の舞が気の毒そうに出迎えてくれた。
「お前、苦労したんだな……」
「……」
「悪いがお前のことは、探偵を使って調べさせてもらった。必死の思いで店を守ろうとしたが、コロナでダメになったのは知っている。これからのことなんだが、お前の部屋は残しておいてある。仕事は司が見つけてきたから、まずは今月は引っ越してから準備をしろ……」
英樹は、相当苦労してやつれはてた丈を見て、どうにもならない世の中になってしまったんだなあと深いため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます