第17話 初めてなの。こんなにドキドキするの。

「ねえ、提案があるんだけど、放課後私と一緒にデートへ行かない?」


 遊星の姿が見えなくなってすぐ、あっけらかんとした感じで瑠香は俺にそう言ってきた。


「とんでもないクソビッチだな。お前、そんなキャラだったか?」


 清楚で売ってる女優の裏側をモロに見せられているような心地になる。


 俺のセリフを受けて、瑠香はクスクス笑った。


「酷いこと普通に言うね。私だから許すけど、他の女の子にそういうこと言っちゃダメだよ?」


「相手は選ぶ。どうしようもない奴には遠慮なんてしない」


 キッパリ伝えると、瑠香は少しだけ神妙な面持ちになり、


「どうしようもない奴って、私は葵だよ? 久しぶりに会えたのに、なんでそんな刺々しいの?」


「そんなの決まってる。お前が葵じゃないからだよ」


 即座に返す俺を見つめて、瑠香は固まる。


 そして、すぐに鼻で笑ったが、彼女の言葉を待つ前に俺は自分から続ける。


「そもそも、仮にもし本当にお前が葵だったとしたら、俺はもっと強く言ってる。そういう人の気持ちを弄ぶようなことはやめろってな」


「それ、伊刈君が言えるの?」


「言えないな。俺が伊刈虎彦のままだったなら」


 言うも、瑠香は「ううん」と首を横に振って、


「君が正木俊介君であっても、だよ。それは君にも言えるの」


「……は?」


 俺がいったい何をしたというのか。


 ただこの世界に転生してきて、遊星の周りにいる女の子たちに手を出したわけでもない。


 最初から傍にいてくれた陽花だけを大切にしよう、と。


 ラバポケの主要人物に干渉せず、その思いだけを貫くつもりだ。


 それなのに、なんでこんなことを言われないといけない。


「簡単だよ。君はちょっとカッコつけ過ぎなの。私のこと、葵じゃないとか言うし」


「お前は葵じゃない。それはもう確信してる。あいつなら八神を弄ぶ様なことはしない」


 瑠香は笑う。嫌な感じで。


「別に弄んでなんかないよ。私は遊星が大切。だけど、君のことはもっと気になる。ただそれだけ」


「なんで俺のことを気にする? 元々お前は伊刈のことを嫌っていただろうが」


「うん。遊星から私を奪おうとする伊刈君のことはね。でも、今は違うから」


 こいつに好かれる様なことは何もしていない。


 そう言うのにも関わらず、


「ううん。そんなことない。君は私の気持ちをくすぐる様なこと、結構してる。だからこうして喜んで二人きりになってる」


 距離が近くなった。


 ただでさえ正面から近かった俺と瑠香の距離が、また一際近くなったのだ。


「今の君は、遊星に無いものを持ってる。遊星がくれないものをくれるよ?」


「葵らしからぬ発言極めてるな。認めろよ、嘘ついてたって」


「どんな根拠を持ってそう言ってるの? 急に強く疑うけど?」


 簡単だ。


 簡単だけど、そこはなんとなく伏せた方がいいような気がした。だから、俺も嘘をついた。


「陽花が葵だった。あいつから教えてくれた」


「あははっ! 絶対嘘! それこそ君が嘘ついてる!」


 近距離でクスクス笑う。


 うっとりするような瞳には艶があり、危険な色が浮かんでいた。


 まるで俺を飲み込もうとするような、危険な色。


「あの子はそんな嘘つけない。私にはわかるんだ〜」


「どういうことだよ?」


「だって陽花ちゃん、私と違って良い子だもん」


「葵も良い奴だった」


「ふふふっ。残念でした。葵ちゃんは成長して悪い子になっちゃったのです。こうして……」


 瞬間的に瑠香の顔が急接近してくる。


 目を見開くけど、それでは遅かった。


「んむっ……!?」


 唇に、自分のものとは違う唇が重なる。


 それは触れるだけにとどまらず、やがて俺の口内へ侵入してきた。


「んっ……ぐっ……! めっ……ろ……!」


「んっ……ふふ……んちゅ……っは」


 ヤバい。


 力が強い。


 離れられない。


 ……けど。


