二章 追想の旅
二章一話 取り戻すために
「──レルド、共和国?」
「うん。この国のすぐ隣にある国でね。文化の発展が一番進んでいる国なんだ。最近は革命とかも起きていなくて落ち着いているから……今のうちに、旅先に選んでおいた方がいいと思ってね」
アウルが指を立て、その国についての説明をする。
文化の発展が進んでいるなら、日本に近い国なのかもしれない。そこにいけば、カオルの記憶にも、何かいい変化があるかもしれない。
「そこにしましょう。……ところで、革命っていうのは?」
「少し前に盛んに起きていたんだ。環境の格差が不理解と差別を生み、同じ国民を敵同士にしてしまった」
「──そう、なのですね」
「今は情勢も落ち着いているから、心配はいらないと思うよ。それに、カオルくんの身なりを見るに、かなり君たちの故郷はレルド共和国に近い文明だったんじゃないのかな」
カオルの服装に目をやり、アウルがそう口にする。
言われてみれば、カオルの服は最後に会った時の服のままだ。
カオルのセンスが現れていてココアは大好きな服装だが、この国では少し浮くかもしれない。アウルが気付いたのも、そこに目がいったからだろう。
「──うん、そこがいいと思います! ……えっと、ご主人様はいかがですか?」
「俺もそこでいいと思うよ。……旅はすぐにですか?」
「うーん……ココアちゃんが急いでいるように見えたから、急ぎで想定しているけれど……カオルくんと再会できたんだし、ココアちゃんはそこまで急ぐ必要はないのかな?」
「──いえ、悠長なことは言っていられません。記憶をなくしたご主人様を狙う者がいないとも言い切れませんし、そもそも、記憶をなくした原因を知らなければ、また同じようなことが起きてしまうやもしれませんから」
カオルの記憶を奪ったのが異世界転生のショックならいい。
だが、もしその原因が誰かの作為的なものなら、ココアは振り上げた拳を収められるか分からない。
それに、カオルは優しいからなんでもないような顔をしているが、内心は穏やかではないだろう。自らを構成する、記憶を奪われたのだから。
「──ご主人様のお身体に負担がかからない程度に急ぎましょう。そういえば、この世界の移動手段ってなんですか?」
「主に馬車と転移魔法だね。後者は誰でも使えるわけじゃないから、多いのは馬車かな」
「なるほど……では、馬車を取りましょう。出発は明日の朝にしたいです。何とかなりますか?」
「うん、出来るよ。こう見えて、知り合いは多いからね」
「アウルさんは物知りですからね! お友達も多そうです」
ココアがそう言って笑えば、アウルの返答までに微妙な時間が空いた。変なことを言ったかな、と首を捻るココアにアウルは薄く笑い、「なんでもないよ」と言って笑った。
それは、なんでもなくない人間の常套句だ。
だが、知られたくないことは誰にでもある。今後もココアはアウルと仲良くしたいから、今は目を瞑っておくとしようではないか。
「──そうですか。では、今から宿に泊まって、明日の朝には出発です!」
拳を突き上げてスタンディングし、ココアはそのやる気を空気に分散させる。カオルはそれに「おー」と気の抜ける声を上げ、アウルは苦く笑っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、時は飛びその日の晩。
アウルが馬車の準備やら諸々を済ませてしまったため、ココアは手持ち無沙汰となっていた。
「──よく考えたら、わたし、この世界に来てまだ一日目ですか!? なんだか、二日くらいはいた気分です……これも、能力の影響でしょうか」
ココアの能力は、時間遡行だ。実際の時間の進み具合と当人の認識に差が出やすい。
ココアの場合は、一回で状況把握ができたのとアウルという頼れる味方がいたこと、使える魔法がピンポイントで敵に効いたことでそこまで巻き戻していないが、一般的なタイムリープものだと、もっとすごくやり直す印象だ。
「──そんなにたくさん死ぬなんて嫌ですね……ゾッとします」
袖からはみ出した白い腕を覆い、寒そうなジェスチャーをする。
「────」
──ココアは、魔法の才に恵まれた。
これは、自画自賛や全能感に溺れているわけではなく、純然たる事実だ。
言われただけでアウルの想像以上の成果を出せた。
カオルと過ごした時間がアイデアを支えているとはいえ、自分の出したい魔法をしっかりと出力できた。
身体能力との兼ね合いがよく、まるで手足が増えたように、魔法を強力な手段として取得できた。
最悪な能力のせいで、死んだ瞬間の精神的疲労は計り知れないが、魔法の才に恵まれたことは、ココアにとって幸福と言える。
これで魔法が使えなかったなら、ココアが殺された回数は1や2ではきかなかっただろう。
だが、
「──ご主人様は?」
あの時、カオルの姿が目に入った時、ココアは全ての感情を思い出したかのように世界が輝いた。
会えたのが嬉しくて、胸の内を濁流のように走る感情に押し流されそうな心を、カオルに縫い付けるように抱きついた。
だが、冷静になった今なら、気付けることがある。
「──あの周辺には、強い魔物はいなかった」
ココアが殺されたものとは違う、周囲への被害を考えなければ倒せるレベルのものしかいなかった。
「──それに、人がいないかどうかはきちんと魔法で確認した。それから……」
最初に魔法でカオルを捉えた時、カオルはひとりだっただろうか。
「──思い、出せない。ここさえ思い出せば、ご主人様をこんな目に遭わせた相手を、知れるのに……!」
悔しそうに、ココアは唇を噛む。
「──いえ、考えても仕方がありませんね。それよりも、ご主人様が魔法を使えない可能性が高いことの方が問題です」
結論はそこに帰結する。
周囲の魔物は全てココアが狩ったから、ココアで勝てるレベルで、初見殺しでないことは確認済みだ。
つまり、カオルは魔法を十分に使えないのかもしれない。
「──それでもいいんです。ご主人様が、前線に立って戦う必要なんてない」
その分まで、ココアが戦えばいい。
だから、そこは本当に、大した問題じゃないのだ。
困るのは、
「──ご主人様が、身を守る術がないということ」
ココアが可能な限りカオルを守るが、それでも自衛の手段は必須だ。
ココアが、倒さなければならない敵の対処をしている時にカオルが襲われたら。そうしたら、また同じようなことが起きてしまうかもしれない。
だから、少しでもカオルには最低限の魔法を使える状態であって欲しい。
「でも、無理強いはしません。それに、記憶のことでいっぱいいっぱいのご主人様に魔法のことまで言うなんて酷いですから」
そう言いながら、ココアは冒頭から進めていた足をピタリと止める。
「──レルド、共和国」
そこが、カオルに何を与えてくれるのか。
希望か、それとも、真逆のものか。
「──どちらにせよ、わたしのやることはひとつです」
前を向き、星空を見上げる。
「ご主人様を、お守りします。今度こそは」
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