姫は幸せを願うだけだった。
伊吹 ハナ
魔王討伐
「姫さま! 魔王に囚われたと王からお聞きして助けに参りました! この勇者が命を賭けて貴女をお守りします!」
人々が平和に暮らしている世界の裏側にある、魔族たちが暮らしている世界。彼らも至って平和だった。勇者が来るまでは。いつだって魔族を脅かすのは正義を信じて疑わない勇者たち。
玉座の間に突如現れた勇者を魔王は横目で見、また視線を今まで見ていたものに戻す。
「邪魔が来ちゃったよ」
「そこに眠っているのは……姫さま! やはりお前に囚われていたのだな! あぁ、可哀想に。今すぐ我々がお助けいたします!」
勇者たちは始末しようと戦闘の構えをする。魔王は揺籠の中で穏やかに眠り続けている美しい姫を見続ける。
「きっと今が一番幸せだろうに」
「何を言う! 姫さまを囚われの身にしたお前の罪は重い! この勇者が、伝説の剣で成敗する!」
魔族はたとえ破れたとしてもまた復活することが出来る。その頃にまた迷惑な勇者とやらが討伐しに来るのだろう。
恨みのある人間なのに、毎日毎日城の上で「野蛮な勇者と結婚したくない」と泣いていた姫を見兼ねて連れ去った。
彼女にとっての穏やかな数年にはなったのではないだろうか。
しかし魔王の魔力も尽きかけている。姫を眠りにつかせる魔法に全てを使っていたため、勇者を追い払う力など残っていない。
「すまない、ここまでだ。あとは自力で逃げてくれ」
頬に手を添え、キスをする──前に、体から力が抜けた。勇者が振り翳した伝説の剣が魔王の体を断ち切ったのだ。
魔法が解ける。眠り姫は目を覚ます。
「ああ、姫さま! ご無事で何よりです! こんな恐ろしい魔王の側はさぞ怖かったでしょう! さぁ私たちと帰りましょう!」
姫は勇者に目も暮れず倒れた魔王を見つけ両手で口元を覆い、発狂した。王道のハッピーエンドとは違う展開に勇者たちは戸惑っている。
「姫さま、魔王が恐ろしいのですね! 怖がることはない、この勇者がいる──」
姫は近づく勇者に悲鳴を上げ玉座の間から飛び出す。その先は崖だ。ずっと暮らしていた彼女は知っていたはずなのに、迷わず飛び降り──どちゃ、と嫌な音がした。勇者たちも突然すぎて防げなかった。姫に何かあったら勇者たちは王にどう思われるだろうか。それ故に青ざめ動けないでいる彼らに、死にかけの魔王はけらけらと笑う。
「姫さまは幸せだったよ。不幸だと勝手に決めつけていたのは良くないよね。姫さまは、王に決められていた勇者……お前と結婚するのが嫌だったんだって」
魔王は復活するけど、彼女は復活しない。目を閉じて、数秒の弔いをする。
「姫さま死んじゃったよ。お前らのせいです。あーあ」
姫は幸せを願うだけだった。 伊吹 ハナ @maikamaikamaimu
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