「や……めろって言ってるだろ!」


 彼女の体を押し、強引にキスから逃れる。


 俺が息絶え絶えなのに対し、瑠香は目尻を下げ、わずかに頰を紅潮させながら舌を出し、こちらを見つめていた。


「……ねえ、伊刈君? やっぱり君のこと、好き」


「ふざ……けんな……」


「ふざけてないよ。伊刈君じゃなくて、俊介君って呼んだ方がいいかな?」


「ふざけんなって言ってるんだよ!」


 声を大きくさせる。


 向こうの方にいるであろう誰かに見られる可能性があったが、そんなことを気にしてもいられなかった。


 感情を爆発させる。


「意味がわからないんだよ! なんでお前が俺のことを好くんだ! 遊星がいて、あいつはあんなにもお前を大切にしようとしてくれてるのに!」


「……ふふふっ。優しいなぁ、本当に」


 優しくない。普通だ。


 あんなに大切にしようとしてくれてる男がいるのに、なぜこいつは他の奴の元へ行こうとしているのか。


「遊星には無い優しさなの。俊介君の優しさって」


「……は!?」


 乱れた髪を直しながら、瑠香は続ける。


「私ね、別にイタズラに君のことを好きって言ってるわけじゃないよ? ちゃんと理由があるんだからね?」


 困った子を相手にしてる様な言い方だ。


 不快感しか募らない。冗談めいたやり取りをしているわけじゃないのに。


「遊星さ、モテるじゃん?」


「……俺もモテるだろ」


「あはっ。自分で言うんだ〜?」


「伊刈虎彦はモテる。その上でお前を遊星から奪おうとするクソ野郎なんだよ」


 苛立ちを隠さずに言ってやった。


 今は俺、正木俊介の話なんてしていない。


「まあいいや。とにかく、遊星ってモテるじゃん? 史奈も、さっちゃんだって遊星のこと好きだし」


 さっちゃんってのは皐月のことか。


「モテるから、私に対しても少し雑なところがあるんだよね」


「雑……? あれでか?」


 求め過ぎなんじゃないか、と。


 そういった思いを目に込めて言う。


 すると、瑠香は首を横に振った。


「あんなの、俊介君が本格的に私を奪おうとしてるって思ったからでしょ? 普段あんなこと言わないもん、遊星」


「……そんなこと」


 ……無い。


 そう言い切ることができなかった。


 なんとなくだが、確かにラバポケの本編でもあいつは女の子にそっけない選択肢しか出さないことがたまにあった。


 あくまでもたまに、という認識だが、瑠香からすればそれは割と頻度の高いことという認識なのかもしれない。


「前もひどいんだよ? 私と帰ろうって言ってたのに、突然史奈に強く誘われたからってそっちの方行ってるの」


「……まあ、それは確かに良くないな」


 くそ。


 ひどくはない、と否定できない。


 瑠香のノリが良くなってくる。


「でしょ? さすが俊介君だよ。わかってくれるよね〜?」


「おい、その俊介君って呼び方やめろ。誰かに聞かれてたらマズいだろうが」


 言うも、瑠香はキョトンとして、


「でもさっき、『もう隠す必要もない』みたいなこと言ってなかった?」


「八神に対しては、だよ。誰彼に対して正体明かすわけないだろ? 陽花にもまだ面と向かってはっきり言ったわけじゃないのに……」


 ごもるように言うと、瑠香は「へぇ」と目を細めてきて、俺に体を預けてくる。


「だ、だからそういうことはやめろって……!」


「やめない。嬉しいんだもん。陽花ちゃんにちゃんと言ってないこと、先に私に言ってくれるって」


「い、言ってないだけで、あいつはもう俺のことを知ってるんだぞ!? 別にお前が初めてってわけじゃ……!」


「初めてだよ。……初めてなの」


 ……私、こんなにドキドキするの。


 ボソッと呟き、瑠香は俺のことを強く抱きしめてくる。


 逃れようとしたところで、五限開始を伝えるチャイムが鳴り響くのだった。

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