第18話【妖怪】
「妖怪ってさ、今で言う“バグレポート”だと思うんだよね」
放課後、図書館の民俗学コーナーで名雪さんが開いたのは『百鬼夜行絵巻』の復刻本。色あせた紙の上で、火の玉や一つ目の怪が列をなしている。
「バグレポート、ですか?」
「そう。昔の人が“説明できない現象”をスクショ代わりに絵や名前で残したのが妖怪。夜に物音がする→化け狸。火が勝手に光る→鬼火。いまなら“配線ショート”って書かれるやつ」
「"この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口君"って、やつですね。妖怪は“観測できたけど理解できなかった事象”というわけです」
「でた、京極堂。わたしは、"絡新婦の理"が一番好き」
彼女はページをめくりながら、ニッと笑った。
「じゃあ、もし今の生活で妖怪を描くなら?」
俺は少し考え、ペンを走らせる。
「“電波切断鬼”ですね。動画が止まるたびに現れ、スマホのアンテナを一本ずつ持って逃げます」
「わかる! しかもテスト前に出る確率が高い」
「統計的に“重要なタイミングで通信が途切れる”と体験が強調されるからです。妖怪化すると記憶に残る」
名雪さんは今度、自分のノートにさらさら描いた。頭が四角い影のキャラ。
「これは“課題プリント喰い”って妖怪。机の上に置いたプリントを必ず消して、締め切りの翌日に返してくる」
「それは妖怪ではなく、整理整頓の欠如です」
「夢がない……」
二人で笑いながら絵を描き足していく。自動販売機に小銭を吸い込む“銭呑み”、夜の教室でプリンターを勝手に動かす“カタカタ様”。妖怪は恐怖よりも、どこか親しみやすい。
ふと、図書館の蛍光灯が一瞬だけチカリと揺れた。俺たちは顔を見合わせる。
「今の……妖怪?」
「電圧変動です。でも——“灯火揺らし”と名付ければ妖怪になります」
「名前をつけた瞬間に、現象が物語になるんだね」
「はい。理解できないものを怖がるより、名前を与えて共有するほうが人は落ち着きます」
窓の外、夕闇が濃くなる。百鬼夜行の絵巻は閉じても、俺たちのノートの隅には新しい妖怪たちが並んでいた。
「茨木くん、帰り道で出たら困る妖怪、ひとつ想像して」
「……“大雨降らし”でしょうか、今日は傘持って来てないので。」
最近は線状降水帯による突然の豪雨が多い。
「それは絶対に封印しよ!」
声を潜めて笑う俺たちの背後で、また蛍光灯が微かに震えた。でももう、怖さより“どんな名前をつけてやろうか”という好奇心が勝っていた。
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