第2話
リアは、久しぶりに再会した僕の姿に歓喜し、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。 彼女の瞳は輝き、喜びを隠しきれない様子だった。
「わぁぁぁ、本物のノクスお兄ちゃんだぁぁ!しかも、私の理想通りのイケメンに育ってるよ、グヘヘ!」
客観的に見れば、僕の容姿は平均か、せいぜい少し上といった程度だと思うが、恋する乙女の目には、どんな姿も輝いて見えるものなのだろう。
僕は、リアの興奮をよそに、冷静な声で言った。
「…よし、とりあえず除隊手続きをしてやるから、申請書を貸しなさい」
しかし、リアの耳には、その言葉は届いていないようだった。 彼女は相変わらず、僕の周りを飛び跳ね続けている。
「わぁぁぁ、心が跳ねちゃう☆あ、そうだ!再会の抱擁をする前に、聞いておきたいことがあるんだ!」
僕は、ため息まじりにリアを諭した。
「相変わらず、人の話を聞かない奴だな、お前は…。あと、お兄ちゃんに抱きつくのはやめなさい。兄妹でそんなのは不健全だ」
しかし、リアは僕の言葉には答えず、その瞳は次第に深い闇を帯びていった。
「ねぇ、ノクス…いま、付き合ってる女とか、いるの?」
リアから放たれる異様な気配に、僕は背筋が凍る思いだった。
わぁぁぁぁ、相変わらず怖い……。
「残念ながら、仕事ばかりで、そんな暇はないよ。…でも、いるって言ったらどうするんだ?」
リアは、にっこりと微笑んだ。 その笑顔は、どこか恐ろしいものを含んでいた。
「ん?その女、蹴り殺す」
僕は、再び背筋に寒気が走るのを感じた。
ほんとにこの子は、恐ろしいことを平然と言うな!
久しぶりの再会で、すでに背筋が凍るような思いをしている僕は、次に何を言うべきかと思案した。 うかつに変な地雷を踏んで、明日の我が身が危険にさらされるのは避けたい。 そう逡巡していると、不意に背後から声がかかった。
「おや…堅物くんが女連れとは珍しいね。ついに春の訪れかい?いいね、若いの!」
そんなおっさん臭いことを言ってきたのは、僕の女上司であるフィナ ・ メルダースだった。 長い黒髪に整った容姿と、見た目は申し分ないのだが…。
「フィナさん、からかわないでくださいよ。あと、この子は僕の妹です。前に話したでしょう?」
フィナさんは、少し考える素振りを見せてから、合点がいったように言った。
「ああ、あの毎回手紙を30枚も送ってくる子か。花屋で働くのではなかったの?」
過去にリアから送られてきた手紙には、「式はいつにするだの、子供は何人欲しい?庭付きプール付きがいいだの、将来はノクスの隣で働くんだの」と、長々と書かれていた。 その中で僕の目に留まった文に、こう書かれていたのを思い出す。
『孤児院の先生から、お前は黙ってると花のように綺麗だね。って褒められちゃった。会うのが楽しみになったでしょ?』
僕は、その手紙の返信にこう書いた。
「なら、花屋で働きなさい」
「そうなんですよねぇ、僕はそう勧めたんですけどねぇ…」
しみじみとした表情で言う僕の肩を掴み、フィナさんは耳元で囁いた。
「でも、本当に綺麗な子じゃない。スタイルもいいし、どこに不満があるのよ?」
「容姿の問題ではなく、中身の問題です…」
「おいおい、堅物くんか?そんなの、お前色に染め上げちゃえば…」
「フィナさんも、中身はだいたいおっさんですよね…」
僕たちのくだらない会話をよそに、リアは愛想笑いを浮かべながら、フィナさんに問いかけた。
「あの…フィナ上官は、いま公務中で?」
「いえ、先ほど公務が終わったところで、うちのノクスくんが綺麗な子と話してたから、ついね」
リアは、しばらく沈黙したあと、冷たい声で言った。
「…なら、その手を早くどかしてもらっていいですか?私のノクスですよ?蹴り殺しますよ?」
リアの目は、完全に座っていた。 その場にいる誰もが、彼女の言葉が冗談ではないことを理解しただろう。 フィナさんは、僕の肩から手を離し、苦笑いを浮かべた。
「いやー、ごめんごめん。愛されてるね、ノクスくん」
小声でフィナさんは呟く。
「(小声)いや、怖いなこの子」
僕もまた小声で返す。
「(小声)だから、前にもそう言ったでしょう」
リアは、フィナさんが僕から手を離したのを見て、満面の笑みを浮かべた。 その表情は、まるで何事もなかったかのように明るい。
「じゃぁ、久々の再会を祝って、デートしよっ!どこがいいの?ノクスの私室?」
僕は、顔をしかめて制止する。
「やめなさい、はしたないです」
リアは、にやにやしながら僕をからかう。
「やだぁ、はしたないこと考えてたの?このスケベ」
「…てめぇ、この野郎…」
二人の軽妙なやり取りを、フィナさんが止めた。
「ごめん、公務は終わったんだけど、ちょっと偵察任務があって、ノクスの手も借りたいんだ」
リアは、途端に表情を曇らせた。
「…なんですか?邪魔しようっていうんですか?」
フィナさんは、慌てて否定する。
「いや、そうじゃないよー、本当に任務だよー、ね?ノクス」
僕は黙り込み、一言だけ応えた。 その目は、今までリアをあやしていた兄の目とは違い、鋭い眼光を帯びていたはずだ。
「了解」
「ちょっと!ノクス!」
「ごめんな、リア。話は、仕事が済んでからだ」
足早に駆けていく僕たちの背中を見送りながら、リアは呟いていた。
「あの女…私のノクスなのに…」
僕は、フィナさんと並走しながら、任務の詳細を尋ねた。
「ランクは?」
「異常個体B」
「数は?」
「ざっと6」
「リミッター解除申請値は?」
「40。充分でしょ」
「ああ…問題ない」
フィナさんは余裕そうな表情を浮かべているのに対し、僕の眼光は、さらに鋭さを増していくのだった。
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