愛遠奇縁、好女色の罪①
1
静香にフラれた腹いせにクラスメイトとホテルでヤった日、ボクはその子とどう解散したか覚えていない。覚えているのは、次の日にその子と顔を合わせた時、恥ずかしそうに顔を背けたこと、それでも彼女は授業中や帰り時間にボクの方をチラチラと見ていたことなんかだ。授業と終礼が終わっても、彼女は他の女子と話して、しばらく教室に残っていた。ボクは自分の席に座り机に突っ伏しながら、そんな彼女を見続けた。話していた女子が先に教室を出て、教室に残る理由がなくなった彼女も、他のクラスメイトを追いかける形で、名残惜しそうに教室から出ようとした。ボクは急いで立ち上がり、その子のもとへ向かって腕を掴んだ。
「一緒に帰ろ」
ボクが言うと、彼女はこくりと無言で頷いた。ボクは彼女から手を離して、一緒に隣り合って歩いた。ホテルの帰りに彼女を送っていったことは覚えているから、ボクもその時は迷わず彼女の帰宅経路についていったはずだ。
「昨日のこと、ごめん」
無言のまま学校を出てしばらく経った頃に、ボクの方から口を開いた。
「ううん、全然。大丈夫」
──大丈夫。彼女の口にしたその言葉に、ボクは思わず笑ってしまい、口元を抑えた。何が大丈夫、なんだろうな。ボクもその言葉を彼女に囁いて、ホテルに向かった。大丈夫や平気って言葉は、本当に大丈夫な時は口にしないなんて話を聞いたことがあるけど、その時のボクも彼女も、間違いなく大丈夫なんかではなかった。
「忘れ、ようよ」
また数分の沈黙が続いた後に、彼女が言った。
「忘れるって──」
「拓巳くんは、好きな人のお別れして、それで気持ちが落ち込んでただけだから」
その通りだった。ボクは静香にフラれた気持ちの捌け口がわからず、むしゃくしゃしていた。そこにちょうどいただけの彼女の手を無理矢理取って、ボクは欲求の望むままに、彼女を捌け口そのものにした。
「拓巳くんだったら、また良い相手、できるよ。──他の誰かが。私なんかじゃなくて」
その声は、少し震えているように感じた。彼女のその言葉に、ボクは考える。新しい相手と関係を構築する。それは静香との思い出を払拭する、一番の方法だと思った。
「──そんなことないよ」
だからボクは、彼女の手を取った。今度は腕じゃなく、手を握る。
「他の誰かなんかじゃない。──さんだから」
ボクは彼女の名前を呼んで、彼女に向き合った。彼女の頬は赤く染まっていた。肩が震え、俯いている彼女の顔を覗き込むように、ボクは少しだけしゃがんだ。それから、彼女の手を握る手の力を、ギュッと強めた。
「また、明日も一緒に帰ろうよ」
ボクはそう言って、彼女から手を離した。今思うと恥ずかしいことに、その時のボクは心臓がバクバクで、自分の緊張を隠せていた自信はない。手汗もひどかったと思うし、ボクの方こそ声が震えていたんじゃないかと思う。ボクがそうなったのは決して彼女に対する感情ではないと、今のボクであれば断言するけど、当時のボクは自分の気持ちを静香の当て付けと彼女に対する興味に分けて考えることなんか、できていなかったと思う。
「待っ」
彼女の手を離し、踵を返したボクのことを、彼女の方が呼び止めた。
「今日、ウチ親いないから」
それまで映画やドラマでしか聞いたことのない台詞を、目の前の女の子から耳にして、ボクは正直、割と面食らったと思う。彼女の方も自分が言った言葉の意味が後から効いてきたようで、言ってから目を大きく見開いて、無言で家の敷地を跨いでしまった。ボクはそんな彼女に続いて、玄関の戸を開ける。住宅街の中にある一軒家の静かな空気は、何とも言えない雰囲気を醸し出していた。ボクの家では、父母や姉の里美、遊びにきた親戚と、帰っても誰かしらがいるのが普通だったから、その雰囲気が少し新鮮に感じられた。
「べ、勉強しなきゃだから。テストもあるし」
今になって取り繕うようにそう口にする彼女に、ボクは少し笑って。
「──」
唇を奪った。ラブホで同じようにした時は、紙を口に含んだみたいな、何でもない感触だったけれど、その時は静香との行為と同じで、少しばかりの快感を得られた。でも、足りなかった。心の中にポッカリと空いている穴、そんな陳腐な表現が頭に浮かんだ。その穴は、こんなこと程度じゃ埋まらない。ボクは玄関で靴すら脱がずに、何度も何度も、啄むように彼女の唇に吸い付いた。彼女もそれに応えて、口を開けて舌を突き出した。そうしているうちに、彼女の肩と脚の力が抜けていった。ぺたんと廊下に座り込んだ彼女を、ボクは勢いよく押し倒した。この瞬間に、彼女の家族が帰ってくることはないのだろうか。そんなことを考えていると、心臓が強く昂った。そうして分泌される興奮物質が、心の穴を埋めていると感じた。ボクは彼女の赤い眼鏡を外して、ホテルでもそうしたように、彼女の目にも濡れた唇で触れる。それが彼女の欲情を最も掻き立てるようだった。ボクの背後で、何かが二つ落ちる音がして、背中に彼女の脚が回った。