第10話閉ざされた道場

「見つかった」


その二文字は、もはや単なる思考ではなかった。血管の中の血を凍らせる、現実だった。激しく打っていた心臓は今や止まったかのようで、代わりに耳をつんざくような静寂が胸の内を満たした。時は、凍り付いた。動いているのは、道場の中へと突き刺す夕暮れの光の柱の中で、舞い踊る埃の粒子だけだった。


向こう側、その静かな世界の中で、白鷺海斗は永遠のようにも感じられる数秒間、動かなかった。その瞳、嵐の空のような灰色が、障子の破れ目を通して、瞬きもせずに春姫の視線を捉えて離さない。そこには驚きはない。ただ、冷たい認識があるだけだ。『また、お前か』と。


そして、あまりにもゆっくりと、脅威的にさえ感じられるほど制御された動きで、彼は両手を横の木の床についた。体を、押し上げる。急ぐ動きではない。ほとんど音を立てない、効率的な動き。彼はすっくと立ち上がり、その姿勢は完璧にまっすぐで、まだ半分しか掃除されていない床に、その影が長く伸びた。


春姫は、逃げるべきだった。あの路地裏の時のように。足が、踵を返して、できるだけ遠くへ逃げろと絶叫している。だが、彼女は釘付けになっていた。二人の間の重い静寂に、催眠術をかけられたかのように。


白鷺が、扉に向かって一歩、足を踏み出した。そして、もう一歩。清潔な木の床を踏むその足音は、こつん、こつんと柔らかく響き、避けられない対決へのカウントダウンを刻んでいく。


彼は、引き戸の真ん前で立ち止まった。手が上がり、滑らかな一つの動きで、それを横へと押し開ける。


スッ……。


扉は、完全に開かれた。もはや、破れた紙の盾はない。春姫は、薄暗い廊下に完全にその身を晒して立っていた。夕暮れの光の下、その顔は真っ青だった。


「ここで、何をしている?」


その声。低く、感情がなく、氷のように鋭い。それは質問ではなかった。非難だった。


春姫の口が開いたが、声は出なかった。頭がパニック状態で回転し、嘘を、言い訳を、何でもいいから探している。「わ、私……道に、迷って……」


それは、史上最悪の言い訳だった。その言葉が口から出た瞬間、彼女自身もそう分かっていた。


白鷺の唇の端が、わずかに吊り上がった。だが、それは微笑みではない。怒りよりも、ずっと突き刺さるような、冷笑的な表情だった。「道に迷った、か」と、彼は繰り返した。まるでその言葉を味わい、腐った味がするのを確認しているかのように。「この古い体育館は、一般生徒には閉鎖されている。ここからどこかへ抜ける近道もない。お前は、道に迷ってなんかいない。」


彼は道場から一歩踏み出し、今や廊下で、春姫からほんの数歩の距離に立っていた。汗と、洗剤のかすかな香りが、彼から漂ってくる。「もう一度聞く。ここで、何をしている?」


「わ、私は、ただ……」春姫は唾を飲んだ。喉が、紙やすりのように乾いている。嘘は、もう通じない。残されたものは、一つだけ。恥ずべき、真実。「……ただ、気になっただけです。」


その言葉が、二人の間に漂った。気になった。あまりにも子供じみた、あまりにも無遠慮な理由。


白鷺の表情は変わらなかったが、春姫は彼の瞳の奥に、何かが動くのを見た。深い疲労に似た何か。まるで、この種の好奇心には何度も直面し、もううんざりしている、とでも言うように。


「お前の好奇心など、俺の知ったことではない」と、彼は平坦に言った。「そして、ここは、お前の好奇心を満たすための場所じゃない。観光名所じゃないんだ。」


「そんなつもりじゃ!」と、春姫は素早く遮った。声が少し震えている。「聞いたんです……剣道部のこと。誰も入部したがらないって。私は、ただ……見たかっただけです。」


その告白は、過ちだった。


白鷺の瞳の氷の壁に、ひびが入った。その向こうに、冷たい怒りの閃光が見える。「誰に聞いた?」と、彼は吐き捨てた。声が一オクターブ下がり、より危険な響きを帯びる。「恵美先輩か。だろうな。」


彼は顔を背け、苛立たしげな動きで前髪をかき上げた。「それで、ここへ何をしに来た? 部員を一人も集められない負け犬を見に? 笑いに来たのか?」


「違う!」と、春姫はその非難に傷つき、叫んだ。「全然、違う! 私は、ただ、分からなかっただけ!」


「お前に分かってもらう必要など、何もない」と、彼は鋭く言い返し、再び春姫を突き刺すような視線で見た。「これは、俺の問題だ。お前の問題じゃない。恵美先輩の問題でもない。この学校の、誰の問題でもない。」


再び、静寂が落ちた。以前よりも、重い静寂が。春姫は、自分の心臓がパニック状態で耳元で打つのを感じた。見えない境界線を、越えてしまった。彼が隠そうとしていた傷に、踏み込んでしまったのだ。


白鷺はしばらくの間、彼女をじっと見つめ、何かを決断しているかのようだった。そして、長い息を吐き出した。体中の全てのエネルギーを吐き出すかのような、ため息。彼が再び口を開いた時、その怒りは全て消え去り、もっと悪いものに取って代わられていた。完全な、無関心に。


