第18話 義妹と甘い背徳。

 四限と五限の間の休憩時間に瑠香と色々あったが、俺は放課後を迎え、校門近くの桜の木の下で陽花が来るのを待つ。


 当然ながら瑠香の誘いは断った。


 放課後にデートをしようなどと寝ぼけた提案をしてきたのだが、そんなもの飲めるはずがない。


 俺には陽花がいるし、あいつには遊星がいるはずなのだ。


 葵じゃないだろう、と。そう言ってもなお屈する様子を見せずに誘ってくる。


 どこまで肝が据わっているのか、と尊敬したくなった。


 結局あいつの口から葵じゃないことを認めるようなセリフは直接聞けなかったし。


「……くそ」


 軽く舌打ちをし、唇に手をやった。


 キスの感触がまだ残ってる。


 最悪の気分だ。


 あいつは美少女だけど、意図的でないとはいえ陽花を裏切るような行為をしてしまった。


 自分で自分を殴りたくなる。


 記憶諸共消してしまいたい。早く陽花に会いたい。


「……早く来てくれ、陽花」


 小声で呟いた刹那だ。


「……お兄ちゃん、お待たせ」


 か細く、どこか冷たい声が背後から聴こえる。


 ハッとして振り返ると、そこには鞄を肩に掛けて立っている義妹の姿があった。


「あ、あぁ……! 陽花……! 大丈夫、俺も今来たとこ……ろ?」


 言葉尻を窄ませながら、俺は疑問符を浮かべた。


 陽花の表情、その瞳の光が消え失せている。


 確実に何かあったような、そんな雰囲気を漂わせていた。


「陽花……? どうかしたか……? なんか……落ち込んでるような……」


「……あは。落ち込んでるってわかるんだ。さすがお兄ちゃん」


 とらくん呼びではなかった。


 確実に何かいつもと温度の違う。


 今から二人きりで遊ぶのに、それを喜んでるようじゃなかった。


 むしろ嫌なことがあったような、そんな感じ。


「話聞くぞ……? 何かあったのなら俺に……」


 と、言った瞬間。


 陽花は肩に掛けていたカバンを地に落とし、がっつくようにして俺の方へ前から体を預けてきた。


「んっ……!?」


 似た感触。


 四限と五限の間の時間に襲いかかってきた女の子の味。


 似たようで、少し違うそれがもう一度繰り返された。


 キス。


 背伸びをしながら、俺の何かを奪うように乱暴なキスを陽花からされる。


「よ……う……んんっ……!」


 容赦が無い。


 瑠香もかなり強引だったが、陽花のそれは執念すら感じさせるほどねっとりしていて、舌を絡めるとか、そんな甘いキスじゃなかった。


「ぁ……あっ……」


 通りかかる奴もいる。


 それなのに、陽花は漏れ出る声を抑えることなく、懸命に俺の舌と自分の舌を絡め、なんなら甘噛みしてきた。


 息継ぎして、またキスは繰り返される。


 やめてくれ、と。


 そう言おうとしても、それが声にならない。


 俺はキスに溺れていた。


 陽花のキスに溺れる。


 膝が震え、意識も蕩けてしまいそうになっていた。


 情けない。


 体の力が抜けた。


「ぁ……がっ……」


 女の子みたいな腰砕け。


 膝から崩れ落ち、俺はその場で座り込む。


 そこでようやくキスから解放された。


 通りかかっていた奴だろう。


 数人の囁く声が辺りから聴こえたが、そっちに意識を向けられず、俺はただ息を荒くさせていた。


「……とらくん……こんなにとらくんは可愛いのに……」


 怒りの色すら窺える陽花の声。


 見上げると、義妹は瞳に爛々と危険な色を灯しながら俺を見下ろしていた。


「大丈夫……大丈夫だよ? 私、全部……全部全部見てたから」


「……?」


 精も根も尽き果て、震えながら小首を傾げる。


 陽花は口元をゆらりとニヤつかせ、


「とらくんは悪くない……悪いのは全部若野先輩だから」


「ぇ……?」


「キスしかけたの、全部あの女だった。とらくんは悪くない。とらくんは被害者なの。決して自分からキスしてたわけじゃない」


 瞬間的に察した。


 陽花は瑠香とのキスを見ていたのだ。


 あの短い時間、俺たちのいた二年生の教室階までわざわざ足を運んで。


「とらくんのこと……やっぱりもっと監視しなきゃ……ね」


「よ、陽花……俺……」


 言葉を紡ごうとする俺と目線を合わせるため、陽花はしゃがみ込んでくれる。


 そして、そっと抱きしめながら囁いた。


「大丈夫……別に監禁したりするわけじゃないからね?」


 監禁。


 異様な言葉に俺は静かに震えた。


 優しさと怖さ。


 それが陽花の抱擁からは伝わってくる。


「今から……もうおうちに帰ろ?」


「……家に……?」


「うん。おうちで、キスの続きするの」


 ゾクっとする。


 背徳と甘美さに俺は震えた。


「渡さない……絶対に……絶対に渡さない……」


 首を甘噛みされる。


 俺が声を漏らすと、陽花は抱き締める腕にさらに力を入れ、身震いしていた。


「お兄ちゃんは私のもの……震えるくらい……溶けるくらい……全部……全部……全部全部全部私のものにするぅ……」


 俺の首筋には陽花の付けた噛み跡が残っていた。


 痺れるような、じんわりとした背徳の痛み。


 それによって俺も狂わされていたのだ。


 陽花からの誘いを断れなかった。


 家。


 部屋に帰って、二人きりで過ごそうという、そんな提案を。

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