その音が彼女が靴を脱ぎ捨てた音だと気付いたボクも、同じように靴を脱ぎ捨てた。ボクは彼女のスカートを捲り上げた。彼女の匂いがボクの鼻を刺激する。スカートの下で、彼女の体に張り付いていた下着をゆっくり脱がせる。バタバタと動く彼女の脚をボクは両腕でがっしりと床に押し付けて、彼女の体に顔を埋めた。その行為に、彼女は一瞬たじろいだが、ボクが体を押さえ付けていると、すぐに抵抗を諦めて、脚を大きく開いた。それでも快楽に押しつぶされるのを拒むように彼女は体を捩らせた。ボクは顔を再び上げて彼女の顔を見た。彼女はボクの顔は見ずに口を半開きにして、火照った頬とぼんやりとした表情で天井を見ていた。その表情を見てボクは満足し、またさっきと同じようにして彼女に顔を埋める。
「あ……ああ」
彼女は学校では決してあげないような声を、ただただ漏れ出していた。ビクつく彼女の体にキスをして、その味を堪能した後、今度は両手で彼女の肩をがっしりと掴んで、彼女の顔に自分の顔を近付ける。彼女はボクを引き剝がそうとしたが、ボクは抵抗した。
「やだッ! いやッ!」
そう言って、彼女が身をよがらせた。目には涙が浮かんでいて、息を荒く吐き出し続けていた。ボクはそれでも彼女の両手をがっしりと掴んで離さなかった。彼女の抵抗を抑えつけて、そのまま彼女の口内に舌を捩じ入れた。──しまいに、彼女は体を大きくのけ反らせる。彼女の体が、今までにないくらいに痙攣した。そうして脱力した彼女は、自分の両手両脚を床にバタンと預けて、動かなくなった。ボクは彼女の顔を覗き込んだが、彼女の目の焦点は、どこに合っているのか分からなかった。
「──さん?」
ボクは彼女の名前を呼んだ。何度か名前を呼びかけても返事はなかったが、ボクが彼女の頬に手で触れた瞬間、彼女の方からボクを抱き寄せた。今度は彼女の方からボクの口の中に強引に舌を入れてきた。彼女がボクの首に腕を回す。向こうからされるキスの快感と、他人に触られる気持ち悪さを同時に感じた。息が続かなくなる程に唇に吸い付かれて、ボクは我慢ならず、そろそろ彼女を押し除けようとした。そこで彼女は虚な眼差しをボクにようやく向けて、両腕を広げた。ボクが彼女の両腕の中に顔を近付けると、彼女はそのままボクを抱きしめた。どくどくと高速で脈打つ彼女の心臓の鼓動が、ボクに伝わった。
「ごめん、制服汚しちゃった」
ボクは彼女の鼓動を耳と手で感じながら言った。彼女の制服はもう皺だらけだった。
「ねえ、立てる?」
「無理そう……」
ボクが問いかけると、弱々しい声が響いた。ボクは彼女の腕の中から抜け出ると、彼女の腰を持ち上げた。一瞬だけ彼女はビクリと肩を震わせ、目を丸くする。
「大丈夫だから」
と、ボクはまた信用ならない三文字を口にして、彼女の腰を浮かせたままスカートを脱がせた。彼女の足首辺りで止まっていた下着も一緒に脱がせて、玄関廊下の横に置く。
「肩貸すよ」
ボクは両手で彼女の腕をぐいっと引っ張り、脇の下に腕を回す。まずは彼女の上半身を地面に垂直にして、それから真っ直ぐに持ち上げる。彼女の体重が思っていたよりも軽くて、勢いあまって彼女の脇の下から腕がすっぽ抜けそうになったが、何とか持ち直した。そうしたら彼女に背中を向けて彼女の顎をボクの肩に乗せた。静香が大学生になってすぐの頃、慣れないアルコールのせいで静香がぐったりしている時、よくこうして担いでベッドまで運んでいた。その時のことを思い出してまた胸の痛みと心の穴を感じつつ、ボクはクラスメイトをおぶって歩いた。
「部屋、どこ」
「……こっち」
「わかった」
ボクは彼女が誘導する方に向かった。玄関から数歩歩いたところにあった扉を開けると、本棚に囲まれた勉強机と、その向かいにあるベッドが目に入った。ボクは部屋に入って彼女をそこに横たわらせ、畳んであった布団をかけた。下が裸のままだから、何か履かせた方が良いのかもしれないけど、あまり勝手に部屋を物色するのも悪い。ボクは部屋を出て、廊下に置いたままの彼女のスカートと下着を持ち上げた。ボクはそれを両手に抱えて、家の中を歩いて洗面台を探すと、お湯で洗い流した。洗面台の横に折り畳まれたタオルがあったのでそれを手に取り、玄関に戻って濡れた床を拭いて、そのタオルもお湯で洗った。
「ごめん」
クラスメイトの部屋に戻ったボクは、小さく謝罪の言葉を口にした。さっきまで喘ぎ声を漏らしていた彼女は布団を被り、ひたすらに天井を見上げ呆けていた。
「俺、もう帰るから。えっと、お大事に」
「ううん。私も、ごめんなさい。何もできなくて」
「大丈夫。そんなことない」
もはや何も考えずに口を出る、無意味な文字列に、その時のボクは既に、何も罪悪感を感じない。
「ありがと。拓巳くんは優しいね」
天井を見上げていた彼女が顔はそのままで、目線だけをボクに向けて、小さく笑った。
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