「帰れ。」


たった一言。だが、その言葉は、春姫の顔の前に突きつけられた壁のように感じられた。


「でも、私は――」


「帰れ」と、彼は繰り返した。今度はもっと静かに、もっと決定的に。彼は、もう春姫を見てさえいなかった。踵を返し、道場の中へと戻り、バケツの横から雑巾を拾い上げる。まるで、二人の会話などなかったかのように。まるで、春姫などそこにいなかったかのように。


春姫は石のように立ち尽くし、その頬は羞恥と拒絶で熱くなっていた。濡れた雑巾が、再び木の床をこする音だけが、そこにあった。シュッ。シュッ。シュッ。彼女を追い払う、音。


重く、こわばった足取りで、彼女は背を向けた。走らなかった。歩いた。その一歩一歩が、敗北のように感じられた。後ろを振り返らなかった。薄暗い廊下を、道場から、あの男の孤独から遠ざかっていく。やがて、雑巾が床をこする音も、古い建物の静寂に飲み込まれていった。


***


その日二度目に校門を出た時、外の空は打ち身のような紫色に染まっていた。風は、先ほどよりも冷たく、剥き出しの肌の隅々までを刺した。彼女はブレザーの襟を高く引き上げ、そこに顎をうずめた。


胸の中は、感情が入り乱れていた。もちろん、恥ずかしかった。地球が自分を丸ごと飲み込んでくれればいいと思うほどに。だが、その羞恥心の下に、何か別のものがあった。それは……苛立ちのようなもの。


白鷺に、同情は感じなかった。違う、そうではない。彼女が感じていたのは、奇妙な苛立ちだった。彼の頑なな孤独に対する苛立ち。彼が築き上げた、あまりにも高い壁に対する苛立ち。その壁の内側で彼がしていることが、死にかけの希望を手当てすることだけだというのに。


帰れ。


その言葉が、頭の中で繰り返される。あまりにも冷たく。あまりにも、絶対的に。


彼女は、ぼうっとしたまま自宅に着いた。キッチンからのカレーの香りが彼女を迎え、外から持ち帰った冷たさとは対照的な温かさを与えてくれた。


「お帰りなさい」と、キッチンから佳苗が声をかけた。彼女は振り返り、娘の顔を見ると、その笑みが少し曇った。「あら、どうしたの? 顔、真っ青よ。学校で何かあった?」


「ううん、何でもない、お母さん」と、春姫は嘘をつき、ゆっくりとした動きで靴を脱いだ。「ただ……ちょっと疲れただけ。宿題、多くて。」


その嘘は薄っぺらかったが、佳苗はそれを受け入れたのか、あるいは、それ以上追求しないことを選んだようだった。「そうなの。早く手を洗って。夕食、もうすぐできるから。」


夕食は、味がしなかった。春姫はただご飯をかき混ぜるだけで、その心はまだ、埃っぽいあの道場に取り残されていた。一人で跪き、一枚、また一枚と床を拭いていた、白鷺の背中の姿が、目の前でちらつき続けた。


母の皿洗いを手伝った後、彼女はすぐに自室に閉じこもった。ベッドに身を投げ出し、真っ白な天井を見つめる。携帯が数回通知音を鳴らした。おそらく桃からだろう。だが、それを無視した。


考えずにはいられなかった。あの矛盾。猫を手当てし、道場を手当てする、同じ忍耐強さを持った男。同じ突き刺すような無遠慮さで、彼女を拒絶した男。


このままでは、いけない。遠くから覗き見し、情報の断片から推測する。それは、うまくいかない。ただ、見つかって、邪魔者のように追い払われるだけだ。


もし理解したいのなら、壁の外にいてはだめだ。中に入る方法を見つけなければ。正当な方法を。彼が、拒絶できない方法を。


一つの、馬鹿げた、あまりにも突飛で馬鹿げたアイデアが、心に浮かんだ。そのアイデアは、全く異なる理由で、心臓を激しく高鳴らせた。恐怖からではない。スリリングな、無謀さから。


これは、俺の問題だ。お前の問題じゃない。


もし……もし、それを、自分の問題にもしてしまったら?


春姫はベッドから起き上がった。学習机へと向かい、ノートパソコンの電源を入れる。検索バーに文字を打ち込む手が、少しだけ震えた。白鷺海斗の名前ではない。


彼女が打ち込んだのは、『篠ノ目高校で未公認の部活に参加する方法』。


結果は多くはなかった。だが、古い生徒のフォーラムへのリンクが一つあった。休部中の部を復活させる方法についての、スレッド。最低二人の部員と、一人の顧問の教師が必要。


最低、二人の部員。


白鷺は、一人だ。あと一人、必要なんだ。


春姫はノートパソコンの画面を見つめ、息を殺した。剣道のことなど、何も知らない。竹刀を握ったことなど、生まれてこの方一度もない。馬鹿げてる。本当に、馬鹿げてる。


でも、あの孤独な背中の姿が、再び浮かんでくる。


そして初めて、春姫は恐怖も好奇心も感じなかった。彼女が感じたのは、何か別のもの。


挑戦状のような、何か。


もう一度、あの道場へ行く。でも、次は、扉の隙間から覗き見なんてしない。


次は、正面から入る。


そして、白鷺海斗は、もう彼女に「帰れ」とは言えなくなるだろう